誰が彼女を殺したのか

志波 連

文字の大きさ
上 下
11 / 43

10 密談

しおりを挟む
 その日の夜、国王は自室で読書をしていた。
 王妃は早々に寝室に引き取り、やっと静かな時間がやってきた。
 心配事は山ほどあるし、明日の予定も詰まっている。
 寝る前のほんの僅かなこのひと時だけが、国王から一人に人間に戻れる時間だった。
 国王がページを捲ろうとしたとき、控えめなノックの音がした。

「何事か」

「宰相閣下とロナルド公爵、そしてエヴァンス伯爵のお三方より、急な登城で申し訳ないが謁見の許可をと前触れが参っております」

「宰相とロナルド? 今エヴァンスと言ったか?」

「はい、左様でございます」

「許可しよう。すぐに準備をいたせ。執務室で会う」

「畏まりました」

 国王は一度ギュッと眼を瞑って、公人の表情を取り戻してから立ち上がった。
 椅子にかけていたガウンを羽織り、ゆったりと執務室に向かって歩を進める。
 執務室に着く前に、側近が来訪者の到着を告げた。
 
「これほど焦っているとは、やはりあの事か」

 国王は小さく呟き、少し歩調を早めた。
 執務室に入ると、すでに三人が揃っていた。
 立ち上がり恭しく礼をする姿を見ながら、国王は鷹揚に頷いて見せた。

「進展があったか」

 宰相が口を開く。

「はい、先ほどエヴァンス伯爵より相談を受けました。かのマリア・エヴァンスの正体は娼婦の娘であり、実在するマリア嬢とは別人とのことでございます」

「なんだと? どうしてそのようなことになっている」

 国王の問いに、直答を許されたエヴァンスが応えた。
 何も口を挟まずエヴァンス伯爵の告白を聞くこの国のトップ達の顔は苦虫をかみつぶしたように歪んでいる。

「まったく私の不徳の致すところでございます」

 これ以上小さくなりようもないほど縮こまる伯爵に、宰相が声を掛けた。

「いや、そのような小娘が、まさかこのような事態を引き起こすなどとは予測不能だろう。あれが本物のマリア・エヴァンスで無いとなると、別の問題が発生するが。それよりデリクのことをどうするか……」

 ロナルド公爵が重い口調で言った。

「あ奴のことはどうでも良いですよ。そもそもそのような者に騙されたことが不覚。事故か病気か、どちらにせよすぐにでも消しましょう」

「いや、待ってくれ。これは公爵家だけの問題ではない。筆頭家が子息を消すとなると、高位貴族家はそれに倣うしかない。将来を担う者が根こそぎ消えるぞ。それよりも治療を施して復帰させる方が得策だ。医師によると、かの薬物は東方の国より持ち込まれたもので、もともとは麻酔として用いられるものらしい。依存性は高いが副作用は少なく、隔離して薬物を断てば問題ないと聞いている」

「しかし、最初の被害者である愚息が、薬物欲しさに次の被害者を紹介しているんですぞ?こうなってはもう加害者側と言えましょう」

「全員がデリクによって引き込まれた訳ではない。むしろデリクは芋づるの先端だ。後はその一人が次の一人を紹介するという形だ。だからこそ相互関係が見つけにくかったんだ。そこから考えても主犯の男は頭がいいな。褒めるわけでは無いが、人間の心理をよく理解している」

「一人しか紹介しなければ罪悪感も少ないか……誰も自分を最後にしようと思わんとはな」

 国王はじっと目を瞑っている。
 そんな国王にチラッと視線を向けた宰相が言った。

「これ以上繋がらないようにするしかない。今のところの最末端は掴んでいるし、まだ誰も紹介していない。ここで止める。それよりラウム殿下の事だ」

 国王がやっと目を開けた。

「その娘を抱いたことに間違いはないのか?」

「ご本人が認めましたよ。デリクが薬物を買いに行くのに同行して、デリクが朦朧としている横で行為に及んだそうです。その娘、殿下が純潔を散らしたのだとか……なんともはや」

「他の男とは交わっていないのか?」

「あの部屋に来る者は全員、薬物が目当てでした。あの薬物は性機能を麻痺させるので性交渉は無理です。そして黒幕と思しき男は、用心深く姿を見せません。ホテルにも全く足を踏み入れていない。男の存在はデリクの証言だけです。そうなると……」

「そうか、抱いたのはラウムのみか」

「はい、おそらく」

「孕んでいるのか?」

「最初の行為からまだひと月も経っていないそうですので、まだ不明です。しかしほぼ半月にわたり、毎日のように出向いておられますので、その娘との相性にもよりますが、可能性は否定できないかと」

「毎日とは……孕んでいるとしたら、その娘は貴族でなくてはならんな」

「ええ、その通りでございます」

「様子を見るか? それとも囲い込むか?」

「マリア・エヴァンスで通させるのでしたら、王宮で囲い込みましょう。もし妊娠していなければ消せばよい」

 ドナルドはグッと口を引き結び、拳を握った。
 このままでは本物のマリアの存在が消えてしまう。
 しかし、この状況で口を挟むことはできない。
 ドナルドは俯くしかなかった。
 そんなドナルドを一瞥し、国王が言った。

「いや、その者は本当の貴族ではない。よって王宮に住まわせるわけにはいかない。一度特例を作ると済崩しになってしまう。しかし逃がすわけにもいかんな……」

 ロナルド公爵が口を挟んだ。

「第二王子殿下の側近の誰かに嫁がせましょうか。王族の妾にするなら誰かと婚姻していなければならないという法がありますから。まさかそのような低い身分の者を側妃にはできません。お子を上げたとしても、王家に連なるのはそのお子だけです。ですから妾にするのが妥当だと思います」

「ふむ……誰かいるか?」

 宰相が頷いた。

「明日の昼までには決めておきます」

「そうか、それで良い。エヴァンス、何か問題があるか?」

「うっ……ございません」

「では明日中に片付けるように。ラウムは問題が落ち着くまで謹慎させよ」

「「「畏まりました」」」

 男たちは御前を辞し帰宅の途に就いた。
 馬車の中で口を開くものは誰もいなかった。
しおりを挟む
感想 152

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜

ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。 けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。 ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。 大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。 子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。 素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。 それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。 夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。 ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。 自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。 フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。 夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。 新たに出会う、友人たち。 再会した、大切な人。 そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。 フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。 ★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。 ※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。 ※一話あたり二千文字前後となります。

あなたが運命の相手、なのですか?

gacchi
恋愛
運命の相手以外の異性は身内であっても弾いてしまう。そんな体質をもった『運命の乙女』と呼ばれる公爵令嬢のアンジェ。運命の乙女の相手は賢王になると言われ、その言い伝えのせいで第二王子につきまとわられ迷惑している。そんな時に第二王子の側近の侯爵子息ジョーゼルが訪ねてきた。「断るにしてももう少し何とかできないだろうか?」そんなことを言うくらいならジョーゼル様が第二王子を何とかしてほしいのですけど?

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……

藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」 大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが…… ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。 「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」 エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。 エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話) 全44話で完結になります。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

処理中です...