そして愛は突然に

志波 連

文字の大きさ
上 下
19 / 97

19

しおりを挟む
 このメンバーの目標は国の安定のみだ。
 王妃とミスティ侯爵の傀儡にされようとしている皇太子を排除し、長年蔓延っている膿を出し切る。
 そのためには皇太子を廃嫡し、王妃を幽閉するだけではだめだ。
 王妃を唆し、皇太子を巻き込んだ黒幕を徹底的に排除する。
 そのためにも国民感情を揺さぶって、こちらの味方につけなくては国の先は無い。

「そのためには次期国王としてサミュエルを立たせたい。しかしサミュエルはどちらかというと強面という印象を持たれている。それを打破し、正義のヒーローに仕立て上げる必要がある。そうだったな? シュライン」

「ええ、その通りです」

「そのためには印象操作と情報操作が必要ですな」

 ブラッド侯爵が続けた。
 サミュエルは微妙な顔をしている。

「それほど私は悪役顔か?」

 シュラインが吹き出した。

「顔は文句なしの一級品ですよ。態度も仕草も女性の扱いも、どれをとっても文句のつけようがない。敢えて言うならモテすぎるところくらいでしょうね。だから不味いんですよ。隙がない。貴族たちも国民達もあなたを彫像か何かだと思ってる」

「酷い言われようだな」

「そこに感情が乗れば完璧なのに。惜しいですね」

「感情はあるが? むしろ激高しやすいタイプだと思う」

「強いて言うなら、多少の弱みを見せた方がいいのかもしれません」

「弱み?」

「ええ、彫像のようなサミュエル近衛騎士隊長が『可哀そうな目に遭っている皇太子妃』に同情して、皇太子に諫言しつつ慰めるうちに心を通わせてしまうような人間臭さ。要するに印象操作です」

 シェリーとサミュエルは同時に魂を吐き出すような溜息を吐いた。

「却下だ」

「ダメです。却下を却下します」

 ニタニタと笑いながらシュラインが言う。

「でも私って可哀そうじゃないですよ? そもそも私たちって絵にかいたような政略結婚ですよね?」

「そこはそう見えるように情報操作するんだよ。そのあたりはこっちで上手くやるから、シェリーは演技力磨いといて」

「無理です」

「ダメ、やるの。おいしいケーキを買ってあげるから」

 シェリーは違う意味で顔を歪めた。

「計画はこうです」

 ニタニタと笑っていた顔を引き締めて、シュラインが口を開いた。
 王妃が戻ってきたら、放置して泳がせる。
 黒幕を特定するためだ。
 と言っても、十中八九ミスティ侯爵なのだが、意図が掴めない。
 そこは国王とサミュエルが担当することになった。
 次に皇太子だが、あれ以来全く姿を見せない理由がわからない。
 ローズは一緒に行動しているだろうし、今の皇太子にとってローズは何よりも優先すべき人間だ。
 そこを突く。

「帰ってきたアルバートにシェリーが泣きすがって、ローズから取り戻そうと行動する。それでも帰ってこない夫への愛憎が愛人に向くんだよ。良くある話だろ? 一番悪いのは不貞をする男なのに、女性って相手の女を憎むんだよね。いわゆる嫉妬ってやつ?」

 シェリーは計画を聞きながらどんどん顔色を悪くしていった。

「それを私にやれと?」

「うん、そう」

 簡単に言うシュラインを睨むシェリー。

「本当にいじわるする必要は無いよ? 君にやってほしいのは人目のある所で泣き縋るとか、アルバートを探し回って仕事を放棄する姿を見せることさ。後は噂でなんとでもなるからね。貴族達へはブラッド侯爵にお願いしたい。使用人たちにはブルーノに頼もうと思うんだ。シェリーの家族として不憫な娘を庇いながらも困惑しているって感じでさ」

 父と弟が感嘆に頷くのを見てシェリーは軽い絶望を覚えた。
 そもそも自分はそんなタイプの女ではない。
 幼いころから貴族令嬢として感情を出さないという教育を受けてきたのだ。
 そんな自分が夫の浮気で取り乱すなどあり得ないはずだとシェリーは思った。

「クールなシェリーが我を忘れて行動するから、信憑性があるんだ。頑張ってね」

 コホンと一つ咳をして国王が声を出した。

「私としては、まだ心のどこかでアルバートを信じたいという気持ちがある。しかし、ミスティ侯爵の狙いがわからないままでは動きようがない。ミスティ侯爵がトカゲのしっぽという可能性も視野に入れるべきだろう」

 シェリーは妻と息子を同時に断罪せねばならない国王の心情を思うと、胸が締め付けられた。
 シェリー自身もアルバートを信じたいという気持ちを捨てきれないでいる。
 互いに辛い気持ちを抱えながら、それでも共に歩もうと誓いあった仲だ。
 その日の真摯な眼差しを信じたい。

「わかりました。頑張ります」

 シェリーは覚悟を決めた。
 シュラインが続ける。

「シェリーが持っている皇太子妃印だけど、今日から保管場所を変える。そして今まで印を保管していた場所にはダミーを入れておくようにするから。このダミーは既に準備してあるから、後で届けよう。ちょっと見では違いが判らないくらいには精巧だけど、よく見ると違うってことが分かる」

「どう違うのですか?」

「本物は王家の紋章の周りに『KINGDAM OF GOLDY CROWN PRINCESS』って彫ってあるでしょう? スペルをちょっと変えてあるんだよ」

 そう言うとシュラインはポケットからメモ紙とペンを取り出した。
 全員が頭を寄せて見守る。

「ほら『GOLDY』が『GOLBY』で『PRINCESS』が『PBINCESS』になってるでしょ? そもそも飾り文字だから見分けにくいし、それ以外は紋章の獅子の髭の数が一本少ない」

 ブルーノが吹き出した。
 サミュエルも苦笑いしている。
 少しだけ場が和んだ。
 シェリーがふと顔を上げる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

今度生まれ変わることがあれば・・・全て忘れて幸せになりたい。・・・なんて思うか!!

れもんぴーる
ファンタジー
冤罪をかけられ、家族にも婚約者にも裏切られたリュカ。 父に送り込まれた刺客に殺されてしまうが、なんと自分を陥れた兄と裏切った婚約者の一人息子として生まれ変わってしまう。5歳になり、前世の記憶を取り戻し自暴自棄になるノエルだったが、一人一人に復讐していくことを決めた。 メイドしてはまだまだなメイドちゃんがそんな悲しみを背負ったノエルの心を支えてくれます。 復讐物を書きたかったのですが、生ぬるかったかもしれません。色々突っ込みどころはありますが、おおらかな気持ちで読んでくださると嬉しいです(*´▽`*) *なろうにも投稿しています

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

処理中です...