誰が彼女を殺したのか

志波 連

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10 密談

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 その日の夜、国王は自室で読書をしていた。
 王妃は早々に寝室に引き取り、やっと静かな時間がやってきた。
 心配事は山ほどあるし、明日の予定も詰まっている。
 寝る前のほんの僅かなこのひと時だけが、国王から一人に人間に戻れる時間だった。
 国王がページを捲ろうとしたとき、控えめなノックの音がした。

「何事か」

「宰相閣下とロナルド公爵、そしてエヴァンス伯爵のお三方より、急な登城で申し訳ないが謁見の許可をと前触れが参っております」

「宰相とロナルド? 今エヴァンスと言ったか?」

「はい、左様でございます」

「許可しよう。すぐに準備をいたせ。執務室で会う」

「畏まりました」

 国王は一度ギュッと眼を瞑って、公人の表情を取り戻してから立ち上がった。
 椅子にかけていたガウンを羽織り、ゆったりと執務室に向かって歩を進める。
 執務室に着く前に、側近が来訪者の到着を告げた。
 
「これほど焦っているとは、やはりあの事か」

 国王は小さく呟き、少し歩調を早めた。
 執務室に入ると、すでに三人が揃っていた。
 立ち上がり恭しく礼をする姿を見ながら、国王は鷹揚に頷いて見せた。

「進展があったか」

 宰相が口を開く。

「はい、先ほどエヴァンス伯爵より相談を受けました。かのマリア・エヴァンスの正体は娼婦の娘であり、実在するマリア嬢とは別人とのことでございます」

「なんだと? どうしてそのようなことになっている」

 国王の問いに、直答を許されたエヴァンスが応えた。
 何も口を挟まずエヴァンス伯爵の告白を聞くこの国のトップ達の顔は苦虫をかみつぶしたように歪んでいる。

「まったく私の不徳の致すところでございます」

 これ以上小さくなりようもないほど縮こまる伯爵に、宰相が声を掛けた。

「いや、そのような小娘が、まさかこのような事態を引き起こすなどとは予測不能だろう。あれが本物のマリア・エヴァンスで無いとなると、別の問題が発生するが。それよりデリクのことをどうするか……」

 ロナルド公爵が重い口調で言った。

「あ奴のことはどうでも良いですよ。そもそもそのような者に騙されたことが不覚。事故か病気か、どちらにせよすぐにでも消しましょう」

「いや、待ってくれ。これは公爵家だけの問題ではない。筆頭家が子息を消すとなると、高位貴族家はそれに倣うしかない。将来を担う者が根こそぎ消えるぞ。それよりも治療を施して復帰させる方が得策だ。医師によると、かの薬物は東方の国より持ち込まれたもので、もともとは麻酔として用いられるものらしい。依存性は高いが副作用は少なく、隔離して薬物を断てば問題ないと聞いている」

「しかし、最初の被害者である愚息が、薬物欲しさに次の被害者を紹介しているんですぞ?こうなってはもう加害者側と言えましょう」

「全員がデリクによって引き込まれた訳ではない。むしろデリクは芋づるの先端だ。後はその一人が次の一人を紹介するという形だ。だからこそ相互関係が見つけにくかったんだ。そこから考えても主犯の男は頭がいいな。褒めるわけでは無いが、人間の心理をよく理解している」

「一人しか紹介しなければ罪悪感も少ないか……誰も自分を最後にしようと思わんとはな」

 国王はじっと目を瞑っている。
 そんな国王にチラッと視線を向けた宰相が言った。

「これ以上繋がらないようにするしかない。今のところの最末端は掴んでいるし、まだ誰も紹介していない。ここで止める。それよりラウム殿下の事だ」

 国王がやっと目を開けた。

「その娘を抱いたことに間違いはないのか?」

「ご本人が認めましたよ。デリクが薬物を買いに行くのに同行して、デリクが朦朧としている横で行為に及んだそうです。その娘、殿下が純潔を散らしたのだとか……なんともはや」

「他の男とは交わっていないのか?」

「あの部屋に来る者は全員、薬物が目当てでした。あの薬物は性機能を麻痺させるので性交渉は無理です。そして黒幕と思しき男は、用心深く姿を見せません。ホテルにも全く足を踏み入れていない。男の存在はデリクの証言だけです。そうなると……」

「そうか、抱いたのはラウムのみか」

「はい、おそらく」

「孕んでいるのか?」

「最初の行為からまだひと月も経っていないそうですので、まだ不明です。しかしほぼ半月にわたり、毎日のように出向いておられますので、その娘との相性にもよりますが、可能性は否定できないかと」

「毎日とは……孕んでいるとしたら、その娘は貴族でなくてはならんな」

「ええ、その通りでございます」

「様子を見るか? それとも囲い込むか?」

「マリア・エヴァンスで通させるのでしたら、王宮で囲い込みましょう。もし妊娠していなければ消せばよい」

 ドナルドはグッと口を引き結び、拳を握った。
 このままでは本物のマリアの存在が消えてしまう。
 しかし、この状況で口を挟むことはできない。
 ドナルドは俯くしかなかった。
 そんなドナルドを一瞥し、国王が言った。

「いや、その者は本当の貴族ではない。よって王宮に住まわせるわけにはいかない。一度特例を作ると済崩しになってしまう。しかし逃がすわけにもいかんな……」

 ロナルド公爵が口を挟んだ。

「第二王子殿下の側近の誰かに嫁がせましょうか。王族の妾にするなら誰かと婚姻していなければならないという法がありますから。まさかそのような低い身分の者を側妃にはできません。お子を上げたとしても、王家に連なるのはそのお子だけです。ですから妾にするのが妥当だと思います」

「ふむ……誰かいるか?」

 宰相が頷いた。

「明日の昼までには決めておきます」

「そうか、それで良い。エヴァンス、何か問題があるか?」

「うっ……ございません」

「では明日中に片付けるように。ラウムは問題が落ち着くまで謹慎させよ」

「「「畏まりました」」」

 男たちは御前を辞し帰宅の途に就いた。
 馬車の中で口を開くものは誰もいなかった。
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