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久しぶりに戻った城は何事も無かったように穏やかな空気だった。
「私がいなくても何も変わらないのね」
レモンが少し笑っていう。
「一週間も経っていませんしね。そもそも妃殿下が攫われたことは絶対に隠されているはずですから」
「それもそうね。でも少し寂しいような?」
冗談ともつかない会話をしながら待っていると、エドワードが馬車の扉を開けた。
「いろいろ話は済んだかな?」
「ええ、あまりの複雑さに頭が混乱しているところですわ」
「難しく考えることはないさ。新しい時代が来るってことだ」
シェリーは何も言わず肩を竦めた。
「では、私は行くよ。イーサンも一緒に出るから、シェリー妃はレモン嬢と彼女たちと一緒に行動してくれ。ああ、そのメイド服、とても似合うよ」
「ありがとう?」
メイド服が似合うと言われ、複雑な顔をしたシェリーの手を取って馬車から降ろしたエドワードが耳元で言った。
「一週間だ。それ以上長引くことはない。大人しくしておいてくれよ?」
四人の女性たちが馬車から出たことを確認したエドワードは、従者が引いてきた馬に跨った。
「義父上はすでに宰相の部屋に向かったよ。レモン嬢は急いだほうがいいね」
レモンは頷くとシェリーの目線だけで挨拶をして駆けだした。
王道をまっすぐに歩いて行く辺境伯と護衛達に気付かれることなく、庭園に入り姿を消した。
宰相はいつものようにシェリーの執務室にいるだろうという二人の予想による行動だ。
そしてその予想は当たっていた。
レモンが騎士服で皇太子妃執務室に飛び込むと、その場にいた全員が立ち上がった。
「レモン!」
兄であるオースティンが駆け寄った。
ニコッと笑うだけで、抱きしめようとする兄を手で制したレモンが声を出す。
「辺境伯が宰相の元に向かいました。殺す気です。謀反です」
シュラインが片眉をあげる。
サミュエルはレモンに近寄った。
「心配したぞ……レモン。無事か? 怪我は?」
「大丈夫です。ご心配をお掛けしました。妃殿下も無事ですのでご安心ください」
三人の男たちがホッと息を吐く。
「そういえば……皇太子殿下は?」
「ミスティ侯爵家に行った。侯爵夫人が危篤だそうだから行かなきゃ怪しまれる。キースがローズとして同行したよ。王妃殿下もいるはずだ」
レモンは馬車の中で聞いた話をした。
二人は驚く様子もなく聞いていた。
廊下に靴音が響く。
「来たか。どっちが隠れる?」
「そりゃ叔父上でしょう。僕は妃殿下の代行業務中ってことで残りますよ」
「了解。抜かるなよ。いくぞレモン。オースティンは宰相補佐を頼む」
シュラインがシェリーの執務机に座り、その横にオースティンが立つ。
サミュエルとレモンは仮眠室に入りドアの両側で剣を構える。
乱暴にドアがノックされ、返事も待たずに辺境伯が入室してきた。
「ここでしたか、宰相閣下」
「おや、これは珍しい方が来られたものだ。生憎国王も王妃も皇太子も皇太子妃も不在なのですよ。お急ぎのようですがどうされました? 先触れをいただければ誰かは残っているように調整したのですが?」
「その方達の所在は掴んでおりますからご心配には及びません。私はあなたに会いに来たのですから」
「私に? 何事でしょう? それより、ミスティ侯爵夫人の容態が悪いと聞きましたが、そちらに向かわれた方が良くないですか?」
「そちらには義息を向かわせました。妹も三女も連れて帰ります。その前にゴミを処分しようと思いましてな」
「妹? え? 王妃殿下ですか? 連れて帰るって……え?」
サミュエルが片方の口角を上げて笑顔を浮かべた。
そしてレモンの方を見て指で合図を送る。
(全部で何人?)
