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このメンバーの目標は国の安定のみだ。
王妃とミスティ侯爵の傀儡にされようとしている皇太子を排除し、長年蔓延っている膿を出し切る。
そのためには皇太子を廃嫡し、王妃を幽閉するだけではだめだ。
王妃を唆し、皇太子を巻き込んだ黒幕を徹底的に排除する。
そのためにも国民感情を揺さぶって、こちらの味方につけなくては国の先は無い。
「そのためには次期国王としてサミュエルを立たせたい。しかしサミュエルはどちらかというと強面という印象を持たれている。それを打破し、正義のヒーローに仕立て上げる必要がある。そうだったな? シュライン」
「ええ、その通りです」
「そのためには印象操作と情報操作が必要ですな」
ブラッド侯爵が続けた。
サミュエルは微妙な顔をしている。
「それほど私は悪役顔か?」
シュラインが吹き出した。
「顔は文句なしの一級品ですよ。態度も仕草も女性の扱いも、どれをとっても文句のつけようがない。敢えて言うならモテすぎるところくらいでしょうね。だから不味いんですよ。隙がない。貴族たちも国民達もあなたを彫像か何かだと思ってる」
「酷い言われようだな」
「そこに感情が乗れば完璧なのに。惜しいですね」
「感情はあるが? むしろ激高しやすいタイプだと思う」
「強いて言うなら、多少の弱みを見せた方がいいのかもしれません」
「弱み?」
「ええ、彫像のようなサミュエル近衛騎士隊長が『可哀そうな目に遭っている皇太子妃』に同情して、皇太子に諫言しつつ慰めるうちに心を通わせてしまうような人間臭さ。要するに印象操作です」
シェリーとサミュエルは同時に魂を吐き出すような溜息を吐いた。
「却下だ」
「ダメです。却下を却下します」
ニタニタと笑いながらシュラインが言う。
「でも私って可哀そうじゃないですよ? そもそも私たちって絵にかいたような政略結婚ですよね?」
「そこはそう見えるように情報操作するんだよ。そのあたりはこっちで上手くやるから、シェリーは演技力磨いといて」
「無理です」
「ダメ、やるの。おいしいケーキを買ってあげるから」
シェリーは違う意味で顔を歪めた。
「計画はこうです」
ニタニタと笑っていた顔を引き締めて、シュラインが口を開いた。
王妃が戻ってきたら、放置して泳がせる。
黒幕を特定するためだ。
と言っても、十中八九ミスティ侯爵なのだが、意図が掴めない。
そこは国王とサミュエルが担当することになった。
次に皇太子だが、あれ以来全く姿を見せない理由がわからない。
ローズは一緒に行動しているだろうし、今の皇太子にとってローズは何よりも優先すべき人間だ。
そこを突く。
「帰ってきたアルバートにシェリーが泣きすがって、ローズから取り戻そうと行動する。それでも帰ってこない夫への愛憎が愛人に向くんだよ。良くある話だろ? 一番悪いのは不貞をする男なのに、女性って相手の女を憎むんだよね。いわゆる嫉妬ってやつ?」
シェリーは計画を聞きながらどんどん顔色を悪くしていった。
「それを私にやれと?」
「うん、そう」
簡単に言うシュラインを睨むシェリー。
「本当にいじわるする必要は無いよ? 君にやってほしいのは人目のある所で泣き縋るとか、アルバートを探し回って仕事を放棄する姿を見せることさ。後は噂でなんとでもなるからね。貴族達へはブラッド侯爵にお願いしたい。使用人たちにはブルーノに頼もうと思うんだ。シェリーの家族として不憫な娘を庇いながらも困惑しているって感じでさ」
父と弟が感嘆に頷くのを見てシェリーは軽い絶望を覚えた。
そもそも自分はそんなタイプの女ではない。
幼いころから貴族令嬢として感情を出さないという教育を受けてきたのだ。
そんな自分が夫の浮気で取り乱すなどあり得ないはずだとシェリーは思った。
「クールなシェリーが我を忘れて行動するから、信憑性があるんだ。頑張ってね」
コホンと一つ咳をして国王が声を出した。
「私としては、まだ心のどこかでアルバートを信じたいという気持ちがある。しかし、ミスティ侯爵の狙いがわからないままでは動きようがない。ミスティ侯爵がトカゲのしっぽという可能性も視野に入れるべきだろう」
シェリーは妻と息子を同時に断罪せねばならない国王の心情を思うと、胸が締め付けられた。
シェリー自身もアルバートを信じたいという気持ちを捨てきれないでいる。
互いに辛い気持ちを抱えながら、それでも共に歩もうと誓いあった仲だ。
その日の真摯な眼差しを信じたい。
「わかりました。頑張ります」
シェリーは覚悟を決めた。
シュラインが続ける。
「シェリーが持っている皇太子妃印だけど、今日から保管場所を変える。そして今まで印を保管していた場所にはダミーを入れておくようにするから。このダミーは既に準備してあるから、後で届けよう。ちょっと見では違いが判らないくらいには精巧だけど、よく見ると違うってことが分かる」
「どう違うのですか?」
「本物は王家の紋章の周りに『KINGDAM OF GOLDY CROWN PRINCESS』って彫ってあるでしょう? スペルをちょっと変えてあるんだよ」
そう言うとシュラインはポケットからメモ紙とペンを取り出した。
全員が頭を寄せて見守る。
「ほら『GOLDY』が『GOLBY』で『PRINCESS』が『PBINCESS』になってるでしょ? そもそも飾り文字だから見分けにくいし、それ以外は紋章の獅子の髭の数が一本少ない」
ブルーノが吹き出した。
サミュエルも苦笑いしている。
少しだけ場が和んだ。
