誰が彼女を殺したのか

志波 連

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 このところ沈んでいた気分を上げようと、いつもは選ばない華やかな色彩のドレスを着てみたリリーブランは、メイドに準備させた手土産を持って馬車に乗り込んだ。
 行く先は、先日の夜会でも話をした友人レーナの屋敷だ。
 レーナは同じ爵位を持つ家の長女で、すでに婿養子に入る予定の婚約者もいる。
 さっぱりとした性格で、どちらかと言うと大人しいタイプのリリーブランをいつも引っ張ってくれる存在だった。

「いらっしゃい。皆さんお揃いよ」

 レーナのメイドに手土産を渡し、席につくと参加者全員での挨拶が始まった。
 参加者はレーナを含めて5人だったが、レーナ以外は初めて顔を合わせる令嬢だった。

「初めまして、わたくしはロナルド公爵家が長女のミレニアと申します」

「わたくしはカーザ侯爵家のメリーアンですわ」

「わたくしはハイランディ侯爵家のエルザでございます」

 三人とも年は同じか下だろうか、それにしても伯爵家が招くにしては高位貴族ばかりだ。
 不思議に思ったリリーブランがレーナの顔を見ると、少し困ったような顔をした。
 初めは当たり障りの無い話題に終始していたが、お茶が差し替えられ、軽食が運ばれる頃になると、雰囲気が一変した。

「リリーブラン様のご令妹は、マリア様とおっしゃって?」

「ええ、妹の名前はマリアですが、何か?」

 リリーブランは不吉な予感で胸が苦しくなった。

「わたくしの兄が、そのマリア様と親しくさせていただいているようですの。ご存じでらして?」

「いいえ、全く存じません」

「そうですか。実は少々困ったことになっているのですわ」

ロナルド公爵家の長女であるミレニアが口撃の火蓋を切った。
ミレニアの上には二人の兄がいるらしい。
長男はすでに父の後継として、公爵業務を手伝っているが、次兄のデリクは文官として王宮に勤務し、現在は第二王子の担当をしているそうだ。
そのデリク様とマリアが親しい? いや、ここでいうマリアは間違いなくローラだろう。 
リリーブランはじっとりと背中に汗をかいていた。

「デリク兄さまは、こちらにおられるエルザ様と婚約しており、婿に入る予定ですのよ?」

「まあ、左様でございますか。それは……おめでとう存じます」

「何がおめでたいものですか! 侮辱するのもいい加減になさって!」

 ミレニアが勢いよく立ち上がり、紅茶のカップが倒れ、薄いピンクのテーブルクロスに大きなシミを作った。
 じわじわと広がっていくそのシミを見ながら、リリーブランは泣きたくなってきた。

「少し落ち着きなさいな。リリーが悪いわけでは無いと言ったでしょう? 事情を聞くだけだと言うから席を設けたのに。わたくしを騙したの?」

「いいえ、申し訳ございませんでした……リリーブラン様、大変失礼いたしました。ご容赦ください」

「ええ……わたくしには何も分からないのですが、マリアが何かご迷惑を?」

 ミレニアがぽすんと椅子に座ったのがきっかけに、エルザがべそべそと泣き始めた。
 隣に座っているメリーアンがハンカチを出して慰めている。
 リリーブランは身の置き所に困ってしまった。
 暫しの沈黙の後、レーナが口を開いた。

「埒が明きそうにないから私から言うわね。あなたの妹のマリア、あれはとんでもない女だわ。エルザの婚約者であるデリク卿もそうだし、そこにいるメリーアン嬢の婚約者もそう。そして私の婚約者とも噂になっているわ」

「ええっ!」

 真っ青な顔で息を吞むリリーブランを見て、レーナが言った。

「ほらね、リリーは何も知らないのよ。ねえリリー、マリアは帰ってきてる?」

「マリアは……あの夜会の翌日には、母の実家に戻ると言って屋敷から出たのよ。てっきり戻ったのだとばかり思っていたから……。もう随分長い間そちらで暮らしていて、私たち姉妹はあまり一緒にいたことが無いの。でも、今のお話だと……帰っていないということなのね。知らなかったわ……本当に知らなかったの……どうしましょう」

「なるほど、そう言うことね。私の調べた範囲で言えば、あなたの妹はずっとホテルに住んでいるわ。それほど高級なところでも無いから、警備も甘いのでしょうね。噂によると、毎晩違う男性を部屋に入れているらしいわよ」

