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35 おばあ様の言葉
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アースの計らいで、カレントから出て行く前と同じ器を貰ったマリアは、テキパキと良く動いた。
アレンも頑張って邸内の整頓を心がけていたし、休日などは1日かけて屋敷中の窓を拭いたりしていたが、マリアが暮らすようになって見違えるほど明るい雰囲気になった。
「やはり僕だけでは至らない事ばかりです。マーガレットさんは文句も言わずに耐えていてくれたのですね」
久しぶりの休日、どこも掃除をする必要が無かったアレンは、マーガレットとマリアに誘われて庭でお茶を飲んでいた。
「あらあら、拗ねちゃったのかしら? あなたはちゃんと頑張っていたと思うわよ? それより今日はマリアから話しがあるんですって」
「マリアさんから? なんでしょう」
アレンがマリアの顔を見た。
少し幼さが残る素朴な笑顔に、いつもアレンは癒されていた。
あれほどの惨い死に方をさせてしまったマリア嬢も、こんな感じのお嬢さんだったのだろうか。それとも貴族然とした令嬢だったのだろうか。今となっては知る由もない。
「あのね、アレンさんにお願いがあるのです。私、この街を『老人の街』にしたいと思っているのです」
「老人の街?」
「ええ、お年寄りが安心して暮らせる街です。最初は施設を考えたのですが、おばあ様と話しているうちに、お年寄りってゆっくりと静かにしたいばかりじゃないんだってわかってきて。それで考えたのです。現役をリタイアしてもまだまだ元気なお年寄りもいれば、人の手を借りないと暮らせない方まで様々でしょう? でもそれぞれに希望はあるはずです。その希望に近い暮らしができる環境を整えて、提供できないかなって思うのです」
「言っている意味はわかるけれど……お年寄りに優しい街というのは確かに魅力的です。マリアさんには具体的なプランがありそうですね」
「ええ、たくさん考えたのですよ?」
そう言うとマリアは一度部屋に戻ってノートを持ってきた。
アレンの前にそれを広げて説明を始める。
「一人とか夫婦で暮らしたい方には借家を提供して、定期的に専門スタッフが訪問して手助けをするという方法をとるのです。買い物や庭仕事などできないことだけお手伝いするの」
アレンは前のめりになって聞いた。
「それで、一人暮らしはできないという方には快適な施設を作って入所してもらうのです」
マリアは夢中になってプランを話し続けた。
アレンは時々質問を挟みながら、真剣に聞き入っている。
「費用は? 規模にもよりますがかなりの費用が必要ですね」
「そうなのです。最初はまっかっかの赤字でしょうね。そこで領主様の登場ですよ」
「領主といっても僕個人はほぼ無一文ですよ? あれば出しますが、ないものは出せませんし……ああ! 株式という考えはどうですか?」
「株式?」
「ええ、その事業に投資する投資家を募ってお金を集めるのですよ。もちろん魅力的なプランでないと乗ってはくれませんが、利益が出てくれば還元できるので、あながち無謀では無いかと思います」
マーガレットが口を挟んだ。
「あらあら、アレンさん。マリアはまだ18歳になったばかりよ? そういう難しいことはあなたがやってあげなくちゃ」
「僕が……ですか?」
「ええ、そうよ。子供はとても大切な存在だし、手厚く保護をするのは当然としても、お年寄りというのは貴重な知恵の宝庫なの。それに、敢えて嫌な言い方をするけれど、今の若者もいずれ確実に老人になるわ。そして今の老人たちは確実に死んでいく。要するに順繰りでしょう?」
「ええ、まあそうですね」
「年寄り産業はお金になるわよ? 安心して気持ちよく死ねるとなったらかなりの出費も厭わないはずね。でもお金持ちばかりじゃないからそこはきちんと考えてほしいわ」
「なるほど……」
「私は少し疲れたから部屋で休むわね。アレンさんはちゃんとマリアの相談に乗ってあげてほしいわ。ああ、それとマリア。今日はチキンが食べたいわ」
