誰が彼女を殺したのか

志波 連

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39 アレンの決意

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 それから2か月後、大まかではあるがプランは練りあがった。
 しかし、やはりネックは資金だった。
 持ってきていた金も領地改革のためにすべて吐き出していたし、領主としての仕事もほぼ無給でやってきたアレンは無一文に近い。
 領地の主力である馬の値は安定し、領民たちの生活は徐々にではあるが上向いている。
 やっとここまで辿り着いたのに、増税で勢いを削ぐのは得策ではないというのは、マリアもアレンも同意見だった。

 マーガレットが一時期入院していたモーリス病院は入院待ちの患者数が増え続け、それと反比例するかのように患者への待遇は低下の一途を辿っていた。
 病院側は順番と言いながら、寄付金の多い希望者を優先的に受け入れており、結局ここでも割を食うのは金の無い者たちだった。

 今でこそ支払いに追われることも無くなったが、公妾の夫という役まで受け入れるほど困窮していたアレンは、お金が原因で入所できず困り果てている者たちに、忍びない思いを抱えていた。

「結局のところ金なんですよね」

 珍しくアレンがマーガレットの枕元で愚痴を言った。
 
「世知辛い世の中ね。でもそれが現実でしょう? それを打破しようとしているのでしょう? なんでもする覚悟が必要なのではないかしら。利用できるものは何でも利用するのよ。プライドなんてものは捨ててしまうの。それができる?」

「そうですね、マリアさんの希望を叶えたいというのは勿論ですが、この施設は絶対に必要だと思います。本来なら国の政策としてやるべきだ」

「ええ、本当にね。でもね、手がないわけじゃないわ。私の意見を聞いてくれるかしら?」

 マーガレットはアースを介して聞いた『オウサマ』の計画を話した。
 アレンは苦い顔をする。

「ロナウド元公爵を動かすのですか? う~ん。会いたくない人ベスト5に入る人ですが」

「何でもする覚悟は?」

「はぁぁぁ……。そうですよね。覚悟ですよね。続きをお願いします」
 
「元公爵様を使って宰相を動かし、宰相から国王の耳に入るようにするのよ。お金は元公爵から引っ張るの。投資だから成功させれば見返りも払えるでしょう? 宰相や国王も一枚嚙むという演出ができれば、後は断るほどたくさんの貴族が投資してくるわよ」

「そううまく運びますか?」

「運ぶらしいわよ?」

「ん?」

「さあ、早速動きなさいな。私はもうあまり待てそうにないの。早く帰ってこないと私の死に目に会えないわよ?」

「そんな! 脅かさないでください。わかりました。すぐに先触れを出して出立します」

「ガンバレ! 孫婿!」

「はい! 頑張ります!」

 アレンは早速出掛けて行った。
 この数年、領内の若者を中心に領地経営のスタッフを育成していたお陰で、アレンが数日空けたとしても、混乱することはない。
 元公爵宛に手紙を書いて、騎士を先に走らせてから、アレンは騎乗の人となった。

 その日の夕方、まだ風がそれほど冷たくならないうちに買い物から帰ったマリアは、マーガレットにアレンの不在を聞いた。
 その理由に驚いたマリアはマーガレットに言った。

「元公爵様ってよくお話しに出てくる方でしょ? その方にはまだそれほどの影響力が?」

「良く分からないけれどあるらしいわよ? アース様のお友達って方が言ってたの」

「アース様のお友達? アース様はずっとお1人だと聞いていたのだけれど」

「きっと1人が普通だったのに、マリアと一緒に過ごした時間の心地が良さ過ぎて、1人に耐えられなくなったのではないかしら」

「まさか! アース様はいつも私をペット扱いしていたのよ? 餌付けされて毛繕いされて。気持ち良かったし、とても癒されたけど」

「そうなの? ではアース様は今ペットロス状態なのね。きっと辛いでしょうね。ふふふふふ」

「変なおばあ様。話しが戻るけれど今夜からは当分2人なのね。今夜はシチューにするつもりだったのだけれど良いかしら?」

「あら、素敵。でも私は少しでいいわ」

「そう仰ると思って、おばあ様のお好きな果物も買ってきたわ。それなら口に入れられるでしょう?」

「ええ、ありがたくいただくわ。ありがとうね、マリア」

 2人は仲よく夕食をとり、マーガレットの体を丁寧に拭いた後、マリアはベッドに潜り込んだ。
 その頃、夜通し駆けたアレンは元公爵が隠居のために建てたこじんまりとした屋敷のそばまで到着していた。
 時間が遅いので訪問は早朝とし、近くの森で野営を張った。
 ついてきた騎士達の疲労もピークに達しており、その日は簡単に焚火で焼いた肉をパンに挟んで食べた。

