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18 葬儀
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疲れ切った顔の山中に伊藤が声を掛ける。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
「大丈夫とは言い難いですね。まさかこれほど早く旦那様が……」
山中が唇を嚙んだ。
「今朝ですか?」
「ええ、新聞記事をご覧になって。刑事さんたちもそれで来られたのでしょう?」
課長がキッパリと言った。
「そうです。斉藤邸から盗まれた宝石がオークションで落札されました。あれが盗品だとするとオークション自体が無効になります。確定させないといけません」
「盗難届は提出していますよね? それだけではダメなのですか?」
伊藤が口を挟んだ。
「はっきり申し上げて、鑑定書があるだけでは所有していたという証明にはならないのです。それに売買されたオークションも世界的にも有名なものですよね? それなりのウラはとってからセリに出しているはずです」
「それはそうでしょうが、本当にあったものはあったとしか言いようがないですよ」
再び課長が声を出した。
「それも含めて担当者が確認をとっています。ところで斉藤さんのご葬儀は?」
「本人の意志で家族葬です。新聞にも死亡記事は載せません」
「そうですか。では明日が通夜ということですね」
「ええ……ここで執り行います」
課長が頷いて伊藤に目配せをする。
「今日のところはこれで失礼します。明日の通夜には顔を出させていただきますので」
「そうですか。奥様には私からお伝えしておきましょう」
刑事たちはそのまま斉藤邸を後にした。
正規に開催されたオークションで盗品が扱われたとなると、大きなスキャンダルだ。
しかも出品者はシンガポール在住の日系中国人で、落札者はハリウッド女優ときている。
「こりゃあ慎重に動かんと拙いぞ」
パトカーの中で誰に言うともなく課長が呟いた。
そして数日、斉藤の通夜も葬儀も恙なく終わった。
誰にも知らせないと言っていた山中の言葉通り、参列者は少なかったが、その顔ぶれにはさすがの伊藤も驚きを隠せなかった。
藤田が小さな声で言う。
「あれって経団連の……」
「ああ、そうだな」
「おっ! 今度は与党の重鎮だ」
「……」
「あれは……」
「藤田、少し口を閉じておけ」
伊藤が注意すると、藤田は肩を竦めた。
門扉から玄関まで距離があるせいで、覗かない限りここで何が行われているのかわからないだろう。
時折吹き抜ける風に葉桜がザワザワと音を立てる。
「巨星墜つ……か」
課長が空を見上げながら呟いた。
場違いなほど煌びやかな緋色の袈裟を纏った僧侶が出てきた。
黒塗りのハイヤーは斉藤家が用意したものだろう。
「何宗ですかね」
藤田の言葉に伊藤が顔を上げる。
「知らんが……そう言えばお前ってボロブドゥール寺院って知ってる?」
「ボロブド? なんですかそれ」
「インドネシアにあるなんか凄い寺院らしいぞ。倒れる前の斎藤と山本が毎年行ってたんだとさ。倒れてからは山本一人でも行っていたらしい。何があるんだろうな」
藤田がニヤッと笑う。
「出張申請してみます?」
「却下だ」
間髪入れず課長が声を出した。
「行かんでも調べることはできるだろうが。まずは図書館に行け」
「はぁい」
そうだ、行く必要はない。
しかし、宝石窃盗事件だというのに何度も『インドネシア』という言葉が出てくるのが引っかかる。
毎年必ず行くだと?
なぜだ?
