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30 最初の仕事
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「環境が良くないって……もしかしてモーリス病院ですか?」
「ああ、そういう名前だった」
「それは……できるだけ早く転院させてあげないと」
アレンはアリサの方を向いて口を開いた。
「そのモーリス病院? そんなに評判が悪いの?」
「評判が悪いと言うより、そこに入院させる家族が……あそこの病院はお金さえ払えば、病気でなくても入院できるし、死ぬまでいられるんです。でも治療らしい治療はせず、入院させた家族の意向を重視するって聞きました」
「要するに姥捨ての病院か」
「そういうことです」
「それはいけない。すぐに引き取ろう」
そう言うとアレンは馬車から荷を下ろしていた執事を呼んで指示を出した。
執事はアリサを連れてモーリス医院に向かう。
「領主様、引き取るってここにですか?」
「ご本人の希望に従うよ。もしご自宅に戻りたいということならそうしよう。こちらから誰か住込みで……ああ、アリサが良いね。彼女なら明るいしマリア嬢と同い年だ」
アレンは到着してすぐにマリアのために動けることが嬉しかった。
執事たちが向かったモーリス病院は、海に面した崖の上に建っている。
建物は古びて、周りの木立も海風に晒され歪な形をしていた。
「こんなところで終末期医療を?」
「ええ、そうなんです。だからみんな言ってます。死ななきゃ出られない怖い場所って」
「……すぐに手続きに向かおう」
受付で話をする執事の後ろで、手持無沙汰にしていたアリサは、懐かしい顔を見つけて駆け寄った。
「あれえ、トムさんとこのばあちゃんでないかい?ここにいたのかね」
「ん?あんたは……アリサちゃんかぁ。懐かしいなぁ」
「ばあちゃんはトムさんの姉さんのとこに行ったって聞いてたんだよ?」
「ああ、最初はそうだったけどなぁ、どうもあちらの旦那さんの機嫌が悪うてなぁ。自分で望んでここに来たんだよぉ。最後はやっぱり生まれ育ったカレントでって思ってなぁ」
「そうかい。そりゃ苦労しなさったなぁ」
「いやいや、今はもう1日でも早いお迎えを願うばかりじゃてなぁ」
「そんな事言うもんでないよぉ? 今日から新しい領主様が来なすったからいろいろカレントも変わるんだよぉ?」
「へぇ、領主様かね……へぇ……」
その老婆の手を握りながら話しているアリサを呼ぶ声がする。
「はぁ~い」
「手続きが済んだから、お迎えに行きますよ」
「畏まりました。それじゃあね、ばあちゃん。元気にしてるんだよぉ」
老婆に手を振ってアリサは急いで執事に追いついた。
マリアの祖母の病室は2人部屋だった。
窓には全て紙が貼られ、カーテンは無かった。
それを見た執事は、マリアの部屋を思い出し顔を顰めた。
マリアの祖母は、足が悪く日常生活が難しいだけで、特に大きな病を抱えているというわけでは無いようだ。
「あなたがお迎えに? マリアから言われたのですか?それともドナルドさんかしら」
「後で詳しいお話はさせていただきますが、エヴァンス伯爵もマリア様もこちらには来ることができないので、私が代わりにお迎えに来ました。お荷物はこれだけですか?」
「ええ、持ってきたより随分少なくなったけどね? ふふふ」
この婦人も持ち物を盗まれていたのかと執事は思った。
祖母と孫が同時期に同じような目に遭うとは、なんとも皮肉なことだ。
しかも孫の方が命を奪われるなんて……執事は唇を嚙みしめた。
アリサが気を利かせて車椅子を借りてきた。
執事が抱き上げ、車椅子にのせると、祖母は小さく礼を言った。
「さあ、行きましょうね、大奥様」
アリサの明るさはありがたい。
執事はそう思いながら、荷物を抱えて車椅子の後ろを歩いた。
