そして愛は突然に

志波 連

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 そしてまたひと月。

「さて、ここに集まってもらったのはこれからの話をするためだ」

 国王が厳粛な声を出した。
 集まったのは国王と王弟であり近衛騎士隊長のサミュエル、元第一王子で現宰相のシュライン、そしてシェリーの父であるブラッド侯爵と次期侯爵である弟のブルーノだ。
 王妃は予定通りアルバートとローズを迎えに行かされている。
 かなり渋ったが、行かないのであれば離縁するという国王の言葉に慌てて出たらしい。
 ここまで好き放題しているくせに、離縁を恐れているのも滑稽だとシェリーは思った。

「まずは皇太子のアルバートだが、ミスティ侯爵に絡めとられてしまっている。あいつは本当にローズのことが好きだったからな。気持ちを抑えることができなかったのだろう。しかしここまで考えなしだとは思ってもいなかった。少し頼りないところもあるが、我が息子にしては上出来だと思っていたのだが……この件に関しては、シェリーに申し訳なく思っている」

 国王は一気にそこまで口に出すと、シェリーに向かって頭を下げた。
 
「それともう一つ。これは私とサミュエルだけが知っている話なのだが、アルバートには子種がない。幼い時に罹った熱病が原因だ」

 シェリーは驚きのあまりに立ち上がった。
 父親に諫められ、ソファーに座りなおしたが激しい動悸で眩暈を起こしている。
 シェリーの代わりにブルーノが口を開いた。

「お世継ぎは如何されるおつもりだったのですか? まあ皇太子のお体がそうだということは公にはできないでしょう。そこは理解します。しかし姉はそれを知らずに嫁ぎ、義務だと言い聞かせて暮らしてきたのです。これは重大な裏切り行為だと思います」

 鼻息荒く抗議する息子を窘めたブラッド侯爵が後を続けた。

「子ができないとなると三年で離縁。それを狙っておられたのでしょうか?」

 国王が情けない顔で答える。

「始めはそうだった。本人が事実を知らないのに白い結婚というわけにはいかなかったのだが、子が為せないとなると離縁することも可能だ。その時点でシェリーの思い人の所に下賜という形で戻そうと思っていた」

 シェリーはグッと唇を嚙んだ。

「しかし、側妃が下らんことをしたばかりに、王妃がその上を行く悪手をとった。私が知らない間のことで、サミュエルが状況を把握した時には全てが決まった後だった。さすがにシルバー伯爵家だけを特例にすることができなかったのだ」

 そんなバカげたことに巻き込まれた最愛の人を思い、シェリーは胸が痛んだ。
 サミュエルが悲痛な顔でシェリーに言った。

「私が説得に赴いたとき、イーサンは既に全てを諦めた顔をしていたよ。何を言ってもダメだった。そして彼が残したのが『シェリーの心の安寧だけを望んでいる』という言葉だ。彼は……いや、シェリーもだな。二人は完全なる被害者だ」

 ブルーノがシェリーの肩を強く抱いた。
 シュラインがブルーノの顔を見て口を開く。

「ブルーノ、君は言っていないんだね?」

 ブルーノの肩が揺れた。
 シェリーは弟の顔を見て言葉を発した。

「きっとあなたが口にしないということは、私は知らない方が良いと判断したのよね? でも私は知りたいの。全てを知ったうえで決めたいのよ」

 父親の顔を見ると小さく頷かれ、ブルーノは覚悟を決めた。

「姉さん、イーサンに会いたいかい?」

「会えるものなら会いたいわ。でも……怖いの」

「うん、分かるような気がするよ。でも今から話すことは会うよりも辛いかもしれない。それでも知りたい?」

 シェリーはグッと拳を握った。
 目の前でサミュエルが泣きそうな顔をしている。

「ええ、知るべきだと思うわ」

 ブルーノは小さく頷いた。

「あのね、イーサンは記憶を失ったまま教会で子供たちに自己防衛の体術と文字と計算を教えているんだ。でも体調には波があるようで、時々酷い熱を出して倒れてしまうことがあったらしい」

 そこまで言うと、ブルーノは大きくひとつ息を吐いた。

「そして、そんな時優しく介抱してくれた女性と……恋をして……結婚した」

 シェリーが鋭い悲鳴を上げた。
 ブルーノを押しのけてサミュエルがシェリーの横に座る。
 シェリーの体を抱き寄せたサミュエルの手には、彼女の震えが伝わってきた。

「そして奥さんは妊娠している。ねえ、姉さん。イーサンは今とてもささやかだけど穏やかな幸せの中で暮らしているよ」

 シェリーはなんとか返事をしようとするが、思うように息が吸えなかった。
 サミュエルがシェリーに声を掛ける。

「無理して喋ろうとするな。息を吸え! シェリー……そうだ、いい子だ……」

 サミュエルがぽんぽんと背中を叩いて、息を吸うタイミングを教えてくれる。
 シェリーは少しだけ落ち着いた。

「ブルーノ? なぜあなたは知っているの?」

「ずっと人を遣って見守っていたからね。もしも記憶を取り戻すようなことがあったら、すぐにでも迎えに行くつもりだった。今は……、戻らない方が良いんじゃないかって……思っているよ」

「そうなの……ありがとう、ブルーノ」

 ブルーノがうなだれて首を横に振った。
 父親であるブラッド侯爵がシェリーに話しかける。

「私がシェリーには言うなと命じた。これ以上シェリーに負担を掛けたくなかったのだ。しかしそれは悪手だったな。お前はそれほど弱くない。知っていたはずなのに、お前の傷心を思うと……」

「お父様、お気遣いありがとうございました」

 サミュエルがホッと息を吐いて元の席に戻る。
 その手が離れるのを少しだけ寂しいと感じたシェリー。
 国王が再び口を開く。

「シェリー、改めて詫びを言う。申し訳なかった」

 シェリーは真っ赤な目で国王の顔を見て頷いた。

「彼が私の心の安寧だけを願ってくれたように、私もイーサンの心が穏やかであることを望みます。そうするのが私では……無い……ということが……悲しいで……すが、あの人さえ幸せなら……私は……満足です」

 サミュエルがギュッと目を閉じた。
 全員がシェリーのことを心配している。
 それを感じ取ったシェリーは、自分が置かれた立場を改めて思った。

「申しわけございません。ブラッド侯爵家が長女、シェリーとして思いはここまでです。知れて良かったです。彼と彼の奥様、そしてお子様が幸せに暮らせるよう国を整えることが恩返しとなるはずです。ここからはゴールディ王国皇太子妃シェリーとしてできる限り尽くす所存ですわ」

 言い切ったシェリーの肩はまだ震えていたが、そのことを指摘するものはいなかった。

「見事な覚悟である。それでこそ我が国の先を託せるというもの。心からの感謝と敬意を贈る」

 国王の言葉に、全員が頭を下げた。
 シェリーは自らの言葉で、己の退路を断ったのだ。
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