レモンが指で示す。
(6人です)
サミュエルが自分を指さし四を示す。
(五人が殿下で、私が一人ってことね)
レモンが頷き、出るタイミングを伺う。
「ゴミってどういうことですか?」
「戦争を起こそうとする王家など不要でしょう? ゴミですよ」
「あれはフェイク情報だと伝わっていませんか?」
「そんなことはどうでも良いんだ! 民心がそれを信じたということが重要だ。大人しく従うならお前は実務として残してやってもいい。どうする?」
「どうするって……もしかして私の妻子を人質にとってます?」
「そんな必要は無い。従うなら生かす。逆らうなら殺す。それだけだ」
「おいおい、マジかよ……おっさん! 頭悪すぎるぞ?」
シュラインのもに言いに一瞬だけ辺境伯が怯んだ。
「まだまだ若いものに遅れはとらん! お前など一瞬で片づけてくれるわ!」
チラッとシュラインがオースティンを見た。
オースティンが短剣を手にシュラインの前に立つ。
「どけっ!」
辺境伯が振り降ろした剣を、オースティンぐ短剣の鍔で受け止めた。
金属音が響く。
ほぼ同時にサミュエルが飛び出し、振り向いた護衛を二人一気に片づけた。
「誰かと思えば……これはこれは近衛騎士隊長殿か」
残っている三人の護衛に囲まれるような格好で、シュラインが言い返す。
「このような小人数で来るとは……舐められたものだな」
「お前もいるとはな。国王は見捨てたか」
シュラインは返事をしない。
一番近くにいた護衛が切りかかった。
それを受け止め切り伏せる。
二人はジリジリと間合いを詰めるも、サミュエルの放つ殺気に近寄ることができないでいた。
「おいおい、辺境を守る騎士がこの程度ではいかんな。黒狼に頼りすぎてるんじゃないか?」
ヌベール辺境伯はチッと舌打ちをして、シュラインの方に向き直った。
「片づけろ」
その声を聞いたサミュエルは、執務室のドアを蹴破って、二人を廊下におびき出す。
その隙にレモンが音もなく辺境伯の後ろに回り込んだ。
それを目で追うシュラインはニヤッと笑った。
「私がいなくても何も変わらないのね」
レモンが少し笑っていう。
「一週間も経っていませんしね。そもそも妃殿下が攫われたことは絶対に隠されているはずですから」
「それもそうね。でも少し寂しいような?」
冗談ともつかない会話をしながら待っていると、エドワードが馬車の扉を開けた。
「いろいろ話は済んだかな?」
「ええ、あまりの複雑さに頭が混乱しているところですわ」
「難しく考えることはないさ。新しい時代が来るってことだ」
シェリーは何も言わず肩を竦めた。
「では、私は行くよ。イーサンも一緒に出るから、シェリー妃はレモン嬢と彼女たちと一緒に行動してくれ。ああ、そのメイド服、とても似合うよ」
「ありがとう?」
メイド服が似合うと言われ、複雑な顔をしたシェリーの手を取って馬車から降ろしたエドワードが耳元で言った。
「一週間だ。それ以上長引くことはない。大人しくしておいてくれよ?」
四人の女性たちが馬車から出たことを確認したエドワードは、従者が引いてきた馬に跨った。
「義父上はすでに宰相の部屋に向かったよ。レモン嬢は急いだほうがいいね」
レモンは頷くとシェリーの目線だけで挨拶をして駆けだした。
王道をまっすぐに歩いて行く辺境伯と護衛達に気付かれることなく、庭園に入り姿を消した。
宰相はいつものようにシェリーの執務室にいるだろうという二人の予想による行動だ。
そしてその予想は当たっていた。
レモンが騎士服で皇太子妃執務室に飛び込むと、その場にいた全員が立ち上がった。
「レモン!」
兄であるオースティンが駆け寄った。
ニコッと笑うだけで、抱きしめようとする兄を手で制したレモンが声を出す。
「辺境伯が宰相の元に向かいました。殺す気です。謀反です」
シュラインが片眉をあげる。
