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63 真相1

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 千代が遠い目をした。

「私と斉藤さんとの出会いは、小百合が伊豆長岡に逃げてきた頃です。私はなんとは小百合をまともな母親にしようと独りで奮闘していました。小夜子さんがとにかく可哀そうで……斉藤さんは非業の死を遂げたサクラさんの腹違いの妹である小百合をとても心配していました。何度も訪ねてこられて、いろいろと援助をして下さるようになったのです。山本先生は週末ごとに小百合を買いにいらしていましたが、それとは合わないように来ておられましたね」

「山本さんとは別行動ですか?」

 伊藤の問いに千代が頷いた。

「何度かはご一緒されたと思いますが、ほとんど別行動でした。小百合は煩く言う斉藤さんを嫌っていましたから。だから斉藤さんは私にお金を渡して、日々の暮らしのことや小夜子さんのために使うようにと。そんな頃です、娘が心中したのは。もう私は気が狂ったようになってしまって……斉藤さんが支えて下さったのです。まあ、男と女のことですからね、そうこうするうちになんとなくという感じです」

「でもご結婚はなさらなかった?」

「ええ、娘を亡くしたばかりでしたし、いまさら入籍というのもどうかという気持ちもありました。私は田舎育ちの女です。斉藤さんの住む世界ではやっていけるはずもありません。それでも何度か一緒になろうというようなお話もして下さったのですが、そのうちに山本先生が小百合を東京に連れていかれてしまいました。小夜子さんも田坂の養女になる事が決まり、やっと私は伊豆を離れる決心をしたのです」

「なるほど、それで斉藤邸へ行かれたのですね」

「行くつもりは無かったのですが、熱心に誘ってくださいましたし、田坂の家とも近かったので、家政婦ならとお返事をいたしました。斉藤さんの側でお世話ができるのが嬉しくて、一生懸命働きましたよ。何より小夜子さんに会えるのが嬉しかった。私は死ぬまでこのままで良いと思っていました。でも小百合が薬物の過剰摂取で死んでしまって、山本先生が小夜子を引き取ろうと画策しておられることがわかり、小夜子さんを守るために、斎藤と入籍することになりました。田坂の義兄だけでは守り切れないと判断したからです。小夜子さんにとっては不満だったでしょうけれど、確実に守るためにはこれしか方法がありませんでした」

「小百合さんは薬物の過剰摂取ですか。それにしても小夜子さんと斉藤さんは偽装結婚だったのですね。まあ守るという意味では最善の方法かな」

「ええ、それからの10年は本当に幸せでしたねぇ。表立って妻と扱われることはありませんでしたが、それは私が望んだことです。それに斉藤さんの妻役をやるのが小夜子さんでしょう? 何の不満もないですよ。でも斉藤さんに重大な心臓疾患が見つかり、余命を宣告を受けました。斉藤さんは後顧の憂いを無くすべく、今回の計画を実行に移したのです」

 課長が瞑っていた目を静かに開けた。

「斉藤さんが首謀者ですか」

「そう言うことになりますね」

「なぜそこまで手の込んだことを?」

「ひとつは斉藤さんが、あの宝石の呪いを信じていたことです。宝石が吸い込んでしまったパラメタさんの悲しみが、小夜子さんに繋がることをとてもお畏れていましたから」

「ああ、そのために毎年現地を訪問されていたのですね」

「そうです。そこにおられるサムさんと一緒に儀式をされていたと聞いています」

 サムが後を引き取った。

「斉藤さんはバリにある王家の墓に花を手向け、小夜子さんを守ることを命がけで誓っておられましたよ。山本さんも必ずご一緒に来ておられましたが、彼は呪いのことを信じておらず、どこかバカにしたような態度でしたね。彼を小夜子のいる日本に残すわけには行かないからと言っていましたが、正直私は山本さんには会いたくもなかったですよ。息子さんの前で申し訳ないが、私は好きにはなれない人でした」

 サムが信一郎に小さく頭を下げた。
 信一郎は何度も小さく首を横に振る。

「もう一つは何ですか?」

 課長がたたみ掛けた。

「山本先生に小夜子さんを諦めさせるためです。宝石が無いと貸していたお金が戻らないのでしょう? 山本先生にどんな関係があるのかは知りませんでしたが、虎視眈々と狙っておられましたからね」

「なるほど、だから売却ではなく盗難という理由が必要だったのですね。納得しました」

 課長が指先で目を抑えている。
 ずっと取り組んでいた謎が少しずつ解けているのだ。
 その情報量の凄まじさに疲れを覚えたのだろう。

「私は50億ドルなんていう大金、とても想像できませんが、山本先生が執着するのも納得できるほどの額なのでしょう? それなのに債権者である斉藤さんはこれぽっちも欲しがっていませんでした。お金持ちだったからかしら」

 千代の疑問は当然だ。
 小夜子がそれに答えた。

「斉藤はサクラさんの死にとんでもないほどの責任を感じていました。それにパラメタさんが舐めた辛酸と屈辱を思うと、私も欲しいとも思いません。彼女達の犠牲の上で得た利権を使って稼ぎだしたお金ですものね。斉藤や私が受け取るのは間違っています。あのお金は彼女たちの愛した祖国のために使うべきです」

 民族衣装の男たちが立ち上がって、改めて小夜子に深々と頭を下げた。
 伊藤は三人が座るのを待って声を出した。

「皆さん言いたいことは終わったようですね? ではそろそろ本題に入りましょうか」

 伊藤をはじめとする刑事たちの口角が上がった。
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