48 / 97
48
しおりを挟む
「我が領はゴールディ王国の中でも最北端。ここで暑いと仰るなら王都は過ごし難かったことでしょうな」
「いいえ? あそこは都会の割に空気が澄んでいたし、風もよくとおって気持ちが良かったわ。ここは、なんと言うか息苦しい? そんな感じね。気分が冴えないわ」
「それは申し訳ございません。隣国と接しているせいですかな。常に緊張感が漂っているのはご理解ください」
「そうね」
「ところで妃殿下。そろそろお座りになられては如何でしょう?」
シェリーはゆっくりと歩を進め、ソファーに腰を下ろす。
「まずは私の護衛を殴った者に謝罪を要求します」
「殴った? そちらのか弱い女性に手をあげた野蛮な者がおりましたか?」
「戯言は聞き飽きた。早く連れてきなさい」
辺境伯が覆面男に顔を向けた。
「その痴れ者は誰だ?」
「イーサンです」
シェリーの肩が揺れた。
辺境伯が口角を上げてシェリーを見る。
「どうやら妃殿下のよくご存じの男のようですな。申し訳ないがあの者は不在ですのでここに連れてくることはできません」
「そうか。それなら仕方がない。戻ったら謝罪を」
「畏まりました」
シェリーは出されたお茶に伸ばした手を止めた。
「毒見は?」
「済ませてございます」
お茶を運んできた使用人が口を開く。
「そうか。ではヌベール辺境伯、先に飲んで見せなさい」
笑いながら辺境伯が笑いながら使用人に命じた。
「妃殿下はどうやら危機管理がしっかりできたお方のようだ。今私の目の前に置かれている茶を飲んで見せても納得はされないだろう。入れ替えなさい。同じポットから注いだものを先に飲めば安心できましょう?」
辺境伯がシェリーの顔を見てそう言った。
「好きになさい」
シェリーはあくまでも皇太子妃としての態度を崩さなかった。
使用人は茶を入れ替え、カップも新しいものにして再度配る。
宣言通り辺境伯が先にお茶を口に含んで見せた。
「信用いただけましたかな?」
シェリーは黙ってカップに手を伸ばした。
「それで? 私を攫った理由を聞かせてもらおうかしら?」
「攫ったなどと、随分な仰りようだ。我らはあの毒王から妃殿下を救い出したのですよ?」
「意味が分からない。毒王とは?」
「ご存じのとおりですよ」
「心当たりがない」
辺境伯がグッと手を握った。
「我が長女に懸想したあげく傷ものにして隣国に売り渡し、次女を側妃に迎え子を産ませた。そして三女を自分の腹心に無理やり嫁がせ、長男までも私の手から奪ったあの毒王のことですよ」
シェリーは唇をかんだ。
自分が知らないのは隣国に嫁いで亡くなった長女だけだ。
それ以外の者たちとは全員面識がある。
「しかも年の離れた私の末の妹を後妻として奪った……思い出しただけでも腹立たしい」
ヌベール辺境伯の長女と次女が王家にまつわることで亡くなり、三女も病床にある。
そう考えるとなんとも言えない気分になった。
なぜ国王はヌベール家だけそのような目に合わせたのか?