 朝早くから行くのもどうかとは思ったが、空がすっかり明けきるのを待って、アレンは元公爵邸の門番に来訪を告げた。
 待たされるだろうと思っていたが、意外に早く案内され、応接室に入った。

「久しぶりだな、アレン・ブロウ侯爵。元気そうで安心したよ。側近をしていた頃より随分柔らかい表情になったな」

 ロナルド元公爵が杖をついてゆっくりと入ってきた。
 アレンはソファーから立ち上がり、正確な角度でお辞儀をした。

「ご無沙汰いたしております。お元気そうで何よりです」

「堅苦しいのは良いから掛けたまえ。朝食は済んだのか?」

「はい、済ませて参りました」

「それならお茶だけで良いか」

 元公爵は侍従に指示を出して、アレンの向かい側に座った。

「手紙は読んだ。相談とは何だね? 領地は上手くいっていると聞いているが」

「はい、お陰様で馬の値も安定しており、領民の暮らしも上向いて参りました。そこで、新しい事業に着手しようと考えておりまして、そのことでお伺いした次第です」

「なるほど。会いたくもない憎い相手に会いに来たんだ。きっと余程のことなのだろうとは思っていたが、新しい事業とはな。あの領地を君に委ねて正解だった。急ぐのだろう? 早速聞かせて貰おうか」

 アレンはマーガレットから授けられた資金調達の話をした。
 出資者を募り運転資金を集め、黒字になったら出資額に応じて分配金を出すが、当面は資金を運用し、低所得入所者に補助金を出すという案だ。

「ほぉ、良く考えられているじゃないか。君には相当優秀なブレインがいるようだな。ふぅん。老人介護施設か。面白そうだな。軌道に乗れば他の領地からの移住者も見込めそうだ。いったいいくらかき集めようと思っているのかね?」

 アレンは計画を話し、必要な額を伝えた。

「そりゃまた……10年前の国家予算の3割近い額じゃないか。大がかりな計画だな」

「はい、お金持ちを優遇するというのを止めるにはどうしても必要なのです」

「そうだな。金持ちなら使用人を雇えば良いだけだものな。本当にそういった施設を必要としているのは、富裕層以外だ。素晴らしい計画だな。それにしても出資を募って分配を出すという案は、どこかで聞いたな……確か株式とか言ったかな。西の国で最近亡くなった……名前を思い出せないが、セラム国という国だったと思う。そこが初めて成功させた制度によく似ている。アレンが勉強したのか?」

「いいえ、この方法を教えて下さったのは、マリア嬢の祖母であるマーガレット媼です。そしてこの案はマーガレット媼が大切にしているマリアという名前の領民のものです」

「マリア? その娘もマリアというのか。これも何かの縁かもしれないな。是非協力させてもらおう。私にはもうあまり影響力も無いが、すぐに王都に向かうよ。本当なら君にも来てほしいところだが、領地をあまり離れるわけにもいかないのだろう? 計画書を預からせてくれないか? この老いぼれの余生をかけて手伝わせてほしい」

「ありがたいお言葉です。厚かましくもお邪魔した甲斐がありました。幸いカレントは馬なら王都まで一晩で到着できる距離です。何かありましたら駆けつけますので、よろしくお願い致します」

 アレンは立ち上がった。
 ロナルド元公爵もゆっくりと立ち上がり、二人は固い握手をした。
 去ろうとするアレンにロナルド元公爵が声を掛けた。

「言わないでおこうと思っていたが、君には知る権利がある。君のところにいた元メイド長は死んだよ。狂死したそうだ。死に顔は人とは思えないほど恐怖に塗れていたそうだよ。それと、修道院に入った女性の方だが……」

 ロナルド元公爵が言い淀む。
 アレンはじっと目を閉じて言葉を待った。

「2年ほどは頑張っていたそうだが、修道院に出入りしていた業者の男と逃げたそうだ。院長から探すかと聞かれたので、こちらから人を出して探させた」

「そうですか……逃げましたか」

「ああ、この先も聞きたいかい?」

「……いいえ、止めておきます。僕にできることはもう何もない」

「賢明な判断だ。今回の件、私に話を持ってきてくれたことを心から感謝する。まだ私にもマリア嬢のためにできることがあったと思うだけで、生きながらえてきた甲斐があるというものだ」

 アレンはゆっくりとお辞儀をして帰途についた。
 早朝に入ったのに、いつの間にか太陽は真上に移動している。
 眩しい光に目を細めたアレンは、馬にまたがり小さく呟いた。

「マリアさん、喜んでくれるかな」
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