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「帰ったか。夫人の容態はどうなのかね?」
国王が心配そうに声を掛けた。
「ただいま戻りました。ご心配をお掛けして申し訳もございません。母は私が参りましてから少し安定いたしましたが、気鬱が激しく心配です」
「そうか……そなた達家族には何かと心労をかけてしまったからな。今更だが心苦しく思って居る。サミュエル、シュラインを呼んでくれないか?」
一礼をしてサミュエルが元第一王子である宰相のシュラインを呼びに行った。
二人だけの部屋で、暫しの沈黙が流れる。
先に口を開けたのは国王だった。
「シェリー、二人だけだ。腹を割って話そう」
「はい、陛下」
「アルバートの件だ。少々目を瞑るにはやりすぎているな」
「陛下もご存じでしたか」
「ああ、あの二人にも影をつけている。どうやらミスティ侯爵の罠に嵌っているようだ。あの狸は王家の簒奪を夢見ているのだろう」
「お言葉ながら、でもお二人はもともと婚約者でしたわ。その時点でミスティ家の血を入れることに賛同なさったという事だと思っておりましたが?」
「あれとの婚約は政治的配慮だった。王妃が主導して決まったことだったが、私も都合がいいと判断したんだ。ローズは結婚式前には消えてもらう予定だったのだが、どこから漏れたのか隣国の皇太子と結婚という形で逃れたのだ」
「まあ!」
「ここだけの話だが、私は第一王子を皇太子にするつもりだった。しかし目先のことしか考えられない側妃がミスティ侯爵に協力してしまったのだ。それも遠い国からまだ幼児の王女を巻き込んでしまった。私はシュラインの本心を聞いて臣籍降下を許可したが、もっと早くそうしていればと悔やまれて仕方がないよ」
「かの国との婚約破棄についてはミスティ侯爵家が賠償の責を負ったと伺いました」
「ああ、そのために家が傾きかけてしまったのだろうな。主収入のダイヤモンド鉱山を渡して償ったが、収入源を失ったのだ。当然だろう」
「だから慌ててローズ様を呼び戻したのでしょうか」
「それもあるが、あれは隣国でもやりたい放題だったようだ。いくらグリーナ国にとって利のある政略結婚だとしても、容認できる範疇を超えていたのだろう。ローズが住んでいた離宮はハーレム状態だったそうだ。ああ、サミュエルによると、女が多くの男を侍らせるのは逆ハーレムとか言うらしい」
「逆ハーレム……」
「下らないだろう?」
「なんと申しますか……」
「そしてその下らない女に現を抜かしているのが、現時点での次期国王というわけだ。実に情ない」
その時ドアがノックされ、シュラインとサミュエルが入室してきた。
「お呼びでしょうか、陛下」
「ああ、忙しいのに悪かったな。さあ、こちらに」
国王の声に二人が歩を進めた。
サミュエルが指示を出し、護衛も全員退出していく。
「なあシュライン。やはり嫌か?」
「陛下……こればかりは向き不向きというものがございます。私に国王は無理ですよ」
「今は父と呼んでくれ、この席には私と弟、そして上の子供と下の子供の嫁しかいない。そうだろう?」
サミュエルがフッと息を吐いた。
「そうだね、兄さん。私にとっては最初の甥と二番目の甥の奥さんだね。要するに家族だ」
どういうことなの? シェリーは少し面食らった。
シュラインがチラッとシェリーを見てから口を開いた。
「家族か。その通りだけど、その家族という単語の前に『まともな』という言葉をつけさせてほしいな。義母も母も弟もまともじゃないよ。みんな狂っている」
国王が目を伏せた。
サミュエルがシュラインの肩をポンと叩く。
「そうネガティブに考えるな。この国の先を憂う家族が四人もいるという事だ。それにその四人は全て要職を抑えている。絶対に成し遂げられるさ」
シェリーはふと考えた。
国王と近衛騎士隊長と宰相だ。
離婚を目指しているとはいえ、自分も今はまだ皇太子妃。
これほど強い布陣は無い。
「無礼を承知で申し上げてもよろしいでしょうか」
三人がシェリーの顔を見た。
「皆様はこの国をどのようになさりたいのですか?」
ふと笑顔を浮かべたサミュエルが言った。
