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真っ白な皮の上にダイヤモンドをあしらった小ぶりな仮面をつけたシェリーが、夜空のようなドレスに身を包んで馬車から降りた。
エスコートするのは夜空色の仮面をつけたサミュエルだ。
サミュエルの夜会服は指し色にシェリーのドレスと揃いの色をあしらった銀色のタキシードだ。
周りにいた貴婦人たちからフッと溜息が漏れる。
サミュエルはシェリーを気遣いながらも歩を緩めず、そっと耳元で囁いた。
「馬車の中で話したことは理解したね?」
「ええ、胸に赤いバラを飾った紳士から誘われたら、バルコニーに行くのよね?」
「そうだ。でも気を付けてくれ。影がついているとはいえ、暗闇には何が潜んでいるかわからないからね」
「あなたは一緒に来ないの?」
「勿論君の後を追うけれど、私がくっついていたらあちらが話しにくいだろうからね。適当に離れて見ているよ」
「赤いバラの君は誰?」
「この夜会に来るように私に伝えてきた人間だ。君を連れてきて欲しいって頼まれたんだ。このことを知っているのは、私とシュライン、そして君とブルーノの四人だけだ」
「国王も父も知らないってこと?」
「ああ、これは私たちだけの秘密だ」
「なんだか怖いけど楽しそう」
「君はどうやらお転婆のようだ」
「ええ、子供の頃はそうだったわ」
周りから見ると二人は愛をささやきながら微笑みを交わしているように見えただろう。
そう見えるように誘導しているのはサミュエルだ。
会場にはいると、すでに何組かのカップルがダンスを楽しんでいた。
近づいてきたウェイターからシャンパングラスを二つ受け取ったサミュエルが、シェリーに顔を寄せた。
「飲んだ振りだけにしなさい」
「了解」
シェリーはグラスを傾ける仕草をした後、近くのテーブルにグラスを置いた。
「一曲ぐらい踊ろうか」
「まあ! 光栄ですわ」
二人はダンススペースに向かった。
自然に輪に入るその姿は人々の視線を釘付けにした。
流れているのはワルツ。
貴族なら誰でも踊れる基礎的な曲だった。
「退屈だな」
「目立たなくて良いわ。食事もデザートも口にしない方が良いの?」
「いや、ウェルカムドリンクだけ特殊なんだ。少しだけ興奮剤が入っているからね。場を盛り上げる手段としてよく使われるんだよ。シャンパン以外なら大丈夫だろう」
「知らなかったわ」
「そりゃ皇太子妃ともなればプライベートな夜会に行くなんてことは無いだろう? 知らなくて当たり前だ」
クルッと大きくターンする。
サミュエルのリードは完璧だった。
ふと気になりシェリーが振り返る。
「どうした?」
「あのドレスの女性……どこかで会ったかしら……なんと言うか、既視感?」
「あの真っ赤なドレスの?」
「ええ、女性にしては少し背が高いけれど、腰が細くて素敵ね。それにしても大きな扇だこと。仮面をしている上に扇で顔を隠しているわ」
「少し近寄ってみようか」
サミュエルが自然な動きで移動した。
皇太子妃教育の賜物か、シェリーも難なくついて行く。
真っ赤なドレスの女性と目が合った。
ビクッと肩を震わせたその女性は、慌てて視線を下げた。
「確認した。離れるよ」
サミュエルがターンを繰り返し、ホールの中央付近に戻った。
「何かわかったの?」
「面白いことがわかった。これ以上追い詰めると逃げてしまうから今はそっとしておこう」
「教えてよ」
「では、一つだけ。あれは男だ」
「ゲッ!」
「間違いないよ。鬘も似合うしドレスも着慣れているから、初めてではなさそうだ」
「一目で良く分かるわね」
「ああ、生まれてから32年間というもの、ありとあらゆる人間に言い寄られてきたからね。まあ、一種の経験値のようなものだ。もっと解説できるけど聞きたい?」
「聞きたいわ。でも曲が終わってしまうわね」
ワルツは最終楽章を迎えていた。
あと少しで曲が終わる。
サミュエルは少しだけ肩を竦めて動きを止めた。
「残念だな。まあいずれ機会はあるだろう」
二人が礼をして動き出すと、あっという間にサミュエルが女性に囲まれてしまった。
シェリーにも声を掛ける男性がいたが、聞こえないふりをして壁際に移動した。
扇で顔を隠し、先ほどの女性を目で追う。
すると黒いタキシードの胸にバラの花を挿した紳士が、その女性に近づいた。
何も聞いてなければ、女性のドレスと合わせるためにバラの花を飾っているように見えただろう。
しかしシェリーは気が付いた。
あの男性こそが、今日自分を呼び寄せた男だと。
