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その日の夕方、寛げる部屋着に着替えたシェリーが、いそいそとテーブルにワイングラスを並べていた。
この席のために夕食は軽めのメニューにするよう厨房に伝えたので、軽食なども盛られた大皿が運ばれてくる。
「まあ! 素敵。料理長によろしく伝えてね。私が感謝していたと」
運んできたメイドが微笑みと共に部屋を出た。
入れ違いのようにレモンが入って来る。
「あらレモン。部屋着を持ってきていないの?ドレスでは疲れるわ。私ので良ければ着替える?」
扇で顔を隠したレモンが口を開く。
「ドレスでないとすね毛が目立つのですわ」
シェリーはビクッと肩を震わせた。
「えっ?」
「どう? 似合うかしら」
「似合うわね……私より美しいのではないかしら」
「ふふふ、ありがとう。でも君より美しいなんてあり得ないよ」
シェリーは肩を竦めた。
「レモンは?」
「叔父上にエスコートしてもらって、わざと庭園を横切ってくるよ。父に見せるためだ」
「今日のお昼に会っているから大丈夫だと思うわよ?」
「あの爺を舐めちゃだめだ」
シェリーの喉がゴクリと鳴った。
「今日のお客様は知ってるね?」
「グリーナの第二王子と聞いているわ。それよりローズ嬢が……」
「うん。その話は後でするよ。今日のお客様はね、僕の腹違いの兄なんだ」
「えっ!」
「秘密だけどね。彼の母親は父の恋人だったんだよ。あの頃この国は近隣国と小競合いが絶えなくてね。かなり疲弊していたんだ」
そういえば皇太子妃教育でそのような歴史を学んだことを思い出した。
「そこに救いの手を差し伸べたのがグリーナ国さ。その見返りが父の恋人を差し出すことだった」
「何てこと……」
「あの頃の父は恋人に夢中だったそうだよ。これは叔父上から聞いたんだけど、彼女を差し出すくらいなら戦争も辞さないくらいの怒りだったらしい。でも、国のためには助けが必要だった。当時の国王に説得され、父は涙を吞むしかなかったんだよ。そんな父を彼女も愛していたのだろうね。祖国のためにその身を差し出された」
「そんな……悲しすぎるわ」
「そう? 君も同じ立場だったらそうするんじゃない? 現に君は婚約者と引き裂かれて私に嫁いだ。それはすべて国のためだろ?」
シェリーは何も言えなかった。
「女性の方がよっぽど強いよね。覚悟が違うっていうかさ。男はいつだって愚かで弱い」
アルバートが濡れたタオルで化粧を落としながら、わざと軽い口調で話す。
「彼女がグリーナに行った時には、すでに父の子を身籠っていたのだそうだ。それを知ってもなお彼女を欲したのはグリーナ国王だ」
「托卵したわけでは無いということ?」
「うん、違う。グリーナ国王は自分の子供を身籠っているから引き取ったのだと言い張ったそうだ。だから托卵ではないね」
「なぜ? なぜそこまで執着を?」
「嫌がらせさ。現に彼女は離宮に囲われて、気が向いたら蹂躙されるような人生を送ったんだ。惨いよね」
「酷すぎるわ」
「酷いことをしているという自覚はあったんだろうね。生まれた子供は第二王子として育てているからね」
「だから陛下は皇太子を潰した……」
「そうだ。今回のことは積年の恋の恨みが発端だ。実に下らない」
化粧を落とし終わったアルバートは、シェリーの手を借りながらドレスを脱ぎ始めた。
久しぶりに見た夫の裸の背中。
シェリーは頬に血が集まるのを感じた。
「どうしたの?」
トラウザースだけの姿で振り返ったアルバートの顔に残る毒の痕に、シェリーはこれが現実なのだと思った。
シャツを渡しながらふと感じた疑問を口にする。
「第二王子殿下ってお幾つなの?」
「確か兄よりひとつ上だと思う。彼女が去って父は相当荒れたらしくてね。本気で探せば僕はとても兄弟が多いかもしれない。まあどちらにしても僕が末っ子だろうけど」
「でもなぜ義兄上の母親だけが側妃に?」
「ああ、それはね……」
ドアをノックする音で話が中断した。
入ってきたのはシュラインとオースティン、そして初めて見る男性だった。
「初めまして、皇太子妃殿下。私はグリーナ王国第二王子のキースと申します」