「一番は国民の生活向上だ。そのためには国が安定しなくてはならない」
シェリーが頷く。
シュラインが続けた。
「他国からの侵略や干渉を排除するためには、強い王家でなくてはいけないよね? 要するに求心力とカリスマ性だ。そのために必要なのは明晰な頭脳とリーダーシップだが、それだけではダメなんだ。それだけでは独裁者になる可能性が高いからね」
シェリーは何度も頷き納得した。
「その上で足りないものってなんだと思う? シェリー」
「足りないもの?」
「ああ、国王にはあってサミュエル様にはなく、私には無くてアルバートにはあるものだよ」
国王は前王妃の息子だった。
成績は優秀で人当たりも良く、穏やかな性格をされている。
一方サミュエル様は前王の側妃の息子で、長兄同様成績も優秀で、特に剣技に優れておられたと聞く。
アルバート殿下は現王妃の息子で、成績はトップでは無いが上位には常に食い込んでおられた。
シュライン様は側妃の子で、成績も剣技もアルバート殿下より上だったと記憶している。
この二組の兄弟の共通の違いとはなんだろう。
決定的な違いは生母の身分だが……
「あっ……庇護欲でしょうか?」
「正解。人って守護される側だと、それが無くなった時点で裏切られたという感情を持つんだ。でも守らなくてはいけないと思っている人間が、守れなくなった時に持つのは、罪悪感さ。この差は大きいよ」
シェリーは頷いた。
「わかります。この王に守られているという感情とこの王を盛り立てていきたいという感情、どちらも必要ですわ。片方だけだと、それこそ片思いですもの」
「うん、そのバランスがとても大事なんだよ。特に有事にはね。サミュエル様はどちらかというと守られたいと思わせてしまうタイプだ。父上と弟は守ってあげなくてはいけないという思いを抱かせるタイプなんだよね」
サミュエルが片眉を上げて苦笑いをした。
「シュライン様もどちらかというと後者では無いですか?」
「そうだね、その通りだと思う。弟と同じタイプだとしたら母親の血筋がモノをいうんだ。それは悲観とかじゃなく客観的な現実だね」
シュラインはあっけらかんと言い放った。
国王が心配そうに声を掛けた。
「ただいま戻りました。ご心配をお掛けして申し訳もございません。母は私が参りましてから少し安定いたしましたが、気鬱が激しく心配です」
「そうか……そなた達家族には何かと心労をかけてしまったからな。今更だが心苦しく思って居る。サミュエル、シュラインを呼んでくれないか?」
一礼をしてサミュエルが元第一王子である宰相のシュラインを呼びに行った。
二人だけの部屋で、暫しの沈黙が流れる。
先に口を開けたのは国王だった。
「シェリー、二人だけだ。腹を割って話そう」
「はい、陛下」
「アルバートの件だ。少々目を瞑るにはやりすぎているな」
「陛下もご存じでしたか」
「ああ、あの二人にも影をつけている。どうやらミスティ侯爵の罠に嵌っているようだ。あの狸は王家の簒奪を夢見ているのだろう」
「お言葉ながら、でもお二人はもともと婚約者でしたわ。その時点でミスティ家の血を入れることに賛同なさったという事だと思っておりましたが?」
「あれとの婚約は政治的配慮だった。王妃が主導して決まったことだったが、私も都合がいいと判断したんだ。ローズは結婚式前には消えてもらう予定だったのだが、どこから漏れたのか隣国の皇太子と結婚という形で逃れたのだ」
「まあ!」
「ここだけの話だが、私は第一王子を皇太子にするつもりだった。しかし目先のことしか考えられない側妃がミスティ侯爵に協力してしまったのだ。それも遠い国からまだ幼児の王女を巻き込んでしまった。私はシュラインの本心を聞いて臣籍降下を許可したが、もっと早くそうしていればと悔やまれて仕方がないよ」
「かの国との婚約破棄についてはミスティ侯爵家が賠償の責を負ったと伺いました」
「ああ、そのために家が傾きかけてしまったのだろうな。主収入のダイヤモンド鉱山を渡して償ったが、収入源を失ったのだ。当然だろう」
「だから慌ててローズ様を呼び戻したのでしょうか」
