そして愛は突然に

志波 連

文字の大きさ
上 下
69 / 97

69

しおりを挟む
 何度も強く髪を引っ張られたせいで、ズキズキとした痛みが残る。
 ソファーに座って頭を抱えるようにしているシェリーを見て、王妃がゆっくりと話し始めた。

「なぜ来たの? お前だけは安全な場所にいて欲しかったのに」

「王妃殿下?」

「私が害虫達を全部引き連れて行くつもりだったのに、お前が来るから予定が狂ったわ」

「あっ……それは……」

「まあ今更仕方がないわね。ねえ、そこのメイド」

 王妃がジューンを見た。

「寝室に転がっていた男にこれを飲ませてきなさい。まだ息はあるでしょうから、せめて痛みだけでも和らげないと体力がもたないわ」

 ジューンはチラッとシェリーを見た。

「良いから! 疑う時間も勿体ないと理解しなさい」

 ジューンは頷いて王妃から受け取った薬瓶を持って部屋を出た。

「さあ、お前にはどこから話しましょうか? そもそもどこまで知っているの?」

 シェリーはアルバートがローズの元に行きはじめた頃からのことを、搔い摘んで話した。

「なるほどね。かなり偏っているけれど、概ね間違ってはいないわ。ではここにお前が来た理由は?」

「それは……アルバート殿下がご無事かどうかを知りたくて……できれば一緒に戻ってほしいと思ったのです」

「ふぅん。理解はできるけれど、まるで市井で暮らす女のような思考ねぇ。とても皇太子妃とは思えない。ましてや時期王妃となると……はっきり言って論外ね」

 シェリーはビクッと肩を揺らした。

「どこが間違っているかは説明しなくてもわかるわね? もしわからないなら皇太子妃を降りなさい。その方がお前の身のためだわ。自分で動くとかバカじゃないの? お前は曲がりなりにも王家の人間よ? 人を使いなさい! 自分が動くのは死を覚悟したときだけ」

 今まさに自分で動いている王妃は死を覚悟しているということだろうか……という視線を向けるシェリーに王妃が片方の口角だけをあげて言った。

「そうよ。全てを終わらせるわ」

 その頃、王妃の唯一の子でありシェリーの夫であるアルバートと、執務室でエドワードと向き合っているグルックの兄であるグリーナ王国第二王子のキースは馬を駆っていた。

「そろそろだと思う」

 舌を嚙まないように気をつけながら手短に言うキースに、アルバートが頷き返した。

「見えた!」

 真っ黒で大ぶりな六頭立ての馬車がゆっくりと向かってくる。
 その周りには護衛の姿が見えるが、予想より遥かに少ないことを不信に思ったキースが、アルバートに合図を送り、道路わきの林に馬を進めた。

「おかしいな。護衛が少なすぎる」

「隠れているのか? もしかしておびき寄せるため?」

「わからないが警戒するに越したことは無いだろう。いずれにしても我が国の騎士達だ。私に刃を向けることはない……と信じたいが」

「どうする?」

「予定通りだね。消えてもらおう」

「でも話は聞くのだろう? 問答無用はあり得ない」

 アルバートの言葉にキースが頷いた。

「行こう」

 二人は再び馬上の人となり、馬車に向かって馬を進める。
 近づいてくる二人を確認して馬車と護衛騎士たちがゆっくりと止まった。

「第二王子殿下……」

 先頭にいた騎士がそう声に出し、もう一人の仲間が馬車へ予想外の客人の来訪を告げる。
 下馬して馬車に歩み寄るキースに対し、あからさまに警戒している騎士。
 とても自国の王子に対する態度ではなかった。

「おいおい、不敬罪に問われたいか?」

 キースがわざと挑発するような言葉を選んだ。
 まさか王子に対し剣を抜くわけにもいかない騎士は、剣の柄に手をかけることもできず、じりじりと後退していた。

「何事か!」

 馬車のドアが開き、神経質そうな甲高い声がした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

処理中です...