そしてあの男性の正体……シェリーの心臓が動きを速めた。
エスコートするのは夜空色の仮面をつけたサミュエルだ。
サミュエルの夜会服は指し色にシェリーのドレスと揃いの色をあしらった銀色のタキシードだ。
周りにいた貴婦人たちからフッと溜息が漏れる。
サミュエルはシェリーを気遣いながらも歩を緩めず、そっと耳元で囁いた。
「馬車の中で話したことは理解したね?」
「ええ、胸に赤いバラを飾った紳士から誘われたら、バルコニーに行くのよね?」
「そうだ。でも気を付けてくれ。影がついているとはいえ、暗闇には何が潜んでいるかわからないからね」
「あなたは一緒に来ないの?」
「勿論君の後を追うけれど、私がくっついていたらあちらが話しにくいだろうからね。適当に離れて見ているよ」
「赤いバラの君は誰?」
「この夜会に来るように私に伝えてきた人間だ。君を連れてきて欲しいって頼まれたんだ。このことを知っているのは、私とシュライン、そして君とブルーノの四人だけだ」
「国王も父も知らないってこと?」
「ああ、これは私たちだけの秘密だ」
「なんだか怖いけど楽しそう」
「君はどうやらお転婆のようだ」
「ええ、子供の頃はそうだったわ」
周りから見ると二人は愛をささやきながら微笑みを交わしているように見えただろう。
そう見えるように誘導しているのはサミュエルだ。
会場にはいると、すでに何組かのカップルがダンスを楽しんでいた。
近づいてきたウェイターからシャンパングラスを二つ受け取ったサミュエルが、シェリーに顔を寄せた。
「飲んだ振りだけにしなさい」
「了解」
シェリーはグラスを傾ける仕草をした後、近くのテーブルにグラスを置いた。
「一曲ぐらい踊ろうか」
「まあ! 光栄ですわ」
二人はダンススペースに向かった。
自然に輪に入るその姿は人々の視線を釘付けにした。
流れているのはワルツ。
貴族なら誰でも踊れる基礎的な曲だった。
「退屈だな」
「目立たなくて良いわ。食事もデザートも口にしない方が良いの?」
「いや、ウェルカムドリンクだけ特殊なんだ。少しだけ興奮剤が入っているからね。場を盛り上げる手段としてよく使われるんだよ。シャンパン以外なら大丈夫だろう」
「知らなかったわ」
「そりゃ皇太子妃ともなればプライベートな夜会に行くなんてことは無いだろう? 知らなくて当たり前だ」
クルッと大きくターンする。
サミュエルのリードは完璧だった。
ふと気になりシェリーが振り返る。
「どうした?」
「あのドレスの女性……どこかで会ったかしら……なんと言うか、既視感?」
「あの真っ赤なドレスの?」
「ええ、女性にしては少し背が高いけれど、腰が細くて素敵ね。それにしても大きな扇だこと。仮面をしている上に扇で顔を隠しているわ」
「少し近寄ってみようか」
サミュエルが自然な動きで移動した。
皇太子妃教育の賜物か、シェリーも難なくついて行く。
真っ赤なドレスの女性と目が合った。
ビクッと肩を震わせたその女性は、慌てて視線を下げた。
「確認した。離れるよ」
サミュエルがターンを繰り返し、ホールの中央付近に戻った。
「何かわかったの?」
「面白いことがわかった。これ以上追い詰めると逃げてしまうから今はそっとしておこう」
「教えてよ」
「では、一つだけ。あれは男だ」
「ゲッ!」
「間違いないよ。鬘も似合うしドレスも着慣れているから、初めてではなさそうだ」
「一目で良く分かるわね」
「ああ、生まれてから32年間というもの、ありとあらゆる人間に言い寄られてきたからね。まあ、一種の経験値のようなものだ。もっと解説できるけど聞きたい?」
「聞きたいわ。でも曲が終わってしまうわね」
ワルツは最終楽章を迎えていた。
あと少しで曲が終わる。
サミュエルは少しだけ肩を竦めて動きを止めた。
「残念だな。まあいずれ機会はあるだろう」
二人が礼をして動き出すと、あっという間にサミュエルが女性に囲まれてしまった。
シェリーにも声を掛ける男性がいたが、聞こえないふりをして壁際に移動した。
扇で顔を隠し、先ほどの女性を目で追う。
すると黒いタキシードの胸にバラの花を挿した紳士が、その女性に近づいた。
何も聞いてなければ、女性のドレスと合わせるためにバラの花を飾っているように見えただろう。
しかしシェリーは気が付いた。
あの男性こそが、今日自分を呼び寄せた男だと。
そしてあの男性の正体……シェリーの心臓が動きを速めた。
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