「畏まりました、おばあ様。では若鶏の香草焼きでも作りましょうね」
「あら、素敵。ローズマリーは控えめにしてジンジャーを効かせてちょうだい」
「相変わらずジンジャーソースがお好きなのですね、おばあ様」
「ええ、あなたの作るジンジャーソースは絶品よ。初めて作ったのはいつだったかしら」
「ここに来てすぐにおばあ様からお仕込みいただいたので、13歳?」
「もう随分前ね。ではアレンさん、お部屋まで送って下さる?」
アレンが頷いて立ち上がった。
マリアもカップやノートを片づけて室内に入る。
今日のランチはアレンの担当だ。
きっとまたパスタだろうと考えながら、マリアはニコッと笑った。
マーガレットの部屋に向かいながらアレンが声を出した。
「マーガレットさん、マリアさんは庭で拾ったって言ってましたよね?」
「そうだったわね」
「でもさっきは13歳の頃から知っているような口ぶりでした、それに、マリアさんと一緒に買い物に行くと、街の人たちがみんなマリアさんを知っていて『お帰りさない』って声をかけてくるのです。まるでずっとこの街に暮らしていた人を見るようにマリアさんを見るので……」
「そうね、あの子は12歳でこの街に来て、17歳までずっとここで暮らしていたわ」
「僕が死なせてしまったマリアさんと同じ?」
「アレンさん、いい加減にその言い方はお止めなさい。あなたが直接手を下したわけでは無いでしょう? その言い方は私をとても傷つけるわ」
「あっ! すみません。そんなつもりでは……」
「大事な孫娘を殺した人間に世話を焼かれているなんてどんな罰よ。私はあなたのことを可愛い孫のお婿さんだと思っているのよ? 亡くなった孫娘の代わりに、一生懸命私のお世話をしてくれる優しいお婿さん」
「ありがとう……ございます」
「先ほどの話にも関係あるけど、あなたのお母様はどうしておられるの? もしあの話が進めばこちらに呼んで差し上げることもできるのではなくて?」
「母を? 母は王都の病院に入院したまま意識は戻っていませんが、もし本当に呼ぶことができれば……」
アレンが歩みを止めた。
マーガレットが振り返るとアレンはその場にしゃがんで泣いていた。
アレンも頑張って邸内の整頓を心がけていたし、休日などは1日かけて屋敷中の窓を拭いたりしていたが、マリアが暮らすようになって見違えるほど明るい雰囲気になった。
「やはり僕だけでは至らない事ばかりです。マーガレットさんは文句も言わずに耐えていてくれたのですね」
久しぶりの休日、どこも掃除をする必要が無かったアレンは、マーガレットとマリアに誘われて庭でお茶を飲んでいた。
「あらあら、拗ねちゃったのかしら? あなたはちゃんと頑張っていたと思うわよ? それより今日はマリアから話しがあるんですって」
「マリアさんから? なんでしょう」
アレンがマリアの顔を見た。
少し幼さが残る素朴な笑顔に、いつもアレンは癒されていた。
あれほどの惨い死に方をさせてしまったマリア嬢も、こんな感じのお嬢さんだったのだろうか。それとも貴族然とした令嬢だったのだろうか。今となっては知る由もない。
「あのね、アレンさんにお願いがあるのです。私、この街を『老人の街』にしたいと思っているのです」
「老人の街?」
「ええ、お年寄りが安心して暮らせる街です。最初は施設を考えたのですが、おばあ様と話しているうちに、お年寄りってゆっくりと静かにしたいばかりじゃないんだってわかってきて。それで考えたのです。現役をリタイアしてもまだまだ元気なお年寄りもいれば、人の手を借りないと暮らせない方まで様々でしょう? でもそれぞれに希望はあるはずです。その希望に近い暮らしができる環境を整えて、提供できないかなって思うのです」
「言っている意味はわかるけれど……お年寄りに優しい街というのは確かに魅力的です。マリアさんには具体的なプランがありそうですね」
「ええ、たくさん考えたのですよ?」
そう言うとマリアは一度部屋に戻ってノートを持ってきた。
アレンの前にそれを広げて説明を始める。
