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「あら? もうお迎え? あちらは方がついたのかしら」
グルックがニヤッと笑って王妃の髪をひとすくい手に取り口づけた。
「ええ、つきましたよ。というかもう終わりにしましょう。僕が望んでいるのは、あなたと二人で前回全うできなかった人生を謳歌することですからね。他のことはどうでもいい」
「全うできなかった人生?」
シェリーが無意識に口にしたっ言葉を拾うグルック。
「お前はどうでもいい部類に属するが、我が最愛の妻がなぜかお前を気にかけるからな。教えてやろう」
グルックの目に闇が浮かんだ。
「僕と彼女は結婚して幸せな人生を送るはずだったんだ。それなのに彼女にいきなり結婚せよと王命が下ったんだよ。僕たちは逃げた……森をさまよい食うや食わずで逃げ続けた」
王妃がそっと目を伏せた。
「僕が食料を探して隠れ家を留守にしていた時、彼女は連れ去られたんだ。僕は追ったよ。当然だろう? でもね、奴らは彼女をそのまま嫁ぎ先に送り、僕は刺客に襲われた。僕は貴族とはいえ伯爵家の次男だ。王命に背いた僕のことなどゴミ同然だったのだろう。刺客の中には顔見知りの奴もいたよ。実家の騎士達だ。要するに僕は親にも死んでくれって思われたということだ」
「それは……辛いわね」
「彼女の夫となった男は酷い奴だった。捉えられた僕は彼女の嫁ぎ先である隣国に送られ、ボロボロの姿のまま彼女を膝に載せた男の前に引き摺られ……それからずっと彼女とその男の痴態を見せつけられたんだ。思いやりも愛もないその行為は、彼女を傷つけ心を壊していったよ」
「ひ……酷い……」
「そして子供が生まれたんだ。でもその男は子供を彼女と僕の目の前で殺したんだ。自分の子供ではない可能性がある赤子など、必要ないって言ってね……その子は僕たちの子だったよ。僕と同じ痣が腕にあったから間違いない。僕たちは引き裂かれた上に子供まで奪われたんだ」
「なぜそんなことが?」
「オピュウムだよ。彼女の実家はオピュウムの栽培と精製ができる唯一の家だ」
ひゅっとシェリーが息を吞んだ。
「そうさ。彼女は君の……何代前になるのかな……三代くらいじゃないかな」
シェリーが王妃の顔を見た。
王妃は顔色一つ変えず、全く心を動かしていない。
「ああ、彼女には前世の記憶は無いんだよ。無いというか思い出せないだけなんだけど」
暫しの沈黙の後、グルックが続ける。
「赤子が殺された後、彼女は正気を失った。当たり前だよね。男は満足したのだろう、僕を処刑した。僕は檻に入れられ街の真ん中に放置された。照ろうが降ろうが屋根もない川沿いの公園だったよ。ほら、知っているだろう? 大きなクスノキがある運河の畔の公園さ」
「運河の畔の公園……」
シェリーは思い当る場所があったのか、掌をギュッと握って目を閉じた。
そこはイーサンとよく訪れた場所だった。
そのクスノキの下にシートを広げ、早起きして作ったサンドイッチをイーサンと一緒に食べた場所だ。
シェリーは吐き気を抑えるのに必死だった。
「僕は朽ちていった。中には同情して食べ物を差し出す人もいたけど、そんな人は僕の目の前で切り捨てられたよ。だから僕は近寄って来る人を拒絶した。衰弱してもう喋ることもできない状態になっても、顔を背け続けた。ねえ、お前は知っているか? 人ってね一滴の水も摂取できない状態なら一週間も生きていられないんだ。でもね、食べ物がなくても水さえあれば三週間くらい生きているんだぜ? 僕には何も与えられなかったけれど、天が水を与えてくるんだ……死にたいのに生きたかったんだろうね。雨が降れば口を開ける。なんとも浅ましいことさ」
そう言ってグルックは乾いた笑い声を漏らした。
