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53 儀式
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サムと小夜子が手を繋ぎ、いくつも建っている仏舎利塔のひとつの前に跪く。
サムが合掌したまま大きな声で話し始めた。
少し離れた場所に控えていたブディが声を掛ける。
「信一郎さんと山中さん、そして山本さんは黙禱して下さい」
2人は目線を地面に移したが、山本は目を見開いて小夜子たちを凝視していた。
サムの声がひときわ大きくなり、墓所を取り囲んでいる木々がざわざわと音を立てる。
梢が擦れ合う音しかしない静寂の中、目に見えない何かがこの場所をぐるぐると飛び回っているような感覚に包まれた3人は、必死で歯を食いしばりその恐怖に耐えていた。
「ただいま帰りました。サクラおばさま、初めてお目に掛かります。そして偉大なるラトゥ・アリランジャルニ・パラメタ。私が小夜子でございます」
小夜子はゆっくりと、しかしはっきりと日本語で言った。
木々が奏でる葉音がひときわ大きくなる。
「まあ! 左様でございますか。それは本当にありがとうございます」
いったい誰に返事をしているのか、小夜子は楽しそうな声を出したが、信一郎と山中は動くことができずにいた。
「ええ、そのつもりですわ」
「いえいえ、母がいろいろご迷惑をおかけしてしまいました」
「そうなのですか? それは存じませんでした」
山中は恐怖で声をあげそうになるのを必死で耐えていた。
「ええ、おばあ様とお母様のは私が管理いたしますので、ご安心ください」
小夜子がそう言った瞬間、体が揺らぐほどの強い風が駆け抜けた。
カサカサという優しい葉擦の音が戻り、遠くで野鳥の声が響く。
「終わりましたよ」
ブディの声に目を開けると、サムが小夜子を抱きしめていた。
「終わったわ、叔父さん。もう大丈夫。本当に長い間ご苦労様でした」
小夜子の声に何度も頷きながらサムが涙を流している。
「ヨカッタ……オマエダケガ、シンパイダッタ」
硬直していた体から力が抜け、やっと自由を取り戻した。
顔をあげると叔父と姪の笑顔があった。
サムの口から発せられる日本語に、山中が驚くことはない。
彼の年齢なら日本が統治していた時代の子だ。
日本語を理解しているのも頷ける。
逆にわからない振りをしていた理由は何だろうか……
「カエルノカ?」
「ええ、私は日本に帰ります。呪った者と呪い返しを受けた者はこの地には戻れないと聞きました。私が2人を弔っていきますから」
「トキドキハクルノダロウ?」
「ええ、もちろんよ。叔父さんも来てちょうだいね」
2人が再び固く抱き合った時、仏舎利塔の後ろから黒い猫が姿を現した。
控えていた男達が感嘆の声を上げる。
黒猫は動じることなく、小夜子の足元にすり寄った。
「まあ! エトワール! 来てくれたのね? 美しい子」
何度か小夜子の足元をくるくると周り、体を擦り付けたその猫は、ゆっくりと塔の後ろへと帰っていった。
サムと小夜子は微笑みながらそれを見送り、控えていた男たちはひれ伏した。
山中は消えていったエトワールに驚いて声も出ない。
「何なんだ……いったい……何が起こっているんだ」
山本が呟くような声を出す。
呆然としている3人の横から、民族衣装を着た男が姿を現した。
「待ってたぞ!」
気を取り直した山本が2人の男の前に躍り出た。
「父さん?」
信一郎が再び呟くように言う。
「アナタハダレデスカ?」
「俺は山本だ。王女小百合の夫であり、そこにいる王女小夜子の父親だ」
二人が顔を見合わせて何かを話し合っている。
サムと小夜子は傍観していた。
ブディが2人の側に行き、車の中での会話を説明しているようだ。
男たちはクスっと笑って山本に向き合った。
「アナタガイウコトガ、ホントウノラショウコヲダセ」
「ああ、証拠ならあるぞ。これが小百合の書いた証文だ。そしてこれが『女神の涙』だ!」
山本が小夜子の胸元を指さした。
山中が目を見開いて小夜子を見る。
小夜子は苦笑するような顔で、小さく首を横に振った。
「さあ確認しろ! そして早く金を持ってこい!」
山本は鼻息荒く捲し立てるが、差し出された証文を受け取った男は、何の躊躇もなくそれを破り捨てた。
「あっ! 何をする!」
「ナニノショウコニモナラナイ」
「貴様……」
ブディが一歩前に出た。
「山本さん、見苦しいですよ。斉藤さんはすでに我々との話し合いを終えています。それに、証拠になるのは血しかない。あなたがどう言おうとあなたはただの部外者だ」
「終えている? し……しかし小百合の分はともかく、小夜子は私の娘だ。何の権利もないなどとは言わせんぞ」
「それこそ只の妄想だ」
ブディが山中を見る。
頷いた山中は小夜子から託されていた封筒をポケットから取り出した。
「渡せと言われて預かっていました」
封筒を受け取ったブディが男たちと一緒に内容を確認した。
