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20 三顧之礼
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(さんこのれい=どうしても願いを聞き入れてほしいために礼を尽くす)
リリアがジェラルドの顔を正面から見つめる。
ジェラルドは真っ赤な顔をしてゴクッと唾を飲み込んだ。
「あの、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい! なんでも聞いてください」
「なぜ私にお声を掛けて下さったのでしょうか。私はこの10年の記憶が無く、顔に傷まで負っています。パーシモン侯爵様とは親しくお話をしたこともございません。ですから不思議に思っておりますの」
「あ……ああ、そうですよね……それはそうでしょうとも。えっと……僕の一目惚れなんです」
「でも私が女学生の時は恋人の方が……」
「あっ! えっと……その頃ではなくてですね、最近です」
「最近とおっしゃると? 私は目覚めて半年ですが、その間この屋敷からは一歩も出ておりませんわ。もしかしたら、お人間違い?」
「違います! 間違うはずもない! あなたです。リリア嬢。あなたに心を奪われたのです」
「まあ!」
リリアの兄であるダニエルが助け舟を出した。
「えっと……ああ、あの時か? お前が離婚して、俺に会いに来た時、確かリリアの部屋にいた俺のところに来たんだよな? その時だろ?」
「え? あっ……そうです! その時です。あなたの寝顔を見て恋に落ちたのです」
リリアが眉間に皺を寄せた。
「まあお兄様ったら! 眠っている私をお見せになったの? 酷いわ」
「いや、わざわざ見せたわけでは無いさ。僕がリリアの部屋にいたとき、ジェラルドが偶然来ただけだよ。それに部屋には入れていない。そうだよな?」
「そうですそうです。チラッと扉の所からお見掛けしたんです」
「でも扉からベッドは見えませんでしょう?」
間髪入れず、父親が助っ人として立ち上がった。
「ああ、リリアが眠っている間に家具を移動したんだよ。少しでも太陽の光りを浴びることができるようにしたんだ。最近になってまた元に戻して、その後でお前が目覚めたんだ……そうだったな?」
父親が後ろに控える執事に声を掛けた。
「はい、私どもで家具を移動いたしました」
リリアは少し微笑んだ。
「そうだったのですね。眠ったままでも日光浴ができるようにして下さっていたなんて。本当にご心配をおかけしてしまいました」
「可愛いお前のためだ。何でもするさ」
リリアがニコッと微笑んで父親を見た。
そのリリアを見てジェラルドはだらしない顔になっている。
ダニエルがそんなジェラルドの顔に、角砂糖を投げた。
「痛てっ!」
ダニエルが声に出さずに言う。
(早く口説け)
ジェラルドはリリアの前に跪いた。
「リリア嬢、私の気持ちが信用できないと思われるのは仕方がありません。でも本当の気持ちなのです。私は心からあなたを愛している。生涯を共にしたいのはあなただけだ。あなたでなければ僕の人生は真っ暗なんだ……。好きだ。好きなんだよリリア……嬢」
熱烈な告白に、その場にいる全員が安堵の息を漏らす。
「まあ! こんな私のためにそのように言ってくださるなんて感激いたしましたわ。ありがとうございます、パーシモン侯爵様」
「どうぞジェラルドとお呼びください」
「では、ジェラルド様と。私のことはリリアとお呼び下さいませね」
「ありがたき幸せです。ああ……本当に幸せだ……リリア」
「はい」
「リリア」
「はい、ジェラルド様」
ジェラルドが再び涙ぐんだ。
ダニエルが咳ばらいをしながら口を開く。
「リリア、子供のことをもう少し聞いた方が良くないかい?」
「そうね、もしジェラルド様と婚姻を結ぶなら、ジェラルド様のお子様とは親子という関係ですものね。その結婚に関してお子様たちはどのように言っておられますの?」
リリアの顔に見惚れていたジェラルドが慌てて言う。
「子供たちはもろ手を挙げて賛成しています。むしろもっと早くしろとせっつかれていました。娘など……マーガレットと言うのですが、毎日泣いて訴えるのです。早くお母様に会いたいと。ああ、この場合のお母様というのは新しいお母様という意味で、リリアのことを指しています」
「まだ一度もお会いしていないのに、熱望して下さるなんて」
「ははは……ロベルトは……兄の方ですが、その子も早くリリアを迎えるべきだと申しておりました。ですから子供たちも問題ありません」
「そうですか。義理の親子はなさぬ仲などと申しますでしょう? 少し心配でしたの」
ジェラルドが立ち上がった。
「ご心配には及びません! むしろ一日でも早く私の妻として、そして子供たちの母としてパーシモン侯爵家に来ていただきたい! ぜひそうして欲しい! リリア! お願いだ! 頷いてくれ。リリアがいないと仕事も手につかないんだ……リリア……」
ダニエルも立ち上がった。
「ジェラルド、気持ちはわかるが焦り過ぎだ。そこまで妹のことを思ってくれるのは本当に感心する。個人的には言いたいことは山ほどあるが、子供のことを考えると、確かに早い方が良いとは思う」
「あっ……すまん。興奮してしまった」
リリアの母親が扇で口を隠しながら言った。
「結婚式は? どうするつもりなの? 女にとっては一生に一度の晴れ舞台ですわ」
