壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連

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12 悔悟残集

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 (かいござんしゅう=過去の過ちを激しく悔やむ)

 ジェラルドは、家令の言葉に小さく頷いて、卒業式の夜からのことを全て告白した。
 言葉を挟まずじっと聞いていた家令は、話し終えたジェラルドの肩に手を置いた。

「災難でしたね。でも私が若旦那様の立場でも同じようにしたと思いますよ。知られないうちに闇に葬った方がいいと考えたはずです。マーガレットお嬢様のことは予想外でしたが」

「ああ、あれには本当に驚いた。しかも欲しかったお兄様だとか言って簡単に懐いてしまってさぁ。まあロベルトが本当に心の優しい子だったからかもしれないが」

「お優しい方なのですか。今回のことではさぞ傷つかれたことでしょうね」

「ああ、僕の家族のために苦渋の決断をしたあの子に、本当に辛い思いをさせてしまった」

「明日もお尋ねになるのですか?」

「ああ、そのつもりだ。というか、会ってくれるまで行くさ」

「では私も心を鬼にして世間一般からはどう見えるのかをお話ししましょう。先ほど私が若旦那様に寄り添った言葉を発しましたのは、幼き頃よりあなた様と共に育ち、あなた様の性格をよく存じているからです。でも世間は違います」

「そうだな」

「ここから先の私の言葉で、不敬だ! 我慢ならん! と思われたなら、どうぞお手打ちでも解雇でもなさってください。ではいきますよ。言葉遣いが荒くなることをあらかじめご了承ください」

「ああ、よろしく頼む」

「ジェラルド! お前はバカなんじゃないか? 世間を舐めるのもいい加減にしろ! 不貞をしていないだと? 自分の最愛に秘密を作った時点で不貞なんだよ! なぜもっと妻を信用しない? 確かに不運だろう。 学生生活最後の日の、二度と会うことがない恋人を抱くなんてことはよくあるさ。だって恋人だったんだ。抱きたい気持ちを押さえていたのに、抱いてくれって言われたら、そりゃやるさ。俺だったら朝までヤリまくっただろうね。そこは同情できる。まあ誘った女の貞操観念は疑うが、ヤリ逃げ出来るんだ。そりゃヤルさ」

「お……おい……」

「でもな、なぜ中でイッた? バカか? それとも初めてだったのか? 夢中になったか? 卒業式の日にそんな事を期待して避妊具を隠し持っているようなクズじゃなかっただけでも救われるが、考えが足りないんだよ! もっと先を読んで行動していれば、こんなことにはならなかったんだ!」

「仰せの通りです……」

「まあそこまでは千歩譲って、気持ちもわかるって事にしてやろう。問題はその後だ!お前も女も自分の事しか考えていない! そこは反省しろ!」

「はい……」

「なぜすぐに相談しなかった? 自分の裁量で何とかなると思ったか? 無理だろ。冷静に考えて無理だろ。甘いんだよ! リリア様の度量を舐めるな! 縦しんばリリア様が若気の至りの結果に我慢できず、離婚を切り出すなら仕方がないと思えよ! そしてその女と息子を迎えろよ! それがお前にできた最善の策だったんだ! 無駄にその子供を傷つけ、最愛の妻を傷つけて、娘を傷つけて! それがお前の実力だ! 自分の実力も把握できていない奴が外交とかほざいてんじゃねえよ!」

「っぐ……」

「挙句の果てに旅行だと? 部屋を変えれば不貞じゃないだと? 呆れて臍で茶が沸かせるぞ?しかし、俺が一番怒っているのは娘にだ。マーガレットにだ!」

「あの子は……」

「娘がどういう気持ちでやらかしたのかなんてわからないし、知りたくもない! でもな、娘に裏切られたと分かった瞬間の絶望なら想像できる。おそらく俺の想像の一万倍は傷ついただろさ。お前ってそれさえも解ってないんだろう?だから会いたいなんて抜かすんだ。
だからバカだって言うんだ! ジェラルド!」

「……」

 ジェラルドは拳を握り、ただ黙って泣いた。
 乳兄弟として兄として信頼している執事の言葉にぐうの音も出ない。

「俺もお前と同じほどバカだ。お前と娘の楽しそうな姿に疑いも持たなかった。あんな小銭が欲しかった訳じゃない。それは他の使用人も同じさ。お前たちの楽しそうな秘密ごっこに付き合ったんだ。お前を心から信頼していた。リリア様にも誠心誠意お仕えした。だから裏を取らなかった……執事として失格だ」

 執事はずっと泣いていた。
 話し始めてからずっと、その顔は涙と鼻水でぐちょぐちょだ。

「ここまで言っても、また行くんだろ? まあ無駄とは思うが他にできることも無いしな。止めはしない。しかし明日が最後だ。明日ダメならお前を殴ってでも連れて帰る!」

 さあ殺せ~と喚く執事に抱きついて、ジェラルドは子供のように泣きじゃくった。
 そして次の日の朝、ジェラルドは再びアネックス邸を訪問した。

「えっ! どういうことですか!」

「ですから、昨夜遅くにお帰りになったのです。皇太子妃殿下とパーシモン侯爵夫人は、すでにこの屋敷にはおられません」

「そんな……」

 門は固く閉ざされてままだ。
 結局ジェラルドは一歩も敷地内に足を踏み入れることはできなかった。
 宿に引き払い、家令を伴ってすぐに王都に戻った。
 屋敷に入るなりマーガレットの部屋に向かう。

「マーガレット!」

「お父様、お母様は? お母様はご一緒ではないの?」

「ああ、お母様も王都に向っていると聞いたから帰ってきたんだ」

「今日お帰りになるのね?」

「……」

 父娘はしっかりと抱き合い、母の帰りをじっと待った。
 しかしリリアは帰ってこない。
 次の日も、その次の日も手紙の一つも届かなかった。
 そしてマーガレットは再び食事をとらなくなった。
 無理やり飲ませようとしないと水さえ口にしないマーガレット。
 困ったジェラルドはマーガレットに言い聞かせ、一人王宮に向かった。
 幸い皇太子はジェラルドと同学年で、学園時代からの友人だ。
 面会申請もすんなり通り、皇太子の昼食時間に会うことができた。

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