シェリーは直接口に出して聞いた。
「前国王の影響かもしれません。彼と私は学園で同級でした」
辺境伯は遠い目をして話を続ける。
「当時互いに婚約者がいました。私たちはそれなりに仲も良かったですから、互いの婚約者を紹介し合うようなこともしましたね。そして彼は恋に落ちたのです。私の婚約者に」
ここでも色恋なのかとシェリーは思った。
国を揺るがすような事件の根幹が、実に幼稚な理由だと知ったシェリーは失望した。
「それで?」
「妻は彼の求婚を断った。当然ですよね? 私たちは慌てて入籍しましたよ。そして卒業と同時に国王の側近となる話を断り、自領に戻りました。彼も諦めて婚約者と婚姻し、即位しました。それだけなら良くある話でしょう?」
「よくあるのかどうかは知らないわ」
「学園というのはよくも悪くも社会の縮図のような場所です。子供なだけに純粋で粗野だ。未熟な恋は人生を変えてしまうのかもしれません。彼は妃を愛することができず、産ませた子供にも感情を向けることができなかった。その子供が現在の国王ですよ」
シェリーは吐きたくなる溜息を飲み込んだ。
「一年遅くに生まれた長女との婚約を申し込まれて、私たちはそれを受けました。辺境の地では王宮に行くことも稀でしたし、彼らの歪んだ家庭事情など知る由もなかったのです。知っていれば絶対に断っていたのに……」
辺境伯は、当時を思い出したのか悔しそうに唇を嚙んだ。
「三人女ばかり産んだ妻は、体調を崩し亡くなりました。私は再婚することも無くそのまま養子でもとって隠居しようと考えていたのです。しかし、ある日バローナ王国から使者が来て末の王女との婚姻を打診されたのです」
シェリーは指先を動かしてお茶のお代わりを指示した。
どうも長い話になりそうだ。
「どこか小動物を思わせるようなその王女は、バローナ王宮で虐げられていたようです。不憫に思った前王が国外に嫁がせることで逃そうとしたのでしょう。私はどうでもよかったので、受けました。愛するつもりもなかった……でも所詮私も男ということですな、彼女との間に生まれたのが、ミスティ侯爵家に養子として入っているロナードです」
「なぜ養子に? せっかく生まれた嫡男でしょうに」
「ええ、もちろん出すつもりなどなかったですよ。しかし三女が懇願してきたのです。受けてもらえなければ自分が殺されるとね」
「王命だったの?」
「ええ王命でした」
「酷い話ね」
フッと自嘲の笑みを浮かべた辺境伯が言葉を続けた。
「いいえ? あそこは都会の割に空気が澄んでいたし、風もよくとおって気持ちが良かったわ。ここは、なんと言うか息苦しい? そんな感じね。気分が冴えないわ」
「それは申し訳ございません。隣国と接しているせいですかな。常に緊張感が漂っているのはご理解ください」
「そうね」
「ところで妃殿下。そろそろお座りになられては如何でしょう?」
シェリーはゆっくりと歩を進め、ソファーに腰を下ろす。
「まずは私の護衛を殴った者に謝罪を要求します」
「殴った? そちらのか弱い女性に手をあげた野蛮な者がおりましたか?」
「戯言は聞き飽きた。早く連れてきなさい」
辺境伯が覆面男に顔を向けた。
「その痴れ者は誰だ?」
「イーサンです」
シェリーの肩が揺れた。
辺境伯が口角を上げてシェリーを見る。
「どうやら妃殿下のよくご存じの男のようですな。申し訳ないがあの者は不在ですのでここに連れてくることはできません」
「そうか。それなら仕方がない。戻ったら謝罪を」
「畏まりました」
シェリーは出されたお茶に伸ばした手を止めた。
「毒見は?」
「済ませてございます」
お茶を運んできた使用人が口を開く。
「そうか。ではヌベール辺境伯、先に飲んで見せなさい」
笑いながら辺境伯が笑いながら使用人に命じた。
「妃殿下はどうやら危機管理がしっかりできたお方のようだ。今私の目の前に置かれている茶を飲んで見せても納得はされないだろう。入れ替えなさい。同じポットから注いだものを先に飲めば安心できましょう?」
辺境伯がシェリーの顔を見てそう言った。
「好きになさい」
シェリーはあくまでも皇太子妃としての態度を崩さなかった。
使用人は茶を入れ替え、カップも新しいものにして再度配る。
宣言通り辺境伯が先にお茶を口に含んで見せた。
「信用いただけましたかな?」
シェリーは黙ってカップに手を伸ばした。
「それで? 私を攫った理由を聞かせてもらおうかしら?」
「攫ったなどと、随分な仰りようだ。我らはあの毒王から妃殿下を救い出したのですよ?」
「意味が分からない。毒王とは?」
「ご存じのとおりですよ」
「心当たりがない」
辺境伯がグッと手を握った。
「我が長女に懸想したあげく傷ものにして隣国に売り渡し、次女を側妃に迎え子を産ませた。そして三女を自分の腹心に無理やり嫁がせ、長男までも私の手から奪ったあの毒王のことですよ」
シェリーは唇をかんだ。
自分が知らないのは隣国に嫁いで亡くなった長女だけだ。
それ以外の者たちとは全員面識がある。
「しかも年の離れた私の末の妹を後妻として奪った……思い出しただけでも腹立たしい」
ヌベール辺境伯の長女と次女が王家にまつわることで亡くなり、三女も病床にある。
そう考えるとなんとも言えない気分になった。
なぜ国王はヌベール家だけそのような目に合わせたのか?