シェリーは俯いたまま話を聞くしかなかった。
「いつ死んだのだろう……気付けば死んでいた。でも意識はずっと残っていたんだ僕の体だったものが、それこそ残飯のように片づけられていくのをずっと見ていた。それからの僕は自由になった。どこにでも行けるんだ。食べなくても飲まなくても平気だしね。僕は毎日彼女の元に飛んだよ。あの男は心を壊し人形のようになった彼女を毎晩抱いた。何の抵抗もしなくなった彼女は蹂躙され、やがて妊娠し出産した。天罰だろうね、その男は信じられないくらい多くの妾を侍らせていたけれど、無事に育ったのはその子だけだったよ。そしてその子は成長し、男の後を継いで王となった。そしてその王の子供が僕とキースの父親さ」
シェリーは息を吞んだ。
王妃は相変わらず何の感情も現さない。
グルックは構わず続けた。
「きっと神が僕たちに同情したのだろうね。僕に復讐の機会を与えてくれたんだから。でも生まれたのが少し遅かったんだよ。僕が生まれてすぐにひい爺さんは死んだ。僕がこの手で殺したかったのに……その内臓を引きずり出して野犬に喰わせてやりたかったのに……」
何を思い出したのか、グルックが涙を浮かべて拳を握っている。
怖い……シェリーは正直にそう思った。
「ああ、そうだ。君の旦那、アルバートだっけ? あいつは早めに殺した方がいいよ。あいつのやったことは僕のひい爺さんと同じだからね。たぶん狂っているのだと思う。僕たちがヌベール辺境領に発ったらイーサンと逃げな。そう思ってイーサンは生かしてあるから」
「イーサン?」
「ああ、あの近衛隊長は良い奴だねぇ。君の愛するイーサンを庇って大怪我をしてる。もし助けたいなら急いだほうが良いかもね?」
グルックが言うイーサンとはエドワードのことだろう。
シェリーが駆けつけようと腰を浮かせた時、アルバートが駆け込んできた。
「シェリー!」
グルックが少し驚いた顔をして振り向いた。
グルックがニヤッと笑って王妃の髪をひとすくい手に取り口づけた。
「ええ、つきましたよ。というかもう終わりにしましょう。僕が望んでいるのは、あなたと二人で前回全うできなかった人生を謳歌することですからね。他のことはどうでもいい」
「全うできなかった人生?」
シェリーが無意識に口にしたっ言葉を拾うグルック。
「お前はどうでもいい部類に属するが、我が最愛の妻がなぜかお前を気にかけるからな。教えてやろう」
グルックの目に闇が浮かんだ。
「僕と彼女は結婚して幸せな人生を送るはずだったんだ。それなのに彼女にいきなり結婚せよと王命が下ったんだよ。僕たちは逃げた……森をさまよい食うや食わずで逃げ続けた」
王妃がそっと目を伏せた。
「僕が食料を探して隠れ家を留守にしていた時、彼女は連れ去られたんだ。僕は追ったよ。当然だろう? でもね、奴らは彼女をそのまま嫁ぎ先に送り、僕は刺客に襲われた。僕は貴族とはいえ伯爵家の次男だ。王命に背いた僕のことなどゴミ同然だったのだろう。刺客の中には顔見知りの奴もいたよ。実家の騎士達だ。要するに僕は親にも死んでくれって思われたということだ」
「それは……辛いわね」
「彼女の夫となった男は酷い奴だった。捉えられた僕は彼女の嫁ぎ先である隣国に送られ、ボロボロの姿のまま彼女を膝に載せた男の前に引き摺られ……それからずっと彼女とその男の痴態を見せつけられたんだ。思いやりも愛もないその行為は、彼女を傷つけ心を壊していったよ」
「ひ……酷い……」
「そして子供が生まれたんだ。でもその男は子供を彼女と僕の目の前で殺したんだ。自分の子供ではない可能性がある赤子など、必要ないって言ってね……その子は僕たちの子だったよ。僕と同じ痣が腕にあったから間違いない。僕たちは引き裂かれた上に子供まで奪われたんだ」
「なぜそんなことが?」