「そんな……」

「まさか部屋に忍び込んで確認する訳にはいかないから、あくまでも噂よ。でもね、うちの使用人に確認させたのだけれど、間違いなくデリクは入り浸っているわ」

 リリーブランは黙って下を向くしかなかった。
 そんなリリーブランに追い打ちをかけるようにメリーアンが鋭い視線を投げて寄こした。

「リリーブラン様が悪いのではありません。でもわたくしの婚約者である第二王子殿下も、何度もその部屋で夜を明かしておられるとか……」

 リリーブランは心臓が口から飛び出すほど驚いた。

「第二王子殿下? ラウム殿下がですか? まさか……」

「この話は大っぴらに口にする者はおりませんが、高位貴族なら全員知っていること。ですからあえてお話しいたしますわね。スーペリア王家は子ができにくい体質らしいのです。血の濃い婚姻を繰り返した弊害だといわれておりますが、現王が二人のお子様に恵まれたことは、大変に喜ばしい事でした。その代わり、子ができるまで現王には20人の側室がおられたそうです。子ができやすい日を迎えた側室に、お渡りになっていたとか。今はお子を産まれたお二人だけですが、それはご苦労をなさったそうですわ」

「そうですか……」

 それとローラの話が関係あるのかと思ったが、リリーブランは黙っていた。

「ですから、わたくしもラウム殿下がたくさんの側室を迎えるであろうことは覚悟の上なのです。わたくしは子を産む役と同時に、いずれ我が侯爵家に入って下さるラウム殿下の正妻としての仕事もございます」

「ええ、もちろんそうですわね」

「ですから、他の令嬢たちとは違い、愛人ありきの結婚を覚悟しておりますの。と申しますのも、もし王家の血を継ぐ子ができたら、相手が貴族でさえあれば、王家は喜んで迎え入れると公言しているからですわ。ですから、婚姻後もし私に子が出来ても、状況によっては王家に差し出すことになるのです」

「喜んで迎え入れる? 子を差し出す?」

「ええ、貴族にとって血脈は命です。ましてや王家ともなると推して知るべしですわ。ですから皇太子殿下も第二王子殿下も、早くから幾人もの貴族令嬢たちと関係を持っているのです」

「まさか……」

「むしろ推奨さえされているとか……ですから、それは覚悟の上ですの。ですが、そのお相手が殿下以外の男性とも夜を共になさってるとなれば話は変わります。言っている意味はお分かりですわね?」

「ええ、勿論です……」

「デリク卿はラウム第二王子殿下のお世話役とでもいう立場におられます。ですから、もしかしたら殿下に付き添われているだけなのかもしれません。しかし、今申し上げたお三方以外にも噂になっている方がたくさんおられますのよ? これは由々しき問題ですわ」

「ええ、本当に……なんと申し上げればよいか……もうしわけございません」

 ずっと黙って聞いていたレーナが口を開いた。

「あなたに謝ってもらっても仕方がないわ。それより妹を何とかしてちょうだい。家に連れ帰って監禁して欲しいものだわ。もしも私の婚約者が、あなたの妹と関係を持っていると分判明したら、私は婚約を破棄します。そうなると原因となったあなたの家にも慰謝料を請求することになるわ。友人といってもそこは貴族のルール。曲げることはできないわ」

 泣いていたエルザも顔を上げた。

「わたくしも、もしデリク様がそうなら、とても耐えられませんわ。婚約を破棄いたします。そしてロナルド公爵家とエヴァンス伯爵家に、慰謝料を請求致します」

 その言葉を聞いてミレニアが頭を抱えた。
 二人が言っていることは当然だ。
 もし自分がその立場だったら、同じことをするだろう。
 しかし相手は公爵家と侯爵家だ。
 両家に払う慰謝料となると想像もできない額になる。
 リリーブランはテーブルに突っ伏してしまった。

 もうこれ以上話すことも無いとばかりに、レーナとリリーブランを残して、三人は帰って行った。
 リリーブランは立ち上がることもできず、テーブルに顔を伏せたままだ。
 レーナが優しい声で言った。

「まだ確定したわけでは無いわ。でもね、無罪を主張するならそれを証明する必要があるの。それは家族であるあなたとエヴァンス伯爵しかできないのよ。きつい言い方をしてしまったけれど、すぐに動かないと、取り返しのつかないことになるわ」

 リリーブランは突っ伏したまま、何度も頷いた。
 立てそうにない彼女を運ぶように指示をしたレーナは最後に言った。

「あなたの妹とは思えないわね。伯爵家の調査能力を疑うわけでは無いけれど、手に余るようなら相談してちょうだい。友達として力になるわ」

 そこから家までどうやって帰ったのかさえ分からない。
 部屋に戻ったリリーブランは、父親が帰るまでずっと泣いていた。
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