そして愛は突然に

志波 連

文字の大きさ
上 下
68 / 97

68

しおりを挟む
 何度も頭を揺さぶられて意識を取り戻したシェリーの目に、王妃の顔が映った。

「王妃殿下…… お義母様……ご無事で……」

 王妃は涼しい顔のまま頷きながら答えた。

「ええ、私は大丈夫よ。それにしても酷い姿になってしまっているわ。なぜメイド服などを着ているの? みっともない」

 冷徹な言葉だが、その瞳には温かみがあった。

「私は王宮で攫われてしまって、着替えが無かったのです」

「まあ、そうなの? 本当なの? サミュエル殿下」

「ええ、本当ですよ。やっと戻されたと思ったら今度はこんなことになって」

「それは大変ね。ねえグルック、この子は悪い子ではないの。少しだけ頭が悪くて、少しだけ判断力が低い子なのよ。それにアルバートの妻でしょう? 少し休ませてあげたいわ。良いでしょう?」

 口調は静かだが、絶対に頷かせるという気持ちが溢れている。
 グルックは浮かべていた笑みを納め、王妃に向かって言った。

「そうだなぁ、君の願いなら何でも叶えてやりたいところだけれど、時間があまりないんだよ。ここは我慢してくれないかな」

「我慢は嫌いよ。知ってるでしょう? それならいいわ。私は一緒には行かない」

「そんなこと言って困らせようなんて悪い子だね。わかったよ、負けた。そうだなぁ1時間くらいでいい?」

「ええ、十分よ。着替えさせるから部屋を変えるわ。そうねぇ……ローズの部屋なら良いでしょう?」

「ああ、いいよ。そこに隠れているメイドも連れて行きなさい。君だけじゃ着替えさせられないだろう?」

「わかったわ。私も少し休むから、お話しが終わったら迎えに来てちょうだい」

 そう言うと、王妃はさっさと歩き出した。

「早く来なさい。本当に愚図ね」

 シェリーはのろのろと立ち上がる。
 サミュエルが手を貸そうとして近寄ると、グルックが腰に差していた長剣の鞘で制した。

「おいおい、グリーナじゃあ女性を一人で立たせるような無粋なことをするのかい?」

「フンッ! 僕にとっての女性はこの妻だけなのでね。他はゴミさ」

 心配そうな顔のサミュエルに頷いて見せてからシェリーはゆっくりと部屋を出る。
 ドアの影からジューンが姿を現した。
 その無残な状態を見たイーサンの振りをしているエドワードが息を吞む。
 その目には怒りの炎が燃え上がった。

「おいおい! あのメイドの姿はなんだ! お前……あんな少女になんてことをした!」

 グルックが振り返りもせずに言った。

「少女だと? 笑わせるな。我が信者を壊滅させるような怪物がただの少女なわけ無いだろうが。ゴールディかバローナか知らないが、まあそう長くは無いだろう。せいぜい手厚く弔ってやることだな。ところでイーサン、貴様の望みはなんだ?」

 イーサンと呼びかけられたエドワードがふとグルックに視線を向けた。

「望み?」

「ああ、何を目指してあの辺境から出てきたんだ? お前の頼みの綱のエドワードは死んだみたいだが、まだ足搔くのか?」

「そうだな。ゴールディもバローナもグリーナも世代交代の時期だろう? 一気にかたをつけたいと思っている」

「お前が辺境伯を継ぐとでも? エドワードならまだしも、お前は一介の騎士だ」

「エドワードの意志さ」

「まあ僕には関係ない話だ」

「お前こそ何を望んでいる?」

「もちろん愛する妻との平穏な暮らしだ。妻はヌベール領で静かに暮らしたがっている。誰が領主でも構わんが、僕たちの暮らしの邪魔はさせない」

「ヌベール辺境伯が頷くとでも?」

「頷かねば消すまでだ」

 サミュエルが静かに言った。

「辺境伯は王宮で死んだ」

 グルックとエドワードが同時にサミュエルを見た。

「本当か?」

「間違いない」

 いきなりグルックが笑い出した。

「手間が省けたな。最初からずっと同じことを言っているのに、誰も素直に受け取らないから面倒になっていたんだ。人の言葉の裏ばかり探りやがって。裏なんてないって言ってるのに聞きもしない。バカな奴らだ」

「最初から? どういう意味だ」

「だから! 僕は最初から妻と共に静かに暮らせる土地を寄こせと言っているんだ。そこに僕を慕う者たちを集め、パラダイス国を作るんだ。前世からずっと魂で結ばれている妻と共に、僕を信じる者たちとだけで生きていく。そんな場所だよ」

 狂っている……と二人は思った。
 サミュエルが口を開く。

「何処でも良いのか?」

「ああそうだ。まあ寒いより暖かい方が良いし、肥沃な土地の方がいいな。災害も無く領民たちも穏やかで勤勉な方が望ましい。ああ、海か湖があればなお良い」

 空中に視線を投げて夢物語をうっとりとした顔で語るグルック。

「多すぎるほど条件があるんじゃねえか」

 エドワードが吐き捨てるように言った。
 グルックが現実に戻ってきた。

「そうか? でも妻がヌベール領が良いと言い出してね。あそこは寒そうだけど妻の望みなら我慢するつもりだ。それに信者達もほとんどいなくなってしまったから出来上がっている場所の方が楽でいいな」

 そう言ってサミュエルを睨みつけるグルック。

「オピュウムが目当てか?」

 サミュエルが慎重に聞く。

「あれは金になる。辺境の地をオピュウムの独占栽培地にするつもりだ」

「バカなことを!」

「ん? なぜだ? お前たちのような凡夫より僕の方が上手くやれるさ。まあ黙って指を咥えていろよ」

 その頃、ローズの部屋に向かった王妃とシェリーは、ソファーに座っていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

今度生まれ変わることがあれば・・・全て忘れて幸せになりたい。・・・なんて思うか!!

れもんぴーる
ファンタジー
冤罪をかけられ、家族にも婚約者にも裏切られたリュカ。 父に送り込まれた刺客に殺されてしまうが、なんと自分を陥れた兄と裏切った婚約者の一人息子として生まれ変わってしまう。5歳になり、前世の記憶を取り戻し自暴自棄になるノエルだったが、一人一人に復讐していくことを決めた。 メイドしてはまだまだなメイドちゃんがそんな悲しみを背負ったノエルの心を支えてくれます。 復讐物を書きたかったのですが、生ぬるかったかもしれません。色々突っ込みどころはありますが、おおらかな気持ちで読んでくださると嬉しいです(*´▽`*) *なろうにも投稿しています

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

処理中です...