サミュエルはレモンに近寄った。
「心配したぞ……レモン。無事か? 怪我は?」
「大丈夫です。ご心配をお掛けしました。妃殿下も無事ですのでご安心ください」
三人の男たちがホッと息を吐く。
「そういえば……皇太子殿下は?」
「ミスティ侯爵家に行った。侯爵夫人が危篤だそうだから行かなきゃ怪しまれる。キースがローズとして同行したよ。王妃殿下もいるはずだ」
レモンは馬車の中で聞いた話をした。
二人は驚く様子もなく聞いていた。
廊下に靴音が響く。
「来たか。どっちが隠れる?」
「そりゃ叔父上でしょう。僕は妃殿下の代行業務中ってことで残りますよ」
「了解。抜かるなよ。いくぞレモン。オースティンは宰相補佐を頼む」
シュラインがシェリーの執務机に座り、その横にオースティンが立つ。
サミュエルとレモンは仮眠室に入りドアの両側で剣を構える。
乱暴にドアがノックされ、返事も待たずに辺境伯が入室してきた。
「ここでしたか、宰相閣下」
「おや、これは珍しい方が来られたものだ。生憎国王も王妃も皇太子も皇太子妃も不在なのですよ。お急ぎのようですがどうされました? 先触れをいただければ誰かは残っているように調整したのですが?」
「その方達の所在は掴んでおりますからご心配には及びません。私はあなたに会いに来たのですから」
「私に? 何事でしょう? それより、ミスティ侯爵夫人の容態が悪いと聞きましたが、そちらに向かわれた方が良くないですか?」
「そちらには義息を向かわせました。妹も三女も連れて帰ります。その前にゴミを処分しようと思いましてな」
「妹? え? 王妃殿下ですか? 連れて帰るって……え?」
サミュエルが片方の口角を上げて笑顔を浮かべた。
そしてレモンの方を見て指で合図を送る。
(全部で何人?)
レモンが指で示す。
(6人です)
サミュエルが自分を指さし四を示す。
(五人が殿下で、私が一人ってことね)
レモンが頷き、出るタイミングを伺う。
「ゴミってどういうことですか?」
「戦争を起こそうとする王家など不要でしょう? ゴミですよ」
「あれはフェイク情報だと伝わっていませんか?」
「そんなことはどうでも良いんだ! 民心がそれを信じたということが重要だ。大人しく従うならお前は実務として残してやってもいい。どうする?」
「どうするって……もしかして私の妻子を人質にとってます?」
「そんな必要は無い。従うなら生かす。逆らうなら殺す。それだけだ」
「おいおい、マジかよ……おっさん! 頭悪すぎるぞ?」
シュラインのもに言いに一瞬だけ辺境伯が怯んだ。
「まだまだ若いものに遅れはとらん! お前など一瞬で片づけてくれるわ!」
チラッとシュラインがオースティンを見た。
オースティンが短剣を手にシュラインの前に立つ。
「どけっ!」
辺境伯が振り降ろした剣を、オースティンぐ短剣の鍔で受け止めた。
金属音が響く。
ほぼ同時にサミュエルが飛び出し、振り向いた護衛を二人一気に片づけた。
「誰かと思えば……これはこれは近衛騎士隊長殿か」
残っている三人の護衛に囲まれるような格好で、シュラインが言い返す。
「このような小人数で来るとは……舐められたものだな」
「お前もいるとはな。国王は見捨てたか」
シュラインは返事をしない。
一番近くにいた護衛が切りかかった。
それを受け止め切り伏せる。
二人はジリジリと間合いを詰めるも、サミュエルの放つ殺気に近寄ることができないでいた。
「おいおい、辺境を守る騎士がこの程度ではいかんな。黒狼に頼りすぎてるんじゃないか?」
ヌベール辺境伯はチッと舌打ちをして、シュラインの方に向き直った。
「片づけろ」
その声を聞いたサミュエルは、執務室のドアを蹴破って、二人を廊下におびき出す。
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