「それもあるが、あれは隣国でもやりたい放題だったようだ。いくらグリーナ国にとって利のある政略結婚だとしても、容認できる範疇を超えていたのだろう。ローズが住んでいた離宮はハーレム状態だったそうだ。ああ、サミュエルによると、女が多くの男を侍らせるのは逆ハーレムとか言うらしい」
「逆ハーレム……」
「下らないだろう?」
「なんと申しますか……」
「そしてその下らない女に現を抜かしているのが、現時点での次期国王というわけだ。実に情ない」
その時ドアがノックされ、シュラインとサミュエルが入室してきた。
「お呼びでしょうか、陛下」
「ああ、忙しいのに悪かったな。さあ、こちらに」
国王の声に二人が歩を進めた。
サミュエルが指示を出し、護衛も全員退出していく。
「なあシュライン。やはり嫌か?」
「陛下……こればかりは向き不向きというものがございます。私に国王は無理ですよ」
「今は父と呼んでくれ、この席には私と弟、そして上の子供と下の子供の嫁しかいない。そうだろう?」
サミュエルがフッと息を吐いた。
「そうだね、兄さん。私にとっては最初の甥と二番目の甥の奥さんだね。要するに家族だ」
どういうことなの? シェリーは少し面食らった。
シュラインがチラッとシェリーを見てから口を開いた。
「家族か。その通りだけど、その家族という単語の前に『まともな』という言葉をつけさせてほしいな。義母も母も弟もまともじゃないよ。みんな狂っている」
国王が目を伏せた。
サミュエルがシュラインの肩をポンと叩く。
「そうネガティブに考えるな。この国の先を憂う家族が四人もいるという事だ。それにその四人は全て要職を抑えている。絶対に成し遂げられるさ」
シェリーはふと考えた。
国王と近衛騎士隊長と宰相だ。
離婚を目指しているとはいえ、自分も今はまだ皇太子妃。
これほど強い布陣は無い。
「無礼を承知で申し上げてもよろしいでしょうか」
三人がシェリーの顔を見た。
「皆様はこの国をどのようになさりたいのですか?」
ふと笑顔を浮かべたサミュエルが言った。
「一番は国民の生活向上だ。そのためには国が安定しなくてはならない」
シェリーが頷く。
シュラインが続けた。
「他国からの侵略や干渉を排除するためには、強い王家でなくてはいけないよね? 要するに求心力とカリスマ性だ。そのために必要なのは明晰な頭脳とリーダーシップだが、それだけではダメなんだ。それだけでは独裁者になる可能性が高いからね」
シェリーは何度も頷き納得した。
「その上で足りないものってなんだと思う? シェリー」
「足りないもの?」
「ああ、国王にはあってサミュエル様にはなく、私には無くてアルバートにはあるものだよ」
国王は前王妃の息子だった。
成績は優秀で人当たりも良く、穏やかな性格をされている。
一方サミュエル様は前王の側妃の息子で、長兄同様成績も優秀で、特に剣技に優れておられたと聞く。
アルバート殿下は現王妃の息子で、成績はトップでは無いが上位には常に食い込んでおられた。
シュライン様は側妃の子で、成績も剣技もアルバート殿下より上だったと記憶している。
この二組の兄弟の共通の違いとはなんだろう。
決定的な違いは生母の身分だが……
「あっ……庇護欲でしょうか?」
「正解。人って守護される側だと、それが無くなった時点で裏切られたという感情を持つんだ。でも守らなくてはいけないと思っている人間が、守れなくなった時に持つのは、罪悪感さ。この差は大きいよ」
シェリーは頷いた。
「わかります。この王に守られているという感情とこの王を盛り立てていきたいという感情、どちらも必要ですわ。片方だけだと、それこそ片思いですもの」
「うん、そのバランスがとても大事なんだよ。特に有事にはね。サミュエル様はどちらかというと守られたいと思わせてしまうタイプだ。父上と弟は守ってあげなくてはいけないという思いを抱かせるタイプなんだよね」
サミュエルが片眉を上げて苦笑いをした。
「シュライン様もどちらかというと後者では無いですか?」
「そうだね、その通りだと思う。弟と同じタイプだとしたら母親の血筋がモノをいうんだ。それは悲観とかじゃなく客観的な現実だね」
シュラインはあっけらかんと言い放った。
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