「オピュウムだよ。彼女の実家はオピュウムの栽培と精製ができる唯一の家だ」
ひゅっとシェリーが息を吞んだ。
「そうさ。彼女は君の……何代前になるのかな……三代くらいじゃないかな」
シェリーが王妃の顔を見た。
王妃は顔色一つ変えず、全く心を動かしていない。
「ああ、彼女には前世の記憶は無いんだよ。無いというか思い出せないだけなんだけど」
暫しの沈黙の後、グルックが続ける。
「赤子が殺された後、彼女は正気を失った。当たり前だよね。男は満足したのだろう、僕を処刑した。僕は檻に入れられ街の真ん中に放置された。照ろうが降ろうが屋根もない川沿いの公園だったよ。ほら、知っているだろう? 大きなクスノキがある運河の畔の公園さ」
「運河の畔の公園……」
シェリーは思い当る場所があったのか、掌をギュッと握って目を閉じた。
そこはイーサンとよく訪れた場所だった。
そのクスノキの下にシートを広げ、早起きして作ったサンドイッチをイーサンと一緒に食べた場所だ。
シェリーは吐き気を抑えるのに必死だった。
「僕は朽ちていった。中には同情して食べ物を差し出す人もいたけど、そんな人は僕の目の前で切り捨てられたよ。だから僕は近寄って来る人を拒絶した。衰弱してもう喋ることもできない状態になっても、顔を背け続けた。ねえ、お前は知っているか? 人ってね一滴の水も摂取できない状態なら一週間も生きていられないんだ。でもね、食べ物がなくても水さえあれば三週間くらい生きているんだぜ? 僕には何も与えられなかったけれど、天が水を与えてくるんだ……死にたいのに生きたかったんだろうね。雨が降れば口を開ける。なんとも浅ましいことさ」
そう言ってグルックは乾いた笑い声を漏らした。
シェリーは俯いたまま話を聞くしかなかった。
「いつ死んだのだろう……気付けば死んでいた。でも意識はずっと残っていたんだ僕の体だったものが、それこそ残飯のように片づけられていくのをずっと見ていた。それからの僕は自由になった。どこにでも行けるんだ。食べなくても飲まなくても平気だしね。僕は毎日彼女の元に飛んだよ。あの男は心を壊し人形のようになった彼女を毎晩抱いた。何の抵抗もしなくなった彼女は蹂躙され、やがて妊娠し出産した。天罰だろうね、その男は信じられないくらい多くの妾を侍らせていたけれど、無事に育ったのはその子だけだったよ。そしてその子は成長し、男の後を継いで王となった。そしてその王の子供が僕とキースの父親さ」
シェリーは息を吞んだ。
王妃は相変わらず何の感情も現さない。
グルックは構わず続けた。
「きっと神が僕たちに同情したのだろうね。僕に復讐の機会を与えてくれたんだから。でも生まれたのが少し遅かったんだよ。僕が生まれてすぐにひい爺さんは死んだ。僕がこの手で殺したかったのに……その内臓を引きずり出して野犬に喰わせてやりたかったのに……」
何を思い出したのか、グルックが涙を浮かべて拳を握っている。
怖い……シェリーは正直にそう思った。
「ああ、そうだ。君の旦那、アルバートだっけ? あいつは早めに殺した方がいいよ。あいつのやったことは僕のひい爺さんと同じだからね。たぶん狂っているのだと思う。僕たちがヌベール辺境領に発ったらイーサンと逃げな。そう思ってイーサンは生かしてあるから」
「イーサン?」
「ああ、あの近衛隊長は良い奴だねぇ。君の愛するイーサンを庇って大怪我をしてる。もし助けたいなら急いだほうが良いかもね?」
グルックが言うイーサンとはエドワードのことだろう。
シェリーが駆けつけようと腰を浮かせた時、アルバートが駆け込んできた。
「シェリー!」
グルックが少し驚いた顔をして振り向いた。
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