そして愛は突然に

志波 連

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 ずっと黙っていたイーサンが口を開く。

「両家共に国王の言いなりになっていると見せかけていますが、水面下では宰相たちと動きを連動させています。ミスティ侯爵がグリーナの王子二人を囲い込み、その隙にブラッド侯爵が国王退位の後の体制を整えているというところでしょうか」

 シェリーはギュッと目を瞑った。

「危険は無いのですか?」

 イーサンに代わってエドワードが答える。

「安全な役回りなど無いですよ。あなたもレモン嬢も含めてね。だからここに来てもらったんだ」

「なぜ攫うような真似を?」

「第三王子に気付かれたら終わりです。敵を欺くなら味方からというでしょう? まあ、まだ味方というほどの仲では無いのが少々心配ですけどね」

 シェリーは妙に納得した。
 しかし納得できないこともある。

「私は縛られ、一晩床に転がされました。レモンは酷く殴られ手荒な運ばれ方をしたのです。このことは納得できません。謝罪を要求します」

 エドワードが肩を竦めた。

「だそうだよ? イーサン」

 イーサンが無表情のまま立ち上がり、レモンの後ろで片膝をついた。

「手荒な真似をして申し訳ございませんでした。あなたの実力が予想をはるかに上回っていたため、咄嗟に行動してしまいました。そうでもしないと見つかってしまう恐れがあったのです。どうぞお気のすむまで私を殴ってください」

 レモンがシェリーの顔を見た。
 シェリーは表情を変えずにレモンに言う。

「あなたに任せるわ。私に遠慮する必要もありません」

 エドワードがひゅっと口笛を吹いた。
 レモンは立ち上がり、イーサンの前に立った。

「では遠慮なく一発殴らせていただきます」

 レモンがイーサンの胸倉をつかみ、立ち上がらせる。
 辺境伯もエドワードもニヤついた顔で止めようともしない。
 もちろんシェリーも止める気は無かった。

「っつ……」

 ドコッという音に振り返ると、イーサンが壁に背中をつけて尻もちをついていた。
 レモンは右手をプラプラと振りながら言う。

「これで水に流しましょう」

「ありがとう。いやぁ、流石です。的確にポイントを抑えたパンチですね。一瞬ですが意識が飛びましたよ」

 イーサンが立ち上がりレモンと握手をした。
 なぜかシェリーはホッと息を吐いた。

「イーサンはなぜ関わっているのでしょうか? 彼は右目と右手を負傷して教会の下働きをしていると聞いていました。すでに妻も子もいるとも聞き及んでいましたが?」

 一瞬だけ部屋の中に沈黙が流れた。

「妃殿下、それは私ではありません。あれはブルーノが用意した影武者ですよ。元騎士で右手と右目を負傷して引退した男で、妻と娘というのも本物の彼の家族です」

「なぜそのようなことを?」

 イーサンが一瞬だけ目を伏せた。

「皇太子妃となったあなたへの未練を断ち切るために、僕は戦場に赴きました。最初は本当に死んでも良いと思っていた……死ぬくらいならシェリーの役に立てと諭され、王妃殿下の駒としてバローナとのつなぎ役を引き受けました」

「王妃殿下の? 私はロナード・ミスティの指示だと聞いたわ」

「うん、表向きはね。でも私に話を持ってきたのは王妃殿下だ。王妃殿下の尺金で出兵したって筋書担っているんだよ」

「あっ……それも聞いた」

「王妃殿下はロナードと通じている風を装っているけれど、年があまり変わらない姪をとても心配していた。もう一人の姪は救うことができたけれど、長女の方は見殺しにしたような形になってとても後悔しておられたよ」

「もう一人の姪って……側妃様? 側妃様は幽閉されて毒杯を賜ったはず……」

「うん、そうだ。そして秘密裏に遺体は運び出され、今幽閉されているのは罪人の女だ。運び出された遺体はヌベール辺境伯によって持ち出されたんだよ。まだ少し後遺症は残っているけれど、この城で養生をしておられるよ」

 シェリーは辺境伯の顔を見た。
 ヌベールが肩を竦めて口を開く。

「複雑怪奇でしょうね。こうなってしまったのは三組の人間が別々に動いているからです。これほど無駄なことはない。だってそうでしょう? 目的は同じなんだ。手を組むべきだと思いませんか?」

「三組?」

「娘と妹を奪い、国の存続も危ぶまれる状況にしてしまった現国王への復讐を誓った私達。そして実の親でありながら、国を守るために廃することを目指して動いた皇太子殿下とその母である王妃殿下。そして国を切り盛りしながらもなんとか正しい方向へ修正しようと躍起になっている宰相と近衛騎士団長。この三組ですよ。まあ、皇太子達と宰相達は手を組んだようだし、我々も仲間にしてもらおうと思いましてね」

 シェリーは立ち上がった。

「だったら密使でも何でも送れば良いじゃないの。なぜ私やレモンを巻き込むの!」

 辺境伯が穏やかな口調で言った。

「あなたを守るためですよ、皇太子殿下」

 シェリーが眉間にしわを寄せる。

「あなたは国王からもグリーナ国王妃からも狙われています。はっきり言ってあのまま王宮に居たら絶体絶命のピンチでした」

「まさか……なぜ? 私はただの皇太子妃よ?」

「そうですね。でも、あなたは今回の原因でもあり武器でもあった『オピュウムを守る者たちの宝』だ。あなたを手中にすればブラッド家は逆らえない」

「ち……父を見くびらないで! 弟だってそうよ! 私の命よりオピュウムを守るわ! あの薬草は医学界の希望よ? 全世界の希望といっても過言ではないわ。使い方を誤っては絶対にいけないものよ?」

「あなた方の覚悟は立派だ。しかし目の前でかわいい我が子を甚振られ、切り刻むように命を削られたら……あなたなら耐えられますか? 縦しんば耐えたとしてもその精神は正常を保つことができますか?」

 シェリーは拳を握った。
 そうだ、私なら……

「耐えられない」

「それで当たり前です。それを利用しようとする者たちが悪なのです。未然に防げるのならそうすべきだと判断しました。ご理解ください」

 シェリーがフラフラと座り込む。
 レモンが慌てて手を伸ばした。

「でも……レモンまで……」

「彼女を残すとあなたの身代わりに使われる危険がありました。彼女は優秀な騎士です。しかも貴族令嬢として完璧なマナーも身に着けている。もし死ぬと分かっていても、あなたを守るためなら喜んで身代わりを引き受けるほどの忠誠心も持っているのです。あなたは良い意味でも悪い意味でも周辺諸国にそれほど面が割れていない。彼女をシェリー妃殿下だと国王が言えば、それが本当になるのです。そして彼女を守ろうとするあなたは……お分かりいただけましたかな?」

 確かにレモンならやりかねないとシェリーは思った。
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