そして愛は突然に

志波 連

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「皇太子妃殿下、ご友人のレイバード子爵令息と妹君のレモン嬢がお見えになりました」

 シェリーは急いで立ち上がった。

「応接室かしら?」

「はい、ご指示通りに」

「すぐに行くわ。宰相閣下に席を外すと知らせをお願い」

 侍従が礼をして部屋を出る。
 メイドを連れてシェリーも執務室を出た。

「お茶とお菓子の用意をお願いね。恐らく宰相閣下と近衛騎士隊長もお見えになるから」

「畏まりました」

 シェリーはノックの後、返事も聞かずにドアを開けた。
 驚いた顔で立ち上がったオースティンの横で、ブルーのドレスに身を包んだレモン嬢が微笑んでいる。

「レモン? お久しぶり?」

 レモンと呼ばれた女性がゆっくりと立ち上がり、美しいカテシーを披露した。
 シェリーは驚いて立ち竦む。
 頭を下げて言葉を待っているのは、見まがうことない女性だったからだ。

(てっきりアルバートだと思っていたのに……)

 シェリーは戸惑いながらもメイドにお茶の準備を命じた。

「座ってちょうだい。オースティンも一緒だったのね。今日は休みなの?」

「ええ、皇太子殿下は私用で出掛けておられまして、私にはお休みを下さいました。妹が王都で暮らすことになりましたので、一緒に挨拶をさせていただきたく参上いたしました」

 オースティンはわざとメイドと護衛に聞かせている。

「そうなのね、一緒の屋敷に住むの?」

「はい、レイバート家のタウンハウスに」

「そう……」

 シェリーはメイドが出て行ったことを確認した後、騎士にもドアの外で待機するように声を掛けた。

「私ったらてっきり彼が来るのだと思っていたわ」

「どこに目があるかわかりませんからね。これは本当に私の妹なのです」

「レモン様?」

 レイバートの横で、女性にしては背の高いレモン嬢が頷いた。

「いつも兄がお世話になっております」

「私と同じ学園だったの?」

「はい、私は騎士科でしたので、こうして言葉を交わしていただくのは初めてですが」

「騎士科?」

 オースティンが代わりに答える。

「妹は幼いころから騎士を志していたのです。我が一族はもともと騎士として王族にお仕えする家門でしたが、私は剣の方はカラキシで……私が母の腹の中に忘れてきた剣の才能を、妹が持って生まれて来たようです」

「まあ!」

 レモンが美しい笑顔を浮かべた。

「騎士科を卒業した後、領地に戻り父の仕事を手伝っておりましたが、兄に呼び出されましてこちらに。お役に立てるようでとても嬉しく思っております」

「お役に? オースティン、説明してくれる?」

 シェリーがそう言った時、丁度ドアがノックされてシュラインとサミュエルが入ってきた。
 ひと通りの挨拶が終わり、メイドがお茶の準備を終えて部屋を出た。
 シュラインが口を開く。

「これはまた予想を裏切られたなぁ。しかし良い手だ。でも妹君を危険に晒すことになりはしないか?」

 オースティンが答える。

「妹は私よりも数倍腕が立ちます。それに、殿下よりは少し背が低いですがなんとか誤魔化せる範囲ですし、適任ですよ」

 シェリーは混乱した。

「どういうこと?」

「妹を何度か王太子妃殿下の元に通わせます。周りの目が慣れた頃、殿下が女装してレモンとして伺います。そうすれば誰も皇太子殿下とは気付かないでしょう?」

 シェリーは大きく頷いた。

「用意周到ね」

 シュラインが続ける。

「叔父上と恋仲っていう噂でもたてば、二人が並んで歩いていても違和感が無いですね。 人を介さず直接情報共有ができますよ。その席に友人として皇太子妃殿下が同席されてもおかしくないですしね。もちろん私も甥として同席できる」

 サミュエルが声を上げる。

「私が女装した甥をエスコートして庭園を歩くのか? なんとも良い趣味だな」

「ええ、叔父上が独身を貫かれていたのはこのためかと思うほどですよね」

 サミュエルとアルバートが仲睦まじく手に手を取って、バラ園を散策する姿を想像し、シェリーは思わず紅茶を吹き出しそうになってしまった。
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