そして愛は突然に

志波 連

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「そうですか。そんなことが」

「ええ、皇太子妃になってから初めてよ。彼の会うのは」

「本当に当人でしたか?」

「え?」

「顔は確認できたのですか?」

 声だけで判断し、何も疑問に思っていなかったシェリーはレモンの疑問に驚いた。

「すみません。殿下の判断を疑うわけではありませんが、この暗さでよく判断で来たなと思いまして……何事も疑ってかかる護衛騎士の悪い癖です」

「い……いいえ。確かにそうだわ。顔は見ていないもの。話し方はよく似ていたと思うし、声もイーサンのものだと思うけれど……でも、確かにおかしいわ」

「妃殿下?」

「私の知るイーサンなら、どういう事情があるにせよ、私が痛がっていると知ればこの拘束を解いたはずだもの」

「お優しい方だったのですね」

「ええ、そうね。私にはどこまでも優しい人だったわ」

 そう言いながら、レモンが投げた小石がシェリーの心の中で波紋を広げてゆく。
 あれは本当にイーサンだったのだろうか……

「入るぞ」

 鍵をガチャガチャと開ける音がして、目から下を覆面で覆った男が入室してきた。
 その後ろから女性がワゴンを押して入ってくる。

「食事だ。毒見はしないが安心して食べても大丈夫だ。お前たちは大切な客人だからな」

 そう言うと男はシェリーとレモンの拘束を解いた。
 ただし足は座らせた椅子の脚と一緒にぐるぐる巻きにされている。
 これでは逃げることは叶わない。

「ほんの数日のことだ、我慢して欲しい。二人一緒の部屋にしたのは主の温情だと思ってくれ。湯あみは無理だが体を拭く湯と布は準備させよう。この部屋の中でなら自由に動けるようにするから随分楽になるはずだ。といっても着替えては貰うがな」

 男は少し引き攣ったような笑い声を出した。
 レモンが大きな声を出す。

「貴様は誰だ! 何を企んでいる!」

 男はレモンの顔を見て余裕の笑みを浮かべた。

「煩い女は嫌われるぜ。さっさと食えよ。俺も忙しいんだからさ」

 二人が食事を終えるまで見張っているつもりなのだろう。
 ワゴンからテーブルに料理を並べ終えた女が出口の横で控えている。

「レモン、さっさと食べてしまいましょう」

「はい」

 二人は無言で食事を進めた。
 内容はサラダとステーキ、スープとパン。
 そして小さいながらもタルトのデザート付きだ。
 とても人質に出すような料理ではない。
 わざと時間をかけるようにゆっくりと咀嚼するシェリーとレモン。

「時間稼ぎは無駄だ。時間が来たら終わっていようがいまいが食器は下げる。だからさっさと食った方がいい」

 シェリーはフッと溜息を吐いた。

「ここはどこなの?」

「さっきイーサンが言わなかったか? ヌベール辺境伯の屋敷だ」

「隠す気も無いのね」

「なぜ隠す必要が?」

 男が小ばかにしたような声を出す。
 シェリーはぎっと睨み返した。

「お~コワイコワイ。俺は気が弱いんだ。そんなにかわいい顔で睨まれるとドキドキしてしまう」

 レモンがガシャンと音を立ててフォークを皿に置いた。

「さすが護衛騎士だねぇ。今の言葉は気にくわなかったか? まあそういきり立つな。短い縁だが同じ釜のめしを食う仲だ」

 レモンが男を睨みつけた。
 男が片眉を上げて言う。

「なんだお前。怪我してるじゃないか」

 そう言うとドアの横に控えていた女に振り返った。

「医者を手配してやってくれ。それと着替えも手伝ってやれ」

 女は何も言葉を発せず部屋を出た。

「酷いな……女を殴るなんてなぁ。お前はサミュエル隊長のコレなんだろ?」

 そう言うと男は下品な笑いを浮かべて小指を立てた。
 医者らしき老爺と看護師らしき若い女が小走りでやってきた。

「さっさと食事を済ませて診てもらえ」

 男が立ち上がり、呼びに行かせていた女に食器を下げるように指示をした。

「ごちそうさま。おいしかったわ。シェフに礼を言っておいてちょうだい」

 メイドらしき女が無言で頷いた。
 医師はレモンの顎に手を当てて傷を見ている。
 口の端を切っていたレモンは、医者の診察に顔を歪めた。

「打撲だな。酷く殴ったものだ。骨は折れていないが当分痣は残るだろう。この薬を塗りなさい。あまりにもい痛むようなら別の薬を用意しよう」

 そう言うと看護師を連れてさっさと部屋を出た。
 入れ替わりに入ってきたメイドが二人、手には簡易なワンピースドレスを持っている。

「覗きだと言われては叶わんから、俺はドアの外にいよう。言っておくがそのメイドは戦闘メイドだ。レモン嬢がいかに強くとも二人を同時には倒せまい? 大人しく着替えてくれ」

 ドアが閉まる。
 メイド達は無言のまま、シェリーとレモンのドレスを剝がしていった。
 体を締め付けるものが全て取り払われ、久々の解放感に大きく息を吐いたシェリーがメイドに言った。

「体を拭きたいわ。湯を準備しなさい」

 メイドが頷きドアを開けると、先ほどの男が入ってくる。

「農民の服を着ても皇太子妃殿下は神々しいな。血筋ってやつか?」

 シェリーは無視を決め込んだ。
 男は構わず二人の体を舐めまわすように見ている。
 レモンが鋭い声をあげる。

「無礼だぞ。ここがヌベール辺境伯の屋敷だというなら臣下ということだ。失礼な態度は改めてもらおう」

 男は何も言わずに肩を竦めた。
 他のメイドが木桶に湯を運んできた。
 清潔な布が数枚と、石鹼も添えられている。
 先ほどの食事といい、湯の準備といい、時に虐げる気は無いようだとシェリーは思った。

「まあゆっくりしな。ベッドは粗末だが清潔だ。何か欲しいものがあれば用意するが?」

 シェリーはゆっくりと口を開いた。

「退屈は嫌いなの。本を数冊準備してちょうだい。そうねぇ……この地の歴史が分かるような物がいいわね。せっかく来たのだもの」

 男が片方の口角を上げた。

「仰せのままに。皇太子妃殿下」

 信じられないほど優雅なお辞儀をして去って行った男の後ろで、容赦ないほど乾いた施錠音が響いた。
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