「血縁関係は無いと公的機関で証明されていますよ? 山本さん」
「なんだと!」
山本がその紙を奪い取る。
2人の男とブディが皮肉交じりの顔で焦る山本を見た。
サムが合掌したまま大きな声で話し始めた。
少し離れた場所に控えていたブディが声を掛ける。
「信一郎さんと山中さん、そして山本さんは黙禱して下さい」
2人は目線を地面に移したが、山本は目を見開いて小夜子たちを凝視していた。
サムの声がひときわ大きくなり、墓所を取り囲んでいる木々がざわざわと音を立てる。
梢が擦れ合う音しかしない静寂の中、目に見えない何かがこの場所をぐるぐると飛び回っているような感覚に包まれた3人は、必死で歯を食いしばりその恐怖に耐えていた。
「ただいま帰りました。サクラおばさま、初めてお目に掛かります。そして偉大なるラトゥ・アリランジャルニ・パラメタ。私が小夜子でございます」
小夜子はゆっくりと、しかしはっきりと日本語で言った。
木々が奏でる葉音がひときわ大きくなる。
「まあ! 左様でございますか。それは本当にありがとうございます」
いったい誰に返事をしているのか、小夜子は楽しそうな声を出したが、信一郎と山中は動くことができずにいた。
「ええ、そのつもりですわ」
「いえいえ、母がいろいろご迷惑をおかけしてしまいました」
「そうなのですか? それは存じませんでした」
山中は恐怖で声をあげそうになるのを必死で耐えていた。
「ええ、おばあ様とお母様のは私が管理いたしますので、ご安心ください」
小夜子がそう言った瞬間、体が揺らぐほどの強い風が駆け抜けた。
カサカサという優しい葉擦の音が戻り、遠くで野鳥の声が響く。
「終わりましたよ」
ブディの声に目を開けると、サムが小夜子を抱きしめていた。
「終わったわ、叔父さん。もう大丈夫。本当に長い間ご苦労様でした」
小夜子の声に何度も頷きながらサムが涙を流している。
「ヨカッタ……オマエダケガ、シンパイダッタ」
硬直していた体から力が抜け、やっと自由を取り戻した。
顔をあげると叔父と姪の笑顔があった。
サムの口から発せられる日本語に、山中が驚くことはない。
彼の年齢なら日本が統治していた時代の子だ。
日本語を理解しているのも頷ける。
逆にわからない振りをしていた理由は何だろうか……
「カエルノカ?」
「ええ、私は日本に帰ります。呪った者と呪い返しを受けた者はこの地には戻れないと聞きました。私が2人を弔っていきますから」
「トキドキハクルノダロウ?」
「ええ、もちろんよ。叔父さんも来てちょうだいね」
2人が再び固く抱き合った時、仏舎利塔の後ろから黒い猫が姿を現した。
控えていた男達が感嘆の声を上げる。
黒猫は動じることなく、小夜子の足元にすり寄った。
「まあ! エトワール! 来てくれたのね? 美しい子」
何度か小夜子の足元をくるくると周り、体を擦り付けたその猫は、ゆっくりと塔の後ろへと帰っていった。
サムと小夜子は微笑みながらそれを見送り、控えていた男たちはひれ伏した。
山中は消えていったエトワールに驚いて声も出ない。
「何なんだ……いったい……何が起こっているんだ」
山本が呟くような声を出す。
呆然としている3人の横から、民族衣装を着た男が姿を現した。
「待ってたぞ!」
気を取り直した山本が2人の男の前に躍り出た。
「父さん?」
信一郎が再び呟くように言う。
「アナタハダレデスカ?」
「俺は山本だ。王女小百合の夫であり、そこにいる王女小夜子の父親だ」
二人が顔を見合わせて何かを話し合っている。
サムと小夜子は傍観していた。
ブディが2人の側に行き、車の中での会話を説明しているようだ。
男たちはクスっと笑って山本に向き合った。
「アナタガイウコトガ、ホントウノラショウコヲダセ」
「ああ、証拠ならあるぞ。これが小百合の書いた証文だ。そしてこれが『女神の涙』だ!」
山本が小夜子の胸元を指さした。
山中が目を見開いて小夜子を見る。
小夜子は苦笑するような顔で、小さく首を横に振った。
「さあ確認しろ! そして早く金を持ってこい!」
山本は鼻息荒く捲し立てるが、差し出された証文を受け取った男は、何の躊躇もなくそれを破り捨てた。
「あっ! 何をする!」
「ナニノショウコニモナラナイ」
「貴様……」
ブディが一歩前に出た。
「山本さん、見苦しいですよ。斉藤さんはすでに我々との話し合いを終えています。それに、証拠になるのは血しかない。あなたがどう言おうとあなたはただの部外者だ」
「終えている? し……しかし小百合の分はともかく、小夜子は私の娘だ。何の権利もないなどとは言わせんぞ」
「それこそ只の妄想だ」
ブディが山中を見る。
頷いた山中は小夜子から託されていた封筒をポケットから取り出した。
「渡せと言われて預かっていました」
封筒を受け取ったブディが男たちと一緒に内容を確認した。
「血縁関係は無いと公的機関で証明されていますよ? 山本さん」
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