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出てきたのはグリーナ国の王妃だ。
国を跨いでの移動とは思えないほど豪奢なドレスに身を包み、大ぶりな宝石がぶら下がるネックレスとティアラをしている。
閉じた扇子で口元だけを隠し、迫力ある視線で二人を睨みつけていた。
「相変わらずだな……」
キースがそう呟いて一歩前に出た。
「義母上、ご機嫌麗しゅう存じます」
「まあキースさん。お久しぶりね。なかなか連絡を寄こさないから様子を見に来たのよ?」
「それはご心配をお掛けしました。ご紹介します。彼はゴールディ王国皇太子アルバート殿下です」
アルバートは最上級の礼をした。
「お初にお目に掛ります。ゴールディ王国第二王子アルバートでございます」
馬車のステップから降りてきた王妃が小さく頷く。
「似ていますね。お父様なら馬車の中ですよ。迎えに来たのでしょう?」
アルバートが答える。
「父のこともございますが、王妃殿下にお会いできると言われやってきたのです」
「まあ! そうでしたか。ではここらで少し休憩でもしましょうか」
王妃はそう言うと、護衛に当たっていた騎士に扇子の先を向けた。
騎士たちは慌てて木陰にテーブルを用意し始めた。
「遅い! いつまで立たせておくのか! おい! そこのお前! 椅子になれ」
指名された騎士が一瞬だけ俯いた後、王妃の後ろに回って四つんばいになった。
その背中に遠慮なく全体重をかける王妃。
見ているアルバートには、騎士の背中の骨がミシッと音をたてたような気がした。
慣れているのか、急ごしらえにしては居心地の良さそうなスペースが出来上がった。
「さあ、こちらへ。急なことなのでロクなお菓子は準備できないけれど」
キースが駆け寄り王妃をエスコートする。
アルバートは顔にこそ出さないが、啞然としていた。
三人がテーブルを囲む。
ふと気になってアルバートが聞いた。
「父は? 父は参加しないのでしょうか?」
王妃が言う。
「したければ来るのだろうけれど、来ないということは参加したくないのか、動けないのか……さあ? どちらかしらね」
アルバートは眉間に皺を寄せて立ち上がった。
「父を迎えに行っても?」
「どうぞ、ご自由になさって」
アルバートがゆっくりと馬車に歩み寄り、そのドアを開けた。
「父上……」
ゴールディ国王は馬車の床に膝を抱えて座っていた。
「どうされたのですか? 父上?」
アルバートの声に何も反応しない父王に手を伸ばす。
体を揺さぶって意識をこちらに向けようとしたが、為されるがまま体を揺らすだけだ。
「父上?」
ギシギシと音を立てているような動きで、ゴールディ国王がこちらを向いた。
「父上!」
口をハクハクと動かすも、声になって出てこない。
国王が自分の喉に手を当てて、何やら伝えようとしている。
「お加減が悪そうです。父上? 大丈夫ですか?」
再び父に触れようとしたアルバートの後ろから声がかかった。
「恐れ入りますが、王妃殿下がお呼びです」
生きていることは確認できたので、一旦戻ることにしたアルバートは、馬車のドアを閉めて木陰のティーテーブルに向かった。
すでにお茶の準備がされており、どこから持ってきたのか軽食まである。
息を整えてキースの横に腰かけたアルバートに王妃が言葉を掛けた。
「どうでした? 生きておいででしたか?」
「ええ、まだ死んではいなかったですが、話はできないようでした。どうしたのでしょう」
「どうかしらね。先日いきなり来られて、亡くなった側妃の墓参りをしたいなどと仰って。ああ、側妃というのはそこにいるキースを産んだ女ですわ。いつまでも未練がましいとは思ったのですが、男性ってそういうところがありますものね」
キースとアルバートは笑うこともできず顔を見合わせた。
「それはそうと、とても良いところでお会いしましたわ。実はゴールディ国王にこれをいただきましたの。宣戦布告書ですわ。国王と王妃、そして皇太子と皇太子妃の四人の署名と押印もありますし、宰相の署名もございますでしょう? 国際法に乗っ取った正規のものですわね」
アルバートはビシッと背中が固まった。
王妃が掌でひらひらと揺らせてみせている紙を凝視する。
「それで? いつから始めます? 私はいつでも結構よ」
まるでチェスでも始めようくらいの気軽さで開戦日を聞いてくる王妃。
アルバートはゴクッと唾を飲み込んだ。
「私のサインと押印もあるとか? 覚えがないのですが……見せていただいても?」
「ええ、もちろんよ。でも破ったりしないでくださいね。面倒だから」
アルバートは両手で受け取って、宣戦布告書なるものをじっくりと見た。
確かに王家を代表する四人の署名と押印欄は埋まっている。
最後の欄にある宰相サイン欄にも署名がある。
様式も正規のもので、国際法的にも問題はない。
しかし……
「無効ですね」
王妃の眉間に皺が寄った。
「なんだと?」
「ですから、これは無効だと申し上げました」
「何を根拠に申すか」
「たくさんありますが、大きく言うとサインしている五名のうち四名のサインが偽物です。そして押印されている印は全て偽物ですね。分かり易く言うと、この書類に書かれているゴールディ国王以外のサインも押印も全て偽物だと言うことです」
「そなたの父親が直に持ってきたのだぞ?」
「ええ、だとしてもです。ひとつずつご説明しましょうか?」
王妃の握っている扇子がミシミシと音を立てた。
国を跨いでの移動とは思えないほど豪奢なドレスに身を包み、大ぶりな宝石がぶら下がるネックレスとティアラをしている。
閉じた扇子で口元だけを隠し、迫力ある視線で二人を睨みつけていた。
「相変わらずだな……」
キースがそう呟いて一歩前に出た。
「義母上、ご機嫌麗しゅう存じます」
「まあキースさん。お久しぶりね。なかなか連絡を寄こさないから様子を見に来たのよ?」
「それはご心配をお掛けしました。ご紹介します。彼はゴールディ王国皇太子アルバート殿下です」
アルバートは最上級の礼をした。
「お初にお目に掛ります。ゴールディ王国第二王子アルバートでございます」
馬車のステップから降りてきた王妃が小さく頷く。
「似ていますね。お父様なら馬車の中ですよ。迎えに来たのでしょう?」
アルバートが答える。
「父のこともございますが、王妃殿下にお会いできると言われやってきたのです」
「まあ! そうでしたか。ではここらで少し休憩でもしましょうか」
王妃はそう言うと、護衛に当たっていた騎士に扇子の先を向けた。
騎士たちは慌てて木陰にテーブルを用意し始めた。
「遅い! いつまで立たせておくのか! おい! そこのお前! 椅子になれ」
指名された騎士が一瞬だけ俯いた後、王妃の後ろに回って四つんばいになった。
その背中に遠慮なく全体重をかける王妃。
見ているアルバートには、騎士の背中の骨がミシッと音をたてたような気がした。
慣れているのか、急ごしらえにしては居心地の良さそうなスペースが出来上がった。
「さあ、こちらへ。急なことなのでロクなお菓子は準備できないけれど」
キースが駆け寄り王妃をエスコートする。
アルバートは顔にこそ出さないが、啞然としていた。
三人がテーブルを囲む。
ふと気になってアルバートが聞いた。
「父は? 父は参加しないのでしょうか?」
王妃が言う。
「したければ来るのだろうけれど、来ないということは参加したくないのか、動けないのか……さあ? どちらかしらね」
アルバートは眉間に皺を寄せて立ち上がった。
「父を迎えに行っても?」
「どうぞ、ご自由になさって」
アルバートがゆっくりと馬車に歩み寄り、そのドアを開けた。
「父上……」
ゴールディ国王は馬車の床に膝を抱えて座っていた。
「どうされたのですか? 父上?」
アルバートの声に何も反応しない父王に手を伸ばす。
体を揺さぶって意識をこちらに向けようとしたが、為されるがまま体を揺らすだけだ。
「父上?」
ギシギシと音を立てているような動きで、ゴールディ国王がこちらを向いた。
「父上!」
口をハクハクと動かすも、声になって出てこない。
国王が自分の喉に手を当てて、何やら伝えようとしている。
「お加減が悪そうです。父上? 大丈夫ですか?」
再び父に触れようとしたアルバートの後ろから声がかかった。
「恐れ入りますが、王妃殿下がお呼びです」
生きていることは確認できたので、一旦戻ることにしたアルバートは、馬車のドアを閉めて木陰のティーテーブルに向かった。
すでにお茶の準備がされており、どこから持ってきたのか軽食まである。
息を整えてキースの横に腰かけたアルバートに王妃が言葉を掛けた。
「どうでした? 生きておいででしたか?」
「ええ、まだ死んではいなかったですが、話はできないようでした。どうしたのでしょう」
「どうかしらね。先日いきなり来られて、亡くなった側妃の墓参りをしたいなどと仰って。ああ、側妃というのはそこにいるキースを産んだ女ですわ。いつまでも未練がましいとは思ったのですが、男性ってそういうところがありますものね」
キースとアルバートは笑うこともできず顔を見合わせた。
「それはそうと、とても良いところでお会いしましたわ。実はゴールディ国王にこれをいただきましたの。宣戦布告書ですわ。国王と王妃、そして皇太子と皇太子妃の四人の署名と押印もありますし、宰相の署名もございますでしょう? 国際法に乗っ取った正規のものですわね」
アルバートはビシッと背中が固まった。
王妃が掌でひらひらと揺らせてみせている紙を凝視する。
「それで? いつから始めます? 私はいつでも結構よ」
まるでチェスでも始めようくらいの気軽さで開戦日を聞いてくる王妃。
アルバートはゴクッと唾を飲み込んだ。
「私のサインと押印もあるとか? 覚えがないのですが……見せていただいても?」
「ええ、もちろんよ。でも破ったりしないでくださいね。面倒だから」
アルバートは両手で受け取って、宣戦布告書なるものをじっくりと見た。
確かに王家を代表する四人の署名と押印欄は埋まっている。
最後の欄にある宰相サイン欄にも署名がある。
様式も正規のもので、国際法的にも問題はない。
しかし……
「無効ですね」
王妃の眉間に皺が寄った。
「なんだと?」
「ですから、これは無効だと申し上げました」
「何を根拠に申すか」
「たくさんありますが、大きく言うとサインしている五名のうち四名のサインが偽物です。そして押印されている印は全て偽物ですね。分かり易く言うと、この書類に書かれているゴールディ国王以外のサインも押印も全て偽物だと言うことです」
「そなたの父親が直に持ってきたのだぞ?」
「ええ、だとしてもです。ひとつずつご説明しましょうか?」
王妃の握っている扇子がミシミシと音を立てた。
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