消された過去と消えた宝石

志波 連

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57 宝石の力

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「なんでもお聞きください。正直に全てお話しします」

 小夜子の声に伊藤が口を開く。

「今回の『女神の涙の紛失』この目的は何だったのですか?」

 盗難ではなく紛失と言ったのは、事件性はないと暗に知らせるためだ。

「復讐ですわ。祖母と叔母を無理やり連れてきた東小路は、祖母に対し非常に惨いことをいたしましたから」

「なるほど。しかし東小路栄記は終戦前に亡くなっています。血筋と言えばあなたとあ兄さんくらいでしょう? 子孫に復讐するなんてナンセンスだ」

「ええ、仰る通りですね。でも彼と同じような事をした男がいるんですよ。まるで乗り移っているかのように東小路の意志を継いだ男が」

「でも実際にはご存じないでしょう? 小夜子さんが生まれるずっと前の話だ」

「……ねえ、伊藤さんは怪奇現象とかオカルトって否定派ですか?」

「全てを否定するつもりはありませんが、そのほとんどは科学で解決できるものだと思っています」

「なるほど。私も以前はそうでした。幼いころ真っ暗な家で独りきりでも何も怖くなかったですし。でもね、あの宝石に初めて触れたとき、信じられないスピードで祖母が体験したことを観たのです」

 伊藤が目を丸くして隣の課長を見た。
 課長も同じような顔をしていたことに、少しだけ安心する。

「詳しくお願いします」

 小夜子が困った顔をするとサムが横から声を出した。

「これは我がインドネシアでは当たり前のことなのですが、古くから家宝とされている宝石には、その持ち主の無念や怨念を吸い込む力があると言われています。これは科学でどうこうできるものではないので、証明はできませんが」

「宝石が感情を吸収するのですか?」

「ええ。そして吸収した感情は宝石の色を変え、次代に受け継がれていきます。心を込めた弔いをすることで、宝石の色は元に戻ります。小夜子に受け継がれた宝石『女神の涙』を初めて見たとき、ピンクというより赤に近い色でした」

「それを弔うために斉藤さんは毎年インドネシアに?」

「ええそうです。私にそれを見せるために、斉藤さんは小夜子を伴って訪れてくれました。私が保管していた『女神の微笑』は薄いピンクでしたから、その怨念の凄まじさに驚きました」

「ツインズの宝石を保有しておられたのですね? それをオークションに出されたのはなぜですか?」

「オークションに出したのは同じデザインですが別のものです。ちなみに同じ色で同じデザインのものはあと3つあります。しかし『女神』と名のつくものは『涙』と『微笑』だけです」

「なぜ同じ宝石なのに、それらだけが名を与えられたのですか?」

「最初の所有者であるラトゥ・アリランジャルニ・パラメタが、殺されたときに身につけていたからです」

「なるほど……」

「その2つだけは門外不出の秘宝として代々受け継がれていました。しかし東小路が母と姉を人質にして連れ去る時、一緒に持ち出す事を要求したのです。どうしても金が必要だったジャワ解放戦線の上層部がそれを了承しました」

「王家の承認では無かったということですか」

「ジャワ民族の解放と独立はわが民族の悲願でした。そして当主はその解放戦線のパトロンでしたし、あの宝石は母個人の財産でしたから、そこを突かれると、強く反対することができなかったと聞いています」

「そのご当主というのがパラメタさんのご主人?」

「ええ、そうです。母は当主の第三夫人でした。サクラも私も父親は当主です。母はジャワのアリランジャル二王家の末裔です」

「サクラというのは日本的な発音ですね。日本の桜と同じですか?」

「同じです。桜の花のサクラですよ。あの頃から多くの日本人がインドネシアに住んでいました。父はその日本人たちと交流があったので、その関係で命名したのだと思います」

 伊藤は大きく頷いて先を促した。

「父にとっては第三夫人とその娘など、ジャワ王族の血筋とはいえ、はっきり申し上げてそれほど重要ではありませんでした。しかし、宝石は重要だった。あの宝石が欲しいがために母を迎えたようなものです。だからその宝石を母から取り上げたりできないように『引き離すと呪いがかかる』という話を伝えたのです」

「では伝承はデタラメ?」

「あながちそうとは言えません。あの宝石には不思議な力があります。それを理解した人間が定期的に弔わないと、悪いことが起こります。これは本当です」

「どうぞ続けてください」

「第三夫人であったパラメタがどのような目に遭ったのかは、私は詳しくありません。でもそれは、小夜子が観た通りなのだと思います」

 サムが小夜子の顔を見た。

「今からお話しするのは、私が『女神の涙』から伝えられた映像です。信じられないでしょうけれど、私はその映像を見るとともに、その時の声も聴き、その無念さも感じ取りました。祖母の辛さを疑似体験したと思っていただくと分かり易いかもしれません」

 円錐形の宝石をテーブルの中央に置き、小夜子がゆっくりと何かつぶやき始めた。
 心なしか顔つきが変わって見える。
 その蠱惑的な唇が動き始めると、周りの空気が温度を下げたような気がした。

「目を閉じていただけますか?」

 その場にいる全員が、その言葉に従った瞬間、伊藤は思わず声をあげそうになった。
 脳裏に直接伝えられているかのように、瞼の裏に映像が浮かぶ。
 白黒で粗悪な画質の古いフィルムを見ているような映像だった。
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