シェリーがふと顔を上げる。
王妃とミスティ侯爵の傀儡にされようとしている皇太子を排除し、長年蔓延っている膿を出し切る。
そのためには皇太子を廃嫡し、王妃を幽閉するだけではだめだ。
王妃を唆し、皇太子を巻き込んだ黒幕を徹底的に排除する。
そのためにも国民感情を揺さぶって、こちらの味方につけなくては国の先は無い。
「そのためには次期国王としてサミュエルを立たせたい。しかしサミュエルはどちらかというと強面という印象を持たれている。それを打破し、正義のヒーローに仕立て上げる必要がある。そうだったな? シュライン」
「ええ、その通りです」
「そのためには印象操作と情報操作が必要ですな」
ブラッド侯爵が続けた。
サミュエルは微妙な顔をしている。
「それほど私は悪役顔か?」
シュラインが吹き出した。
「顔は文句なしの一級品ですよ。態度も仕草も女性の扱いも、どれをとっても文句のつけようがない。敢えて言うならモテすぎるところくらいでしょうね。だから不味いんですよ。隙がない。貴族たちも国民達もあなたを彫像か何かだと思ってる」
「酷い言われようだな」
「そこに感情が乗れば完璧なのに。惜しいですね」
「感情はあるが? むしろ激高しやすいタイプだと思う」
「強いて言うなら、多少の弱みを見せた方がいいのかもしれません」
「弱み?」
「ええ、彫像のようなサミュエル近衛騎士隊長が『可哀そうな目に遭っている皇太子妃』に同情して、皇太子に諫言しつつ慰めるうちに心を通わせてしまうような人間臭さ。要するに印象操作です」
シェリーとサミュエルは同時に魂を吐き出すような溜息を吐いた。
「却下だ」
「ダメです。却下を却下します」
ニタニタと笑いながらシュラインが言う。
「でも私って可哀そうじゃないですよ? そもそも私たちって絵にかいたような政略結婚ですよね?」
「そこはそう見えるように情報操作するんだよ。そのあたりはこっちで上手くやるから、シェリーは演技力磨いといて」
「無理です」
「ダメ、やるの。おいしいケーキを買ってあげるから」
シェリーは違う意味で顔を歪めた。
「計画はこうです」
ニタニタと笑っていた顔を引き締めて、シュラインが口を開いた。
王妃が戻ってきたら、放置して泳がせる。
黒幕を特定するためだ。
と言っても、十中八九ミスティ侯爵なのだが、意図が掴めない。
そこは国王とサミュエルが担当することになった。
次に皇太子だが、あれ以来全く姿を見せない理由がわからない。
ローズは一緒に行動しているだろうし、今の皇太子にとってローズは何よりも優先すべき人間だ。
そこを突く。
「帰ってきたアルバートにシェリーが泣きすがって、ローズから取り戻そうと行動する。それでも帰ってこない夫への愛憎が愛人に向くんだよ。良くある話だろ? 一番悪いのは不貞をする男なのに、女性って相手の女を憎むんだよね。いわゆる嫉妬ってやつ?」
シェリーは計画を聞きながらどんどん顔色を悪くしていった。
「それを私にやれと?」
「うん、そう」
簡単に言うシュラインを睨むシェリー。
「本当にいじわるする必要は無いよ? 君にやってほしいのは人目のある所で泣き縋るとか、アルバートを探し回って仕事を放棄する姿を見せることさ。後は噂でなんとでもなるからね。貴族達へはブラッド侯爵にお願いしたい。使用人たちにはブルーノに頼もうと思うんだ。シェリーの家族として不憫な娘を庇いながらも困惑しているって感じでさ」
父と弟が感嘆に頷くのを見てシェリーは軽い絶望を覚えた。
そもそも自分はそんなタイプの女ではない。
幼いころから貴族令嬢として感情を出さないという教育を受けてきたのだ。
そんな自分が夫の浮気で取り乱すなどあり得ないはずだとシェリーは思った。
「クールなシェリーが我を忘れて行動するから、信憑性があるんだ。頑張ってね」
コホンと一つ咳をして国王が声を出した。
「私としては、まだ心のどこかでアルバートを信じたいという気持ちがある。しかし、ミスティ侯爵の狙いがわからないままでは動きようがない。ミスティ侯爵がトカゲのしっぽという可能性も視野に入れるべきだろう」
シェリーは妻と息子を同時に断罪せねばならない国王の心情を思うと、胸が締め付けられた。
シェリー自身もアルバートを信じたいという気持ちを捨てきれないでいる。
互いに辛い気持ちを抱えながら、それでも共に歩もうと誓いあった仲だ。
その日の真摯な眼差しを信じたい。
「わかりました。頑張ります」
シェリーは覚悟を決めた。
シュラインが続ける。
「シェリーが持っている皇太子妃印だけど、今日から保管場所を変える。そして今まで印を保管していた場所にはダミーを入れておくようにするから。このダミーは既に準備してあるから、後で届けよう。ちょっと見では違いが判らないくらいには精巧だけど、よく見ると違うってことが分かる」
「どう違うのですか?」
「本物は王家の紋章の周りに『KINGDAM OF GOLDY CROWN PRINCESS』って彫ってあるでしょう? スペルをちょっと変えてあるんだよ」
そう言うとシュラインはポケットからメモ紙とペンを取り出した。
全員が頭を寄せて見守る。
「ほら『GOLDY』が『GOLBY』で『PRINCESS』が『PBINCESS』になってるでしょ? そもそも飾り文字だから見分けにくいし、それ以外は紋章の獅子の髭の数が一本少ない」
ブルーノが吹き出した。
サミュエルも苦笑いしている。
少しだけ場が和んだ。
シェリーがふと顔を上げる。
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