そして愛は突然に

志波 連

文字の大きさ
上 下
34 / 97

34

しおりを挟む
 その日の夕方、寛げる部屋着に着替えたシェリーが、いそいそとテーブルにワイングラスを並べていた。
 この席のために夕食は軽めのメニューにするよう厨房に伝えたので、軽食なども盛られた大皿が運ばれてくる。

「まあ! 素敵。料理長によろしく伝えてね。私が感謝していたと」

 運んできたメイドが微笑みと共に部屋を出た。
 入れ違いのようにレモンが入って来る。

「あらレモン。部屋着を持ってきていないの?ドレスでは疲れるわ。私ので良ければ着替える?」

 扇で顔を隠したレモンが口を開く。

「ドレスでないとすね毛が目立つのですわ」

 シェリーはビクッと肩を震わせた。

「えっ?」

「どう? 似合うかしら」

「似合うわね……私より美しいのではないかしら」

「ふふふ、ありがとう。でも君より美しいなんてあり得ないよ」

 シェリーは肩を竦めた。

「レモンは?」

「叔父上にエスコートしてもらって、わざと庭園を横切ってくるよ。父に見せるためだ」

「今日のお昼に会っているから大丈夫だと思うわよ?」

「あの爺を舐めちゃだめだ」

 シェリーの喉がゴクリと鳴った。

「今日のお客様は知ってるね?」

「グリーナの第二王子と聞いているわ。それよりローズ嬢が……」

「うん。その話は後でするよ。今日のお客様はね、僕の腹違いの兄なんだ」

「えっ!」

「秘密だけどね。彼の母親は父の恋人だったんだよ。あの頃この国は近隣国と小競合いが絶えなくてね。かなり疲弊していたんだ」

 そういえば皇太子妃教育でそのような歴史を学んだことを思い出した。

「そこに救いの手を差し伸べたのがグリーナ国さ。その見返りが父の恋人を差し出すことだった」

「何てこと……」

「あの頃の父は恋人に夢中だったそうだよ。これは叔父上から聞いたんだけど、彼女を差し出すくらいなら戦争も辞さないくらいの怒りだったらしい。でも、国のためには助けが必要だった。当時の国王に説得され、父は涙を吞むしかなかったんだよ。そんな父を彼女も愛していたのだろうね。祖国のためにその身を差し出された」

「そんな……悲しすぎるわ」

「そう? 君も同じ立場だったらそうするんじゃない? 現に君は婚約者と引き裂かれて私に嫁いだ。それはすべて国のためだろ?」

 シェリーは何も言えなかった。

「女性の方がよっぽど強いよね。覚悟が違うっていうかさ。男はいつだって愚かで弱い」

 アルバートが濡れたタオルで化粧を落としながら、わざと軽い口調で話す。

「彼女がグリーナに行った時には、すでに父の子を身籠っていたのだそうだ。それを知ってもなお彼女を欲したのはグリーナ国王だ」

「托卵したわけでは無いということ?」

「うん、違う。グリーナ国王は自分の子供を身籠っているから引き取ったのだと言い張ったそうだ。だから托卵ではないね」

「なぜ? なぜそこまで執着を?」

「嫌がらせさ。現に彼女は離宮に囲われて、気が向いたら蹂躙されるような人生を送ったんだ。惨いよね」

「酷すぎるわ」

「酷いことをしているという自覚はあったんだろうね。生まれた子供は第二王子として育てているからね」

「だから陛下は皇太子を潰した……」

「そうだ。今回のことは積年の恋の恨みが発端だ。実に下らない」

 化粧を落とし終わったアルバートは、シェリーの手を借りながらドレスを脱ぎ始めた。
 久しぶりに見た夫の裸の背中。
 シェリーは頬に血が集まるのを感じた。

「どうしたの?」

 トラウザースだけの姿で振り返ったアルバートの顔に残る毒の痕に、シェリーはこれが現実なのだと思った。
 シャツを渡しながらふと感じた疑問を口にする。

「第二王子殿下ってお幾つなの?」

「確か兄よりひとつ上だと思う。彼女が去って父は相当荒れたらしくてね。本気で探せば僕はとても兄弟が多いかもしれない。まあどちらにしても僕が末っ子だろうけど」

「でもなぜ義兄上の母親だけが側妃に?」

「ああ、それはね……」

 ドアをノックする音で話が中断した。
 入ってきたのはシュラインとオースティン、そして初めて見る男性だった。

「初めまして、皇太子妃殿下。私はグリーナ王国第二王子のキースと申します」

 まっすぐに伸びた金髪を後ろで束ねた、赤い瞳の美丈夫が優雅な礼をした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。 「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」 それって私のことだよね?! そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。 でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。 長編です。 よろしくお願いします。 カクヨムにも投稿しています。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

王太子妃が我慢しなさい ~姉妹差別を受けていた姉がもっとひどい兄弟差別を受けていた王太子に嫁ぎました~

玄未マオ
ファンタジー
メディア王家に伝わる古い呪いで第一王子は家族からも畏怖されていた。 その王子の元に姉妹差別を受けていたメルが嫁ぐことになるが、その事情とは? ヒロインは姉妹差別され育っていますが、言いたいことはきっちりいう子です。

処理中です...