馬車に乗り込むと、マリアの祖母は何度も礼を口にした。
「領主様のご指示ですから、お気になさらず」
「まあ、領主様が来られたんですか? でも、その方がなぜ?」
「私の口からはなんとも……。今から領主館に向かいますので、本人から説明をすると思います」
それから領主館までの間は、老婦人とアリサの会話に花が咲いた。
それを横で聞きながら、マリアの祖母がマーガレットという名前であることや、マリアの母親がリリアーナということを知った。
領主館に着くと、アレンが出迎えに立っていた。
挨拶は後ほどとばかりに、アレンは老婦人を抱き上げ領主館に入って行った。
「本日到着したばかりで、ロクなお茶もご用意できず申し訳ございません」
「いいえ、お茶なんて本当に久しぶりですわ。いつもぬるいお湯だったの。ふふふ、だから遠慮なく頂戴いたしますわね」
老婦人は優雅な手つきでカップを口に運んだ。
それを見ていたアレンは、込み上げる涙を押さえることができなかった。
いきなり老夫人の足元に跪いたアレンは、震える声で話し始めた。
「私は、この度こちらの領に赴任して参りましたアレン・ブロウと申します。実は……私がマリア嬢の夫でございます」
驚いた顔をした老婦人だったが、この場にマリアがいないことで何かを察したのだろう。
口を挟まずアレンの懺悔を聞くことにした。
ちょうどその時、アースがマリアを呼んだ。
マリアはアースにお願いして作ってもらった花壇で水撒きをしていたが、アースに呼ばれ駆けてくる。
アースが空に向かって四角く指を動かすと、カレント領主館の応接室が映し出された。
マリアは何の迷いもなく、アースが広げた手の中に飛び込んだ。
「凄いですねぇ。一緒に座っているみたい」
「一緒に座って聞くこともできるけど? 望むなら連れて行ってあげよう」
「でもいきなり私が行くと、皆さん困っちゃいませんか?」
「見えないし、声も聞かれないから平気さ。さあ、一緒に行こう、かわいいマリア」
マリアを抱き上げたアースの姿がスッと消えた。
「ああ、そういう名前だった」
「それは……できるだけ早く転院させてあげないと」
アレンはアリサの方を向いて口を開いた。
「そのモーリス病院? そんなに評判が悪いの?」
「評判が悪いと言うより、そこに入院させる家族が……あそこの病院はお金さえ払えば、病気でなくても入院できるし、死ぬまでいられるんです。でも治療らしい治療はせず、入院させた家族の意向を重視するって聞きました」
「要するに姥捨ての病院か」
「そういうことです」
「それはいけない。すぐに引き取ろう」
そう言うとアレンは馬車から荷を下ろしていた執事を呼んで指示を出した。
執事はアリサを連れてモーリス医院に向かう。
「領主様、引き取るってここにですか?」
「ご本人の希望に従うよ。もしご自宅に戻りたいということならそうしよう。こちらから誰か住込みで……ああ、アリサが良いね。彼女なら明るいしマリア嬢と同い年だ」
アレンは到着してすぐにマリアのために動けることが嬉しかった。
執事たちが向かったモーリス病院は、海に面した崖の上に建っている。
建物は古びて、周りの木立も海風に晒され歪な形をしていた。
「こんなところで終末期医療を?」
「ええ、そうなんです。だからみんな言ってます。死ななきゃ出られない怖い場所って」
「……すぐに手続きに向かおう」
受付で話をする執事の後ろで、手持無沙汰にしていたアリサは、懐かしい顔を見つけて駆け寄った。
「あれえ、トムさんとこのばあちゃんでないかい?ここにいたのかね」
「ん?あんたは……アリサちゃんかぁ。懐かしいなぁ」
「ばあちゃんはトムさんの姉さんのとこに行ったって聞いてたんだよ?」
「ああ、最初はそうだったけどなぁ、どうもあちらの旦那さんの機嫌が悪うてなぁ。自分で望んでここに来たんだよぉ。最後はやっぱり生まれ育ったカレントでって思ってなぁ」