シェリーは直接口に出して聞いた。
「前国王の影響かもしれません。彼と私は学園で同級でした」
辺境伯は遠い目をして話を続ける。
「当時互いに婚約者がいました。私たちはそれなりに仲も良かったですから、互いの婚約者を紹介し合うようなこともしましたね。そして彼は恋に落ちたのです。私の婚約者に」
ここでも色恋なのかとシェリーは思った。
国を揺るがすような事件の根幹が、実に幼稚な理由だと知ったシェリーは失望した。
「それで?」
「妻は彼の求婚を断った。当然ですよね? 私たちは慌てて入籍しましたよ。そして卒業と同時に国王の側近となる話を断り、自領に戻りました。彼も諦めて婚約者と婚姻し、即位しました。それだけなら良くある話でしょう?」
「よくあるのかどうかは知らないわ」
「学園というのはよくも悪くも社会の縮図のような場所です。子供なだけに純粋で粗野だ。未熟な恋は人生を変えてしまうのかもしれません。彼は妃を愛することができず、産ませた子供にも感情を向けることができなかった。その子供が現在の国王ですよ」
シェリーは吐きたくなる溜息を飲み込んだ。
「一年遅くに生まれた長女との婚約を申し込まれて、私たちはそれを受けました。辺境の地では王宮に行くことも稀でしたし、彼らの歪んだ家庭事情など知る由もなかったのです。知っていれば絶対に断っていたのに……」
辺境伯は、当時を思い出したのか悔しそうに唇を嚙んだ。
「三人女ばかり産んだ妻は、体調を崩し亡くなりました。私は再婚することも無くそのまま養子でもとって隠居しようと考えていたのです。しかし、ある日バローナ王国から使者が来て末の王女との婚姻を打診されたのです」
シェリーは指先を動かしてお茶のお代わりを指示した。
どうも長い話になりそうだ。
「どこか小動物を思わせるようなその王女は、バローナ王宮で虐げられていたようです。不憫に思った前王が国外に嫁がせることで逃そうとしたのでしょう。私はどうでもよかったので、受けました。愛するつもりもなかった……でも所詮私も男ということですな、彼女との間に生まれたのが、ミスティ侯爵家に養子として入っているロナードです」
「なぜ養子に? せっかく生まれた嫡男でしょうに」
「ええ、もちろん出すつもりなどなかったですよ。しかし三女が懇願してきたのです。受けてもらえなければ自分が殺されるとね」
「王命だったの?」
「ええ王命でした」
「酷い話ね」
フッと自嘲の笑みを浮かべた辺境伯が言葉を続けた。
11
お気に入りに追加
236
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
叶えられた前世の願い
レクフル
ファンタジー
「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
我が家に子犬がやって来た!
ハチ助
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
『伯爵令嬢 爆死する』
三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。
その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。
カクヨムでも公開しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる