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24 アレンの決断
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「そういうことで、全ての手続きはこちらでするよ。マリア嬢の墓なんだが、本来ならブロウ侯爵家の墓地に埋葬するのが正しいが、流石に不憫だと思うんだ」
「はい、僕も同意見です」
「そこで、マリア嬢が住んでいた土地に戻してやりたいと思ってね。カレントという田舎町だ。調べたら領主はロナルド公爵の縁続きの子爵家だった。ロナルド公爵が買い取る形にして守ってやれば、多少の供養にもなるかと思う」
「……宰相にお願いがございます。このような罪を犯した自分が口にしてよい事では無いかもしれませんが……」
「言ってみなさい。できることなら協力しよう。君も愛する女性と永遠に会えないんだ。君にも過失はあったとはいえ、下手に関わらない方が良いと思って遠征させた事が、仇となった。まあ、無理強いした君に対する温情のつもりだったんだがね。私としては墓場までこのことを持っていくなら、慰謝料がわりに、できることはさせてもらうよ」
「もちろん今回のことは墓まで持って参ります。ルーナのことは……生かしてくださるだけでもありがたいと思います。ルーナは絶対にやってはいけないことをしてしまった。私の甲斐性が無いばかりに、つまらん口車に乗せられたのだと思います」
「そうだね、彼女もいろいろ我慢していたのだろうけれど、やってはいけないことだった」
「私は……屋敷を処分し返済金を作ります。もしお許しいただけるなら、その中からルーナの向かう修道院へ寄付をしてやりたいと思います」
「それは構わんが、君はどこに住むの?」
「私はマリア嬢の住んでいた街に行こうと思います」
「それはまた……」
「一生涯をかけて償い続けたいと思うのです。彼女の愛した街のために人生を捧げる以外に罪を償う方法を思いつきません」
「第二王子殿下の側近は辞すと?」
「はい」
「そうか……それも一つの方法だね」
黙って聞いていたロナルド公爵が言った。
「そういうことなら、あの領地を君に託そう。小さなところだが名馬の産地として名高い土地だよ。騎士の君なら上手く発展させられるだろう。一人ではできることも限られるが、領主という地位があれば何かと進めやすい。本当なら私がやらなければならない事だが、君が行ってくれるならその方がいい。私はもう……消え去るのみだ」
「いえ、そんな大きなものをお預かりするわけにはいきません」
「いや、むしろお願いしたい。君も王都での暮らしを捨てるんだ。マリア嬢の愛した土地を豊かにしてくれ。頼むよ。私にも罪滅ぼしの機会をくれないか。金で済ませると軽蔑してもらっても構わない」
「軽蔑など……するはずもございません」
宰相が言った。
「では決まりだな。手続きはこちらでするよ。返金処理は屋敷を売った金で十分賄えるし、ルーナ夫人の宝石類を換金して、修道院に送ろう。これも罰のうちだ。その事実をしっかりと受け止めて心穏やかに贖罪の日々を過ごしてもらいたい」
「ありがとうございます」
「使用人は連れて行くかい? 領主の屋敷はあるからすぐに住めると思うが」
ロナルド公爵の言葉に、アレンは何度も頷いて礼を言った。
第二王子のところに戻り、職を辞す旨を伝えたアレンは、ほんの少し心が軽くなったような気がした。
何度か引き止める第二王子だったが、最後にはこういった。
「やはり君とは相容れないのかもしれないね。まあ頑張ってくれ」
アレンはその場で側近の証であるバッジを返納し、私物を纏めて王宮を出た。
取り調べの終わった使用人たちは、すでに屋敷に戻されており、不安の表情を浮かべてロビーに集まっていた。
「みんな聞いてくれ。この度のことは全て僕の未熟さが招いたことだ。正妻を蔑ろにした僕の罪だ。覚悟が足りなかったんだ……僕が……僕が……」
アレンはその場で蹲って涙を流し続けた。
