33 / 66
33 古い資料
しおりを挟む
藤田がせわし気にエンジンをかけて空調をMAXにする。
「例えば、何らかの理由でサクラが日本に来た。小百合が妹っていう線は無いかな。まあ、そうなると斉藤は姉と結婚して妹を囲って、死んだ妻の姪と再婚したってことになっちまうが」
藤田がじっと考え込む。
「アリかもしれませんね。しかも斉藤は片時も小夜子を側から離さなかった。それは不自然なほどです。もしかしたらサクラの血筋の人間を側に置いておかないといけない理由があった」
「側に置いておくメリットってなんだ?」
「むしろ離せない理由があったのではないですか? 例えば……呪い?」
フッと伊藤が息を吐いた。
「お前……ハマってんなぁ」
「あれ? 伊藤さんって超常現象否定派ですか?」
「すべて否定するわけでは無いが、恐怖心の九十九パーセントは自分で作るものだと思ってはいるな」
「現実的ですね」
「そうかもな」
藤田が車を発進させた。
「そう言えば今夜はアメリカの映画賞の授賞式ですね」
「ああ、あれか」
「例の宝石を落札した女優がノミネートされているらしいですよ」
「へぇ、それは知らなかった」
「あの宝石をつけてきますかね」
「そのために落札したのならつけて来るだろ」
「楽しみです」
他愛もない話の中にも『女神の涙盗難事件』が入ってくる。
藤田の頭の中にも消せない何かが残っているのだろう。
「なあ、小百合の実家を調べてみてくれないか?」
「了解です」
藤田が嬉しそうな顔をした。
伊藤を署に下ろし、藤田はそのまま走り去る。
おそらく先ほどの任務を遂行するのだろう。
そう思った伊藤は、田坂について調べ直そうと考えながら建物に入った。
資料室に向かった伊藤は、一番奥にある書架に迷いなく進んだ。
そこには現在も存続しているものから、すでに没落しその名前さえ消えた『貴族・華族名鑑』が収蔵されている。
黒くて分厚い表紙で綴じられたそれは、上中下の三巻で構成されており、今回の事件を調べるために紐解くまでは、課長でさえその存在を知らなかったほどの化石のような資料だ。
書架の前に立った伊藤は迷わず名鑑の中巻を取り出す。
もう何度も開いたであろうそのページには、藤田が栞代わりに挟んだ蕎麦屋のレシートがあり、自分でも気付かないうちに緊張していた伊藤の肩の力を程よく抜いてくれた。
「あの味と盛りでこの値段は安いよな」
伊藤はそう呟きながら、レシートを机に置いて資料を広げた。
烏丸分家
東京市麻布区西麻布〇〇番地
初代当主 佑也(すけなり) 1903年 病没
妻 幾女 弥生 美晴
次代当主 具也(ともなり) 1937年 戦没
妻 稲実 通子
三代当主 信也(のぶなり) 1968年 自死
妻 小百合
伊藤は右手で額を押さえ背もたれに寄りかかる。
「そうだよな、この時代は側室がいるなんて普通だったから、記録にも残っているんだよな」
妻の名前の後には何人かの子の名前もあったが、その記載行数の多さは初代までで、次代になると極端に減っている。
小夜子の両親である三代目ともなれば、妻は正妻のみで子は二人だ。
おそらく豪奢を極めた暮らしをしていたのは初代のみで、次代から徐々に斜陽が始まっていたのだろう事は想像に難くない。
「結局のところ信也の代で終わったってことか。それにしても同世代の当主の死因って自死が多いなぁ……これも時代か」
自分が生まれるずっと以前の事ではあるが、華族家当主が自死を選ぶしか無かった時代があったということに、伊藤の心は沈んだ。
「それにしても男尊女卑も甚だしいな。当主は死因まで書いてあるのに妻は名前しか載せられないんだもんなぁ……名前しか……そうか、名前しか載らないってことは、いつ死んだかなんて調べられることもないんだ」
伊藤は藤田が整理しているノートに手を伸ばした。
そこには小百合の戸籍謄本の写しが貼り付けられている。
1975年 長女小夜子 死亡届提出 受理 と間違いなく記載されていた。
「しかし墓石には1980年……この5年に何が隠れている?」
伊藤の問いに答えてくれる者はいない。
ひとつ溜息を吐いた伊藤は、気を取り直して目次ページを開いて、丹念に指でたどった。
「うん、やっぱり田坂の名は無いな。ということは田坂は一般市民ということだ」
ふと思いついて斉藤と山本と山中の名前も探したが、それらしいものは見当たらない。
「そう上手くはいかないか……」
時計を見ると午後四時を回っている。
そろそろ藤田が戻る頃だと考えていたら、資料室のドアがガラリと音を立てた。
「帰りました」
「ご苦労さん」
伊藤の声に藤田がニヤッと笑ってみせた。
「お前と以心伝心とか全然嬉しくないんだけど」
意味が解らない伊藤の言葉に、藤田が不思議そうな顔をした。
「ありましたよ。繋がりが」
伊藤が目を見開いた。
「例えば、何らかの理由でサクラが日本に来た。小百合が妹っていう線は無いかな。まあ、そうなると斉藤は姉と結婚して妹を囲って、死んだ妻の姪と再婚したってことになっちまうが」
藤田がじっと考え込む。
「アリかもしれませんね。しかも斉藤は片時も小夜子を側から離さなかった。それは不自然なほどです。もしかしたらサクラの血筋の人間を側に置いておかないといけない理由があった」
「側に置いておくメリットってなんだ?」
