消された過去と消えた宝石

志波 連

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25 水面下での継続

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 署に戻るとすぐに課長に呼ばれた。
 飄々とした顔で課長が口を開く。

「書類手続きも終わった。斉藤邸宝石盗難事件はこれにて終了だ。ご苦労さん」

 伊藤が不服そうな顔で頷いた。

「まあ思うところはあるだろうが、仕方がない。今のところはこれといった大きなヤマもないし、少しゆっくりすればいいさ」

「はい……」

 伊藤と藤田が自席に戻る。
 その姿を目で追いながら、課長が独り言のように言った。

「そうだ、これを渡すから報告書を頼む。取り下げだから報告書は簡単でいいぞ」

 藤田が立ち上がって課長から書類を受け取った。
 簡単でいいという割に、随分な紙量だ。

「マジかよ……」

 藤田の机に置かれたファイルを一冊手に取った伊藤は、その一頁目の題に目を見開く。
 そこには『烏丸家の没落と離散』と書かれていた。
 急いで課長に目を向けると、肩を竦めるだけで何も言わない。
 それから数日、伊藤と藤田は渡された書類を読むことに専念する日々を送った。

「烏丸家って正真正銘の名家だったんですね」

 藤田の言葉に伊藤が頷く。

「ああ、終戦時で十五歳、そのまま進学して二十三で結婚か……相手の小百合も元華族なんだな。まあここまではオープン情報だが……政略か?」

「あの頃のことですから、政略とまで言わなくても見合いでしょうね。それとも許嫁とか? 華族社会ならありそうだ」

「小百合の実家は早くに没落しているな」

「例の東京大空襲で全滅してますね。学童疎開していた小百合だけが生き残ったのですね」

「それも惨い話だよな。それで十六で結婚か。烏丸家で引き取ったということは親戚筋?」

「信也とはハトコです」

「では最初から信也の嫁として引き取ったってことだな。信也の父親は?」

「戦死してます。母親は結婚後に結核で亡くなってます」

「小夜子の養母は烏丸家のメイドだったみたいですね」

「田坂の嫁が? その縁で引き取ったのかな」

「でも田坂たちの結婚は烏丸信也の結婚の前年ですから、それほどの縁はないですよね」

「そうだな。そこから田坂と烏丸が繋がった?」

 藤田が顎に手を当てた。

「いや、逆かもしれません。田坂と烏丸が知り合いで、家に行くうちにメイドを見染めた?」

「なるほど。そうなると田坂と烏丸はどこで……ああ、斉藤が引き合わせたのか」

「烏丸家の没落は斉藤の誘いからですもんね」

「斎藤と烏丸の接点が見えんな……」

 新しいファイルに手を伸ばしながら伊藤が言う。

「山本っていつから個人病院開いたんだっけ?」

 藤田が手帳を捲りながら答える。

「えぇっと……三十二歳の時ですから、1953年ですね……烏丸が結婚した年だ」

「偶然かな……山中は?」

「その年ならまだ学生です。四年じゃないかな?」

「大学はどこだ?」

「ちょっと待ってくださいね……」

 藤田が忙しなく手帳をめくる。

「あっ……烏丸と同じですよ。山中ってお坊ちゃんなのですかね。この学校を普通に選ぶってそう言う家庭でしょう?」

「そうとは限らんだろう? その年なら一般に開放されてすぐのころだ。余程優秀なら推薦という道もあったはずだ」

「調べます?」

「ああ、頼む」

 藤田が手帳の新しいページに書き込んだ。

「となると山中が烏丸と知り合いで、斉藤に拾われた山中が烏丸を紹介した線ですかね」

「その可能性もあるな。烏丸の方がひとつ上だろ?卒業しても接点があったのか?」

「どうでしょうね。烏丸の結婚時はまだ学生だったから……翌年となると長男誕生ですよね。出産祝いを買いに行ったデパートに行って再会とか?」

 伊藤がパッと顔を上げた。

「お前……冴えてるな」

 藤田が嬉しそうに笑う。
 伊藤が続けた。

「長男の出産祝いを購入するために日本橋のデパートに行った烏丸信也が、大学時代の後輩に再会した。後輩の成績になるならと考えるのはごく普通のことだ。もしかしたらその時斉藤も来ていたのかもしれない。そして二人は知り合いになる……でもなぜ斉藤は烏丸をターゲットに選んだ?」

「もしかすると烏丸が華族だということを知って?」

「そいつはどうかな……あの頃なんて没落しかけの華族はゴロゴロしてただろ」

「では烏丸が斉藤の欲するものを持っていたとか?」

「飛ぶ鳥落とすほどの男が欲するもの……地位では無いな。没落前なら家系でもない……とすると……小百合か!」

「ああ、小夜子さんも儚げな美人ですもんね。その母親なら似ていたはずだ」

「妻をとるために夫は邪魔……そんな単純かな……」

「それほどの価値があったのかもしれませんよ? 例えば……超好みの女優に似てたとか」

 二人は声を出して笑った。

「斉藤ならその女優本人を手に入れるくらい朝飯前だったろうぜ?」

「そうですよね……」

 藤田は今朝から何杯目かわからないインスタントコーヒーを淹れるために立ち上がった。
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