王宮から一緒に戻って来ていたランドリーメイドが、アレンの背中を擦ってくれた。
「ありがとう。君にも苦労を掛けてしまったね。メイド長の言うことを信じて君を解雇してしまった。僕の落ち度だ。申しわけなかった」
アレンは全員の顔を見回して、ふたたび口を開いた。
「僕は第二王子殿下の側近を辞した。これからはマリア嬢の愛したカレントという土地の発展に寄与することで、マリア嬢への償いを続けるつもりだ。爵位はそのままだし、領主という立場にもなったが、財産は一切ない。君たちへの支払いはすぐにでもするが、この先は保証できない状況だ。それでも一緒にと思ってくれるなら、共に行って欲しいが無理強いはしない。辞めたいものには紹介状も用意する」
ロビーが少しざわついた。
「一週間後には出立するつもりだ。それまでは屋敷にとどまっていろいろな整理をする。それまでに返事を聞かせてくれ」
アレンはそう言うと執務室に向かった。
ふと思い出し、振り返ると先ほど慰めてくれたランドリーメイドと目が合った。
「君はすでに他家で働いていたんだよね? 気をつけて帰りなさい。今日は急に呼び出されて迷惑だっただろう。悪かったね」
「いいえ、今のお話しですが、行く先はどこですか?」
「ああ、彼女が愛したカレントという街だよ」
「私も連れて行ってもらえませんか? 私はカレントの出身なのです」
「でも、今の勤め先はどうするの?」
「辞めます。というかひと月だけという約束で雇ってもらっていたので」
「そうか、では一緒に行こう」
神妙な顔をしたその娘は、雇い主に話をしてくると言って帰って行った。
執務室で書類の整理をしていると、一人また一人と進退についての返事をする者がやってくる。
辞めると言う者には紹介状を渡してやり、生涯に渡る守秘義務誓約書にサインをさせた。
結局、半数以上が退職を希望した。
家族のいる者や、持ち家を持つ者はほとんどが退職を希望したが、年若い者たちは同行することを選んだ。
辞めるものは早々に立ち去り、残ったものだけで屋敷の始末をしていった。
ルーナの部屋から持ってきた宝飾類は、ロナルド公爵に依頼して換金した。
四日ほどで引っ越し作業の目途もたち、アレンは先延ばしにしていたルーナとの面会のために王宮へ向かった。
「はい、僕も同意見です」
「そこで、マリア嬢が住んでいた土地に戻してやりたいと思ってね。カレントという田舎町だ。調べたら領主はロナルド公爵の縁続きの子爵家だった。ロナルド公爵が買い取る形にして守ってやれば、多少の供養にもなるかと思う」
「……宰相にお願いがございます。このような罪を犯した自分が口にしてよい事では無いかもしれませんが……」
「言ってみなさい。できることなら協力しよう。君も愛する女性と永遠に会えないんだ。君にも過失はあったとはいえ、下手に関わらない方が良いと思って遠征させた事が、仇となった。まあ、無理強いした君に対する温情のつもりだったんだがね。私としては墓場までこのことを持っていくなら、慰謝料がわりに、できることはさせてもらうよ」
「もちろん今回のことは墓まで持って参ります。ルーナのことは……生かしてくださるだけでもありがたいと思います。ルーナは絶対にやってはいけないことをしてしまった。私の甲斐性が無いばかりに、つまらん口車に乗せられたのだと思います」
「そうだね、彼女もいろいろ我慢していたのだろうけれど、やってはいけないことだった」
「私は……屋敷を処分し返済金を作ります。もしお許しいただけるなら、その中からルーナの向かう修道院へ寄付をしてやりたいと思います」
「それは構わんが、君はどこに住むの?」
「私はマリア嬢の住んでいた街に行こうと思います」
「それはまた……」
「一生涯をかけて償い続けたいと思うのです。彼女の愛した街のために人生を捧げる以外に罪を償う方法を思いつきません」
「第二王子殿下の側近は辞すと?」
「はい」
「そうか……それも一つの方法だね」
黙って聞いていたロナルド公爵が言った。