父親と兄が同時に呟いた。
「一生に一度って……」
母親はそんな二人を無視して、ジェラルドに視線を投げた。
リリアがジェラルドの顔を正面から見つめる。
ジェラルドは真っ赤な顔をしてゴクッと唾を飲み込んだ。
「あの、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい! なんでも聞いてください」
「なぜ私にお声を掛けて下さったのでしょうか。私はこの10年の記憶が無く、顔に傷まで負っています。パーシモン侯爵様とは親しくお話をしたこともございません。ですから不思議に思っておりますの」
「あ……ああ、そうですよね……それはそうでしょうとも。えっと……僕の一目惚れなんです」
「でも私が女学生の時は恋人の方が……」
「あっ! えっと……その頃ではなくてですね、最近です」
「最近とおっしゃると? 私は目覚めて半年ですが、その間この屋敷からは一歩も出ておりませんわ。もしかしたら、お人間違い?」
「違います! 間違うはずもない! あなたです。リリア嬢。あなたに心を奪われたのです」
「まあ!」
リリアの兄であるダニエルが助け舟を出した。
「えっと……ああ、あの時か? お前が離婚して、俺に会いに来た時、確かリリアの部屋にいた俺のところに来たんだよな? その時だろ?」
「え? あっ……そうです! その時です。あなたの寝顔を見て恋に落ちたのです」
リリアが眉間に皺を寄せた。
「まあお兄様ったら! 眠っている私をお見せになったの? 酷いわ」
「いや、わざわざ見せたわけでは無いさ。僕がリリアの部屋にいたとき、ジェラルドが偶然来ただけだよ。それに部屋には入れていない。そうだよな?」
「そうですそうです。チラッと扉の所からお見掛けしたんです」
「でも扉からベッドは見えませんでしょう?」
間髪入れず、父親が助っ人として立ち上がった。
「ああ、リリアが眠っている間に家具を移動したんだよ。少しでも太陽の光りを浴びることができるようにしたんだ。最近になってまた元に戻して、その後でお前が目覚めたんだ……そうだったな?」
父親が後ろに控える執事に声を掛けた。
「はい、私どもで家具を移動いたしました」
リリアは少し微笑んだ。
「そうだったのですね。眠ったままでも日光浴ができるようにして下さっていたなんて。本当にご心配をおかけしてしまいました」
「可愛いお前のためだ。何でもするさ」
リリアがニコッと微笑んで父親を見た。
そのリリアを見てジェラルドはだらしない顔になっている。
ダニエルがそんなジェラルドの顔に、角砂糖を投げた。
「痛てっ!」
ダニエルが声に出さずに言う。
(早く口説け)
ジェラルドはリリアの前に跪いた。
「リリア嬢、私の気持ちが信用できないと思われるのは仕方がありません。でも本当の気持ちなのです。私は心からあなたを愛している。生涯を共にしたいのはあなただけだ。あなたでなければ僕の人生は真っ暗なんだ……。好きだ。好きなんだよリリア……嬢」
熱烈な告白に、その場にいる全員が安堵の息を漏らす。
「まあ! こんな私のためにそのように言ってくださるなんて感激いたしましたわ。ありがとうございます、パーシモン侯爵様」
「どうぞジェラルドとお呼びください」
「では、ジェラルド様と。私のことはリリアとお呼び下さいませね」
「ありがたき幸せです。ああ……本当に幸せだ……リリア」
「はい」
「リリア」
「はい、ジェラルド様」
ジェラルドが再び涙ぐんだ。
ダニエルが咳ばらいをしながら口を開く。
「リリア、子供のことをもう少し聞いた方が良くないかい?」
「そうね、もしジェラルド様と婚姻を結ぶなら、ジェラルド様のお子様とは親子という関係ですものね。その結婚に関してお子様たちはどのように言っておられますの?」
リリアの顔に見惚れていたジェラルドが慌てて言う。
「子供たちはもろ手を挙げて賛成しています。むしろもっと早くしろとせっつかれていました。娘など……マーガレットと言うのですが、毎日泣いて訴えるのです。早くお母様に会いたいと。ああ、この場合のお母様というのは新しいお母様という意味で、リリアのことを指しています」
「まだ一度もお会いしていないのに、熱望して下さるなんて」
「ははは……ロベルトは……兄の方ですが、その子も早くリリアを迎えるべきだと申しておりました。ですから子供たちも問題ありません」
「そうですか。義理の親子はなさぬ仲などと申しますでしょう? 少し心配でしたの」
ジェラルドが立ち上がった。
「ご心配には及びません! むしろ一日でも早く私の妻として、そして子供たちの母としてパーシモン侯爵家に来ていただきたい! ぜひそうして欲しい! リリア! お願いだ! 頷いてくれ。リリアがいないと仕事も手につかないんだ……リリア……」
ダニエルも立ち上がった。
「ジェラルド、気持ちはわかるが焦り過ぎだ。そこまで妹のことを思ってくれるのは本当に感心する。個人的には言いたいことは山ほどあるが、子供のことを考えると、確かに早い方が良いとは思う」
「あっ……すまん。興奮してしまった」
リリアの母親が扇で口を隠しながら言った。
「結婚式は? どうするつもりなの? 女にとっては一生に一度の晴れ舞台ですわ」
父親と兄が同時に呟いた。
「一生に一度って……」
母親はそんな二人を無視して、ジェラルドに視線を投げた。
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