まっすぐに伸びた金髪を後ろで束ねた、赤い瞳の美丈夫が優雅な礼をした。
この席のために夕食は軽めのメニューにするよう厨房に伝えたので、軽食なども盛られた大皿が運ばれてくる。
「まあ! 素敵。料理長によろしく伝えてね。私が感謝していたと」
運んできたメイドが微笑みと共に部屋を出た。
入れ違いのようにレモンが入って来る。
「あらレモン。部屋着を持ってきていないの?ドレスでは疲れるわ。私ので良ければ着替える?」
扇で顔を隠したレモンが口を開く。
「ドレスでないとすね毛が目立つのですわ」
シェリーはビクッと肩を震わせた。
「えっ?」
「どう? 似合うかしら」
「似合うわね……私より美しいのではないかしら」
「ふふふ、ありがとう。でも君より美しいなんてあり得ないよ」
シェリーは肩を竦めた。
「レモンは?」
「叔父上にエスコートしてもらって、わざと庭園を横切ってくるよ。父に見せるためだ」
「今日のお昼に会っているから大丈夫だと思うわよ?」
「あの爺を舐めちゃだめだ」
シェリーの喉がゴクリと鳴った。
「今日のお客様は知ってるね?」
「グリーナの第二王子と聞いているわ。それよりローズ嬢が……」
「うん。その話は後でするよ。今日のお客様はね、僕の腹違いの兄なんだ」
「えっ!」
「秘密だけどね。彼の母親は父の恋人だったんだよ。あの頃この国は近隣国と小競合いが絶えなくてね。かなり疲弊していたんだ」
そういえば皇太子妃教育でそのような歴史を学んだことを思い出した。
「そこに救いの手を差し伸べたのがグリーナ国さ。その見返りが父の恋人を差し出すことだった」
「何てこと……」
「あの頃の父は恋人に夢中だったそうだよ。これは叔父上から聞いたんだけど、彼女を差し出すくらいなら戦争も辞さないくらいの怒りだったらしい。でも、国のためには助けが必要だった。当時の国王に説得され、父は涙を吞むしかなかったんだよ。そんな父を彼女も愛していたのだろうね。祖国のためにその身を差し出された」
「そんな……悲しすぎるわ」
「そう? 君も同じ立場だったらそうするんじゃない? 現に君は婚約者と引き裂かれて私に嫁いだ。それはすべて国のためだろ?」
シェリーは何も言えなかった。
「女性の方がよっぽど強いよね。覚悟が違うっていうかさ。男はいつだって愚かで弱い」
アルバートが濡れたタオルで化粧を落としながら、わざと軽い口調で話す。
「彼女がグリーナに行った時には、すでに父の子を身籠っていたのだそうだ。それを知ってもなお彼女を欲したのはグリーナ国王だ」
「托卵したわけでは無いということ?」
「うん、違う。グリーナ国王は自分の子供を身籠っているから引き取ったのだと言い張ったそうだ。だから托卵ではないね」
「なぜ? なぜそこまで執着を?」
「嫌がらせさ。現に彼女は離宮に囲われて、気が向いたら蹂躙されるような人生を送ったんだ。惨いよね」
「酷すぎるわ」
「酷いことをしているという自覚はあったんだろうね。生まれた子供は第二王子として育てているからね」
「だから陛下は皇太子を潰した……」
「そうだ。今回のことは積年の恋の恨みが発端だ。実に下らない」
化粧を落とし終わったアルバートは、シェリーの手を借りながらドレスを脱ぎ始めた。
久しぶりに見た夫の裸の背中。
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「どうしたの?」
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「第二王子殿下ってお幾つなの?」
「確か兄よりひとつ上だと思う。彼女が去って父は相当荒れたらしくてね。本気で探せば僕はとても兄弟が多いかもしれない。まあどちらにしても僕が末っ子だろうけど」
「でもなぜ義兄上の母親だけが側妃に?」
「ああ、それはね……」
ドアをノックする音で話が中断した。
入ってきたのはシュラインとオースティン、そして初めて見る男性だった。
「初めまして、皇太子妃殿下。私はグリーナ王国第二王子のキースと申します」
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