「そういうことなら、あの領地を君に託そう。小さなところだが名馬の産地として名高い土地だよ。騎士の君なら上手く発展させられるだろう。一人ではできることも限られるが、領主という地位があれば何かと進めやすい。本当なら私がやらなければならない事だが、君が行ってくれるならその方がいい。私はもう……消え去るのみだ」
「いえ、そんな大きなものをお預かりするわけにはいきません」
「いや、むしろお願いしたい。君も王都での暮らしを捨てるんだ。マリア嬢の愛した土地を豊かにしてくれ。頼むよ。私にも罪滅ぼしの機会をくれないか。金で済ませると軽蔑してもらっても構わない」
「軽蔑など……するはずもございません」
宰相が言った。
「では決まりだな。手続きはこちらでするよ。返金処理は屋敷を売った金で十分賄えるし、ルーナ夫人の宝石類を換金して、修道院に送ろう。これも罰のうちだ。その事実をしっかりと受け止めて心穏やかに贖罪の日々を過ごしてもらいたい」
「ありがとうございます」
「使用人は連れて行くかい? 領主の屋敷はあるからすぐに住めると思うが」
ロナルド公爵の言葉に、アレンは何度も頷いて礼を言った。
第二王子のところに戻り、職を辞す旨を伝えたアレンは、ほんの少し心が軽くなったような気がした。
何度か引き止める第二王子だったが、最後にはこういった。
「やはり君とは相容れないのかもしれないね。まあ頑張ってくれ」
アレンはその場で側近の証であるバッジを返納し、私物を纏めて王宮を出た。
取り調べの終わった使用人たちは、すでに屋敷に戻されており、不安の表情を浮かべてロビーに集まっていた。
「みんな聞いてくれ。この度のことは全て僕の未熟さが招いたことだ。正妻を蔑ろにした僕の罪だ。覚悟が足りなかったんだ……僕が……僕が……」
アレンはその場で蹲って涙を流し続けた。
王宮から一緒に戻って来ていたランドリーメイドが、アレンの背中を擦ってくれた。
「ありがとう。君にも苦労を掛けてしまったね。メイド長の言うことを信じて君を解雇してしまった。僕の落ち度だ。申しわけなかった」
アレンは全員の顔を見回して、ふたたび口を開いた。
「僕は第二王子殿下の側近を辞した。これからはマリア嬢の愛したカレントという土地の発展に寄与することで、マリア嬢への償いを続けるつもりだ。爵位はそのままだし、領主という立場にもなったが、財産は一切ない。君たちへの支払いはすぐにでもするが、この先は保証できない状況だ。それでも一緒にと思ってくれるなら、共に行って欲しいが無理強いはしない。辞めたいものには紹介状も用意する」
ロビーが少しざわついた。
「一週間後には出立するつもりだ。それまでは屋敷にとどまっていろいろな整理をする。それまでに返事を聞かせてくれ」
アレンはそう言うと執務室に向かった。
ふと思い出し、振り返ると先ほど慰めてくれたランドリーメイドと目が合った。
「君はすでに他家で働いていたんだよね? 気をつけて帰りなさい。今日は急に呼び出されて迷惑だっただろう。悪かったね」
「いいえ、今のお話しですが、行く先はどこですか?」
「ああ、彼女が愛したカレントという街だよ」
「私も連れて行ってもらえませんか? 私はカレントの出身なのです」
「でも、今の勤め先はどうするの?」
「辞めます。というかひと月だけという約束で雇ってもらっていたので」
「そうか、では一緒に行こう」
神妙な顔をしたその娘は、雇い主に話をしてくると言って帰って行った。
執務室で書類の整理をしていると、一人また一人と進退についての返事をする者がやってくる。
辞めると言う者には紹介状を渡してやり、生涯に渡る守秘義務誓約書にサインをさせた。
結局、半数以上が退職を希望した。
家族のいる者や、持ち家を持つ者はほとんどが退職を希望したが、年若い者たちは同行することを選んだ。
辞めるものは早々に立ち去り、残ったものだけで屋敷の始末をしていった。
ルーナの部屋から持ってきた宝飾類は、ロナルド公爵に依頼して換金した。
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