「一人とか夫婦で暮らしたい方には借家を提供して、定期的に専門スタッフが訪問して手助けをするという方法をとるのです。買い物や庭仕事などできないことだけお手伝いするの」
アレンは前のめりになって聞いた。
「それで、一人暮らしはできないという方には快適な施設を作って入所してもらうのです」
マリアは夢中になってプランを話し続けた。
アレンは時々質問を挟みながら、真剣に聞き入っている。
「費用は? 規模にもよりますがかなりの費用が必要ですね」
「そうなのです。最初はまっかっかの赤字でしょうね。そこで領主様の登場ですよ」
「領主といっても僕個人はほぼ無一文ですよ? あれば出しますが、ないものは出せませんし……ああ! 株式という考えはどうですか?」
「株式?」
「ええ、その事業に投資する投資家を募ってお金を集めるのですよ。もちろん魅力的なプランでないと乗ってはくれませんが、利益が出てくれば還元できるので、あながち無謀では無いかと思います」
マーガレットが口を挟んだ。
「あらあら、アレンさん。マリアはまだ18歳になったばかりよ? そういう難しいことはあなたがやってあげなくちゃ」
「僕が……ですか?」
「ええ、そうよ。子供はとても大切な存在だし、手厚く保護をするのは当然としても、お年寄りというのは貴重な知恵の宝庫なの。それに、敢えて嫌な言い方をするけれど、今の若者もいずれ確実に老人になるわ。そして今の老人たちは確実に死んでいく。要するに順繰りでしょう?」
「ええ、まあそうですね」
「年寄り産業はお金になるわよ? 安心して気持ちよく死ねるとなったらかなりの出費も厭わないはずね。でもお金持ちばかりじゃないからそこはきちんと考えてほしいわ」
「なるほど……」
「私は少し疲れたから部屋で休むわね。アレンさんはちゃんとマリアの相談に乗ってあげてほしいわ。ああ、それとマリア。今日はチキンが食べたいわ」
「畏まりました、おばあ様。では若鶏の香草焼きでも作りましょうね」
「あら、素敵。ローズマリーは控えめにしてジンジャーを効かせてちょうだい」
「相変わらずジンジャーソースがお好きなのですね、おばあ様」
「ええ、あなたの作るジンジャーソースは絶品よ。初めて作ったのはいつだったかしら」
「ここに来てすぐにおばあ様からお仕込みいただいたので、13歳?」
「もう随分前ね。ではアレンさん、お部屋まで送って下さる?」
アレンが頷いて立ち上がった。
マリアもカップやノートを片づけて室内に入る。
今日のランチはアレンの担当だ。
きっとまたパスタだろうと考えながら、マリアはニコッと笑った。
マーガレットの部屋に向かいながらアレンが声を出した。
「マーガレットさん、マリアさんは庭で拾ったって言ってましたよね?」
「そうだったわね」
「でもさっきは13歳の頃から知っているような口ぶりでした、それに、マリアさんと一緒に買い物に行くと、街の人たちがみんなマリアさんを知っていて『お帰りさない』って声をかけてくるのです。まるでずっとこの街に暮らしていた人を見るようにマリアさんを見るので……」
「そうね、あの子は12歳でこの街に来て、17歳までずっとここで暮らしていたわ」
「僕が死なせてしまったマリアさんと同じ?」
「アレンさん、いい加減にその言い方はお止めなさい。あなたが直接手を下したわけでは無いでしょう? その言い方は私をとても傷つけるわ」
「あっ! すみません。そんなつもりでは……」
「大事な孫娘を殺した人間に世話を焼かれているなんてどんな罰よ。私はあなたのことを可愛い孫のお婿さんだと思っているのよ? 亡くなった孫娘の代わりに、一生懸命私のお世話をしてくれる優しいお婿さん」
「ありがとう……ございます」
「先ほどの話にも関係あるけど、あなたのお母様はどうしておられるの? もしあの話が進めばこちらに呼んで差し上げることもできるのではなくて?」
「母を? 母は王都の病院に入院したまま意識は戻っていませんが、もし本当に呼ぶことができれば……」
アレンが歩みを止めた。
マーガレットが振り返るとアレンはその場にしゃがんで泣いていた。
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