「そうかい。そりゃ苦労しなさったなぁ」
「いやいや、今はもう1日でも早いお迎えを願うばかりじゃてなぁ」
「そんな事言うもんでないよぉ? 今日から新しい領主様が来なすったからいろいろカレントも変わるんだよぉ?」
「へぇ、領主様かね……へぇ……」
その老婆の手を握りながら話しているアリサを呼ぶ声がする。
「はぁ~い」
「手続きが済んだから、お迎えに行きますよ」
「畏まりました。それじゃあね、ばあちゃん。元気にしてるんだよぉ」
老婆に手を振ってアリサは急いで執事に追いついた。
マリアの祖母の病室は2人部屋だった。
窓には全て紙が貼られ、カーテンは無かった。
それを見た執事は、マリアの部屋を思い出し顔を顰めた。
マリアの祖母は、足が悪く日常生活が難しいだけで、特に大きな病を抱えているというわけでは無いようだ。
「あなたがお迎えに? マリアから言われたのですか?それともドナルドさんかしら」
「後で詳しいお話はさせていただきますが、エヴァンス伯爵もマリア様もこちらには来ることができないので、私が代わりにお迎えに来ました。お荷物はこれだけですか?」
「ええ、持ってきたより随分少なくなったけどね? ふふふ」
この婦人も持ち物を盗まれていたのかと執事は思った。
祖母と孫が同時期に同じような目に遭うとは、なんとも皮肉なことだ。
しかも孫の方が命を奪われるなんて……執事は唇を嚙みしめた。
アリサが気を利かせて車椅子を借りてきた。
執事が抱き上げ、車椅子にのせると、祖母は小さく礼を言った。
「さあ、行きましょうね、大奥様」
アリサの明るさはありがたい。
執事はそう思いながら、荷物を抱えて車椅子の後ろを歩いた。
馬車に乗り込むと、マリアの祖母は何度も礼を口にした。
「領主様のご指示ですから、お気になさらず」
「まあ、領主様が来られたんですか? でも、その方がなぜ?」
「私の口からはなんとも……。今から領主館に向かいますので、本人から説明をすると思います」
それから領主館までの間は、老婦人とアリサの会話に花が咲いた。
それを横で聞きながら、マリアの祖母がマーガレットという名前であることや、マリアの母親がリリアーナということを知った。
領主館に着くと、アレンが出迎えに立っていた。
挨拶は後ほどとばかりに、アレンは老婦人を抱き上げ領主館に入って行った。
「本日到着したばかりで、ロクなお茶もご用意できず申し訳ございません」
「いいえ、お茶なんて本当に久しぶりですわ。いつもぬるいお湯だったの。ふふふ、だから遠慮なく頂戴いたしますわね」
老婦人は優雅な手つきでカップを口に運んだ。
それを見ていたアレンは、込み上げる涙を押さえることができなかった。
いきなり老夫人の足元に跪いたアレンは、震える声で話し始めた。
「私は、この度こちらの領に赴任して参りましたアレン・ブロウと申します。実は……私がマリア嬢の夫でございます」
驚いた顔をした老婦人だったが、この場にマリアがいないことで何かを察したのだろう。
口を挟まずアレンの懺悔を聞くことにした。
ちょうどその時、アースがマリアを呼んだ。
マリアはアースにお願いして作ってもらった花壇で水撒きをしていたが、アースに呼ばれ駆けてくる。
アースが空に向かって四角く指を動かすと、カレント領主館の応接室が映し出された。
マリアは何の迷いもなく、アースが広げた手の中に飛び込んだ。
「凄いですねぇ。一緒に座っているみたい」
「一緒に座って聞くこともできるけど? 望むなら連れて行ってあげよう」
「でもいきなり私が行くと、皆さん困っちゃいませんか?」
「見えないし、声も聞かれないから平気さ。さあ、一緒に行こう、かわいいマリア」
マリアを抱き上げたアースの姿がスッと消えた。
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