伊藤の思考を遮るように小夜子の声がした。
「ご参列いただきありがとうございました」
三人の刑事は神妙な顔で頭を下げる。
「これから焼き場に行きまして、四十九日法要まで全て済ませる予定です」
課長が驚いた顔をする。
「四十九日もですか……そうですか」
「ええ、生前からそう指示をされていましたのでそのように。会食もいたしませんし、ご厚志は全て寄付をいたします。今日で全て終わりですわ」
三人は何も言わず、小夜子が投げた視線の先を追った。
花が散れば忘れ去られる桜木と、栄華を極めた男の人生が重なる。
「全て終わり……ですか……」
伊藤の声は誰にも届かなかった。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
「大丈夫とは言い難いですね。まさかこれほど早く旦那様が……」
山中が唇を嚙んだ。
「今朝ですか?」
「ええ、新聞記事をご覧になって。刑事さんたちもそれで来られたのでしょう?」
課長がキッパリと言った。
「そうです。斉藤邸から盗まれた宝石がオークションで落札されました。あれが盗品だとするとオークション自体が無効になります。確定させないといけません」
「盗難届は提出していますよね? それだけではダメなのですか?」
伊藤が口を挟んだ。
「はっきり申し上げて、鑑定書があるだけでは所有していたという証明にはならないのです。それに売買されたオークションも世界的にも有名なものですよね? それなりのウラはとってからセリに出しているはずです」
「それはそうでしょうが、本当にあったものはあったとしか言いようがないですよ」
再び課長が声を出した。
「それも含めて担当者が確認をとっています。ところで斉藤さんのご葬儀は?」
「本人の意志で家族葬です。新聞にも死亡記事は載せません」
「そうですか。では明日が通夜ということですね」
「ええ……ここで執り行います」
課長が頷いて伊藤に目配せをする。
「今日のところはこれで失礼します。明日の通夜には顔を出させていただきますので」
「そうですか。奥様には私からお伝えしておきましょう」
刑事たちはそのまま斉藤邸を後にした。
正規に開催されたオークションで盗品が扱われたとなると、大きなスキャンダルだ。
しかも出品者はシンガポール在住の日系中国人で、落札者はハリウッド女優ときている。
「こりゃあ慎重に動かんと拙いぞ」
パトカーの中で誰に言うともなく課長が呟いた。
そして数日、斉藤の通夜も葬儀も恙なく終わった。
誰にも知らせないと言っていた山中の言葉通り、参列者は少なかったが、その顔ぶれにはさすがの伊藤も驚きを隠せなかった。
藤田が小さな声で言う。
「あれって経団連の……」
「ああ、そうだな」
「おっ! 今度は与党の重鎮だ」
「……」
「あれは……」
「藤田、少し口を閉じておけ」
伊藤が注意すると、藤田は肩を竦めた。
門扉から玄関まで距離があるせいで、覗かない限りここで何が行われているのかわからないだろう。
時折吹き抜ける風に葉桜がザワザワと音を立てる。
「巨星墜つ……か」
課長が空を見上げながら呟いた。
場違いなほど煌びやかな緋色の袈裟を纏った僧侶が出てきた。
黒塗りのハイヤーは斉藤家が用意したものだろう。
「何宗ですかね」
藤田の言葉に伊藤が顔を上げる。
「知らんが……そう言えばお前ってボロブドゥール寺院って知ってる?」
「ボロブド? なんですかそれ」
「インドネシアにあるなんか凄い寺院らしいぞ。倒れる前の斎藤と山本が毎年行ってたんだとさ。倒れてからは山本一人でも行っていたらしい。何があるんだろうな」
藤田がニヤッと笑う。
「出張申請してみます?」
「却下だ」
間髪入れず課長が声を出した。
「行かんでも調べることはできるだろうが。まずは図書館に行け」
「はぁい」
そうだ、行く必要はない。
しかし、宝石窃盗事件だというのに何度も『インドネシア』という言葉が出てくるのが引っかかる。
毎年必ず行くだと?
なぜだ?
伊藤の思考を遮るように小夜子の声がした。
「ご参列いただきありがとうございました」
三人の刑事は神妙な顔で頭を下げる。
「これから焼き場に行きまして、四十九日法要まで全て済ませる予定です」
課長が驚いた顔をする。
「四十九日もですか……そうですか」
「ええ、生前からそう指示をされていましたのでそのように。会食もいたしませんし、ご厚志は全て寄付をいたします。今日で全て終わりですわ」
三人は何も言わず、小夜子が投げた視線の先を追った。
花が散れば忘れ去られる桜木と、栄華を極めた男の人生が重なる。
「全て終わり……ですか……」
伊藤の声は誰にも届かなかった。
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