「むしろ離せない理由があったのではないですか? 例えば……呪い?」
フッと伊藤が息を吐いた。
「お前……ハマってんなぁ」
「あれ? 伊藤さんって超常現象否定派ですか?」
「すべて否定するわけでは無いが、恐怖心の九十九パーセントは自分で作るものだと思ってはいるな」
「現実的ですね」
「そうかもな」
藤田が車を発進させた。
「そう言えば今夜はアメリカの映画賞の授賞式ですね」
「ああ、あれか」
「例の宝石を落札した女優がノミネートされているらしいですよ」
「へぇ、それは知らなかった」
「あの宝石をつけてきますかね」
「そのために落札したのならつけて来るだろ」
「楽しみです」
他愛もない話の中にも『女神の涙盗難事件』が入ってくる。
藤田の頭の中にも消せない何かが残っているのだろう。
「なあ、小百合の実家を調べてみてくれないか?」
「了解です」
藤田が嬉しそうな顔をした。
伊藤を署に下ろし、藤田はそのまま走り去る。
おそらく先ほどの任務を遂行するのだろう。
そう思った伊藤は、田坂について調べ直そうと考えながら建物に入った。
資料室に向かった伊藤は、一番奥にある書架に迷いなく進んだ。
そこには現在も存続しているものから、すでに没落しその名前さえ消えた『貴族・華族名鑑』が収蔵されている。
黒くて分厚い表紙で綴じられたそれは、上中下の三巻で構成されており、今回の事件を調べるために紐解くまでは、課長でさえその存在を知らなかったほどの化石のような資料だ。
書架の前に立った伊藤は迷わず名鑑の中巻を取り出す。
もう何度も開いたであろうそのページには、藤田が栞代わりに挟んだ蕎麦屋のレシートがあり、自分でも気付かないうちに緊張していた伊藤の肩の力を程よく抜いてくれた。
「あの味と盛りでこの値段は安いよな」
伊藤はそう呟きながら、レシートを机に置いて資料を広げた。
烏丸分家
東京市麻布区西麻布〇〇番地
初代当主 佑也(すけなり) 1903年 病没
妻 幾女 弥生 美晴
次代当主 具也(ともなり) 1937年 戦没
妻 稲実 通子
三代当主 信也(のぶなり) 1968年 自死
妻 小百合
伊藤は右手で額を押さえ背もたれに寄りかかる。
「そうだよな、この時代は側室がいるなんて普通だったから、記録にも残っているんだよな」
妻の名前の後には何人かの子の名前もあったが、その記載行数の多さは初代までで、次代になると極端に減っている。
小夜子の両親である三代目ともなれば、妻は正妻のみで子は二人だ。
おそらく豪奢を極めた暮らしをしていたのは初代のみで、次代から徐々に斜陽が始まっていたのだろう事は想像に難くない。
「結局のところ信也の代で終わったってことか。それにしても同世代の当主の死因って自死が多いなぁ……これも時代か」
自分が生まれるずっと以前の事ではあるが、華族家当主が自死を選ぶしか無かった時代があったということに、伊藤の心は沈んだ。
「それにしても男尊女卑も甚だしいな。当主は死因まで書いてあるのに妻は名前しか載せられないんだもんなぁ……名前しか……そうか、名前しか載らないってことは、いつ死んだかなんて調べられることもないんだ」
伊藤は藤田が整理しているノートに手を伸ばした。
そこには小百合の戸籍謄本の写しが貼り付けられている。
1975年 長女小夜子 死亡届提出 受理 と間違いなく記載されていた。
「しかし墓石には1980年……この5年に何が隠れている?」
伊藤の問いに答えてくれる者はいない。
ひとつ溜息を吐いた伊藤は、気を取り直して目次ページを開いて、丹念に指でたどった。
「うん、やっぱり田坂の名は無いな。ということは田坂は一般市民ということだ」
ふと思いついて斉藤と山本と山中の名前も探したが、それらしいものは見当たらない。
「そう上手くはいかないか……」
時計を見ると午後四時を回っている。
そろそろ藤田が戻る頃だと考えていたら、資料室のドアがガラリと音を立てた。
「帰りました」
「ご苦労さん」
伊藤の声に藤田がニヤッと笑ってみせた。
「お前と以心伝心とか全然嬉しくないんだけど」
意味が解らない伊藤の言葉に、藤田が不思議そうな顔をした。
「ありましたよ。繋がりが」
伊藤が目を見開いた。
3
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
どんでん返し
あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~
ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが…
(「薪」より)
失った記憶が戻り、失ってからの記憶を失った私の話
本見りん
ミステリー
交通事故に遭った沙良が目を覚ますと、そこには婚約者の拓人が居た。
一年前の交通事故で沙良は記憶を失い、今は彼と結婚しているという。
しかし今の沙良にはこの一年の記憶がない。
そして、彼女が記憶を失う交通事故の前に見たものは……。
『○曜○イド劇場』風、ミステリーとサスペンスです。
最後のやり取りはお約束の断崖絶壁の海に行きたかったのですが、海の公園辺りになっています。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる