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9 因果応報
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(いんがおうほう=己の所業に見合う報いを受ける)
「見て! お兄様。お花があんなにたくさん咲いてるわ」
馬車の中でマーガレットが燥いでいる。
「ダメだよ、マーガレット。立ち上がっては危ないから」
窓を開けてもらって身を乗り出そうとする妹の腰を、後ろからしっかりと支える兄。
それを微笑ましく見守る仲睦まじい夫婦。
誰がどう見てもそう見える状況だ。
「もうどうにもならないのよね」
「ああ、申し訳ないがどうしようも無い」
「あんなに嬉しそうなマーガレットちゃんと楽しそうなロベルトも、もう会うことも無いのよね」
「そうだね。それがお互いのためだ」
「ふふふ、あなたのためでしょう?」
「僕だけの……。うん、そうかもしれないね。いや、その通りだ。君にだけ責任を押し付ける形になってしまって申し訳ない」
「それは仕方がないわ。でもロベルトを手放すなんて……」
バネッサが涙を浮かべる。
ジェラルドは慰める言葉も無く、黙り込むしかなかった。
「お母様もお父様も、そんな顔はしないでください。今日と明日は楽しむのでしょう?」
「ああ、そうだった。たくさん楽しもう。おいしいものをお腹いっぱい食べて、きれいな景色をたくさん見ような」
「はい、お父様。僕はその思い出さえあれば大丈夫です」
「ロベルト……」
しんみりとした空気を一掃するようにマーガレットが言った。
「お腹が空いたわ」
「ああ、着いたらすぐにランチにしようね」
馬車は軽快に進み、目的地であるルモントンホテルに到着した。
コンシェルジュに予約させたお勧めのカフェで軽食をとり、観光地として名高いアネックスの街を散策する。
マーガレットはロベルトの手を離さず、ジェラルドは二人から目を離さないようにするので忙しい。
こんなに楽しいのなら今度はリリアを連れて来ようとジェラルドは考えた。
「ねえお父様、これが欲しいの」
マーガレットがキラキラした石がついているペンダントを指さしている。
店の主人だろうか、年配の女性が出てきてにこやかに言った。
「お嬢さん、お目が高いね。これを身に着けていると願いが叶うと言われている石なんですよ。ご兄妹ですね? よく似ているからすぐにわかりましたよ。お揃いでいかがです?」
マーガレットは石に負けないほど目を輝かせて、ジェラルドを見上げた。
「はいはい、わかったよ。好きなのを選びなさい。ロベルトも付き合ってやってくれ」
二人はお互いの石を選び合った。
マーガレットはピンク、ロベルトはスカイブルーに決まった。
「今日のディナーにはこれを着けて行きましょうね、お兄様」
「うん、そうしよう」
楽しい時間はあっという間に過ぎ、夕食の時間になった。
バネッサが用意したお揃いの上着を着て、手を繋いで歩く兄妹の胸には、今日買ったペンダントが光っている。
テーブルを囲んだ4人の前には、次々と豪華な料理が運ばれてきた。
マナー教師をしているバネッサの息子だけあって、ロベルトの所作は美しい。
ジェラルドとバネッサはワインを、子供たちはケーキを楽しんでいた時、テーブルの上がスッと陰った。
「まあ! なんて素敵なご家族かしら。お子様二人はお父様にそっくりですのね。それにお母様のお色の衣装もよく似合っているわ」
ジェラルドが顔を上げると、そこには皇太子妃の冷たい笑顔が待っていた。
「えっ!」
ジェラルドが言葉を失っている間に、皇太子妃がバネッサに声を掛けた。
「優しそうなご主人ですこと」
戸惑いながらバネッサが曖昧な返事を返す。
「ええ……お陰様で」
皇太子妃は並んで座る子供たちの方に顔を向けた。
「あなたは? ご長男かしら?」
ロベルトは言葉にせず小さく頷く。
「そう、賢そうな子ね。ところでお嬢ちゃん、私のことは覚えていない?」
マーガレットは首を傾げて、無遠慮に皇太子妃を見た。
「ああ、わからないかもね。いつもとはぜんぜん違う格好だし。そちらはお兄様かしら?」
「はい、お兄様です」
ジェラルドが慌てて口を開く。
「マーガレット! 少し黙りなさい」
肩で息をしながら立ち上がったジェラルドが皇太子妃に言った。
「ご旅行中では無かったのですか? 確か離宮に行かれると聞いていましたが」
「ええ、友人が庭園を改装したというから見に行こうということになって、急遽目的地を変更してこちらに来たの。彼女のところのシェフもなかなかの腕だったけれど、こちらのホテルもお勧めだというから来てみたのだけれど……。パーシモン卿はなぜこちらに?」
「うっ……それは……」
ジェラルドは皇太子妃を恐々と見た。
皇太子妃の後ろの少し離れたテーブルに、友人に支えられながら立ち竦むリリアの姿があった。
呆然とこちらを見ているリリアの顔は真っ青だった。
「あっ! お母様!」
マーガレットが母親に駆け寄ろうと席を立った時、皇太子妃の鋭い声が響いた。
「止まりなさい! あなたも同罪よ」
マーガレットは気おされて体を震わせた。
ロベルトが駆け寄り、マーガレットの肩を抱いた。
「どうぞ楽しいお食事の続きを。お邪魔しましたわね」
立ち去ろうとする皇太子妃を追ってジェラルドが腕を伸ばす。
皇太子妃が扇を振ると、たちまち護衛が現れて、ジェラルドの体を押さえた。
「待ってくれ! リリア! 誤解だ! 話を聞いてくれ!」
リリアは涙をぽろぽろと流しながらジェラルドを呆然と見ている。
「違うんだリリア。頼むよ、僕の話を……」
腕を掴まれ動けないジェラルドの前からリリアが去って行く。
リリアに寄り添う友人が、ジェラルドを睨みつけた。
皇太子妃はリリアの横に並び、もう二度と振り返ることもなく、レストランを後にした。
「リリア! リリア! リリア!」
レストランの中に、ジェラルドの声だけが響いていた。
「見て! お兄様。お花があんなにたくさん咲いてるわ」
馬車の中でマーガレットが燥いでいる。
「ダメだよ、マーガレット。立ち上がっては危ないから」
窓を開けてもらって身を乗り出そうとする妹の腰を、後ろからしっかりと支える兄。
それを微笑ましく見守る仲睦まじい夫婦。
誰がどう見てもそう見える状況だ。
「もうどうにもならないのよね」
「ああ、申し訳ないがどうしようも無い」
「あんなに嬉しそうなマーガレットちゃんと楽しそうなロベルトも、もう会うことも無いのよね」
「そうだね。それがお互いのためだ」
「ふふふ、あなたのためでしょう?」
「僕だけの……。うん、そうかもしれないね。いや、その通りだ。君にだけ責任を押し付ける形になってしまって申し訳ない」
「それは仕方がないわ。でもロベルトを手放すなんて……」
バネッサが涙を浮かべる。
ジェラルドは慰める言葉も無く、黙り込むしかなかった。
「お母様もお父様も、そんな顔はしないでください。今日と明日は楽しむのでしょう?」
「ああ、そうだった。たくさん楽しもう。おいしいものをお腹いっぱい食べて、きれいな景色をたくさん見ような」
「はい、お父様。僕はその思い出さえあれば大丈夫です」
「ロベルト……」
しんみりとした空気を一掃するようにマーガレットが言った。
「お腹が空いたわ」
「ああ、着いたらすぐにランチにしようね」
馬車は軽快に進み、目的地であるルモントンホテルに到着した。
コンシェルジュに予約させたお勧めのカフェで軽食をとり、観光地として名高いアネックスの街を散策する。
マーガレットはロベルトの手を離さず、ジェラルドは二人から目を離さないようにするので忙しい。
こんなに楽しいのなら今度はリリアを連れて来ようとジェラルドは考えた。
「ねえお父様、これが欲しいの」
マーガレットがキラキラした石がついているペンダントを指さしている。
店の主人だろうか、年配の女性が出てきてにこやかに言った。
「お嬢さん、お目が高いね。これを身に着けていると願いが叶うと言われている石なんですよ。ご兄妹ですね? よく似ているからすぐにわかりましたよ。お揃いでいかがです?」
マーガレットは石に負けないほど目を輝かせて、ジェラルドを見上げた。
「はいはい、わかったよ。好きなのを選びなさい。ロベルトも付き合ってやってくれ」
二人はお互いの石を選び合った。
マーガレットはピンク、ロベルトはスカイブルーに決まった。
「今日のディナーにはこれを着けて行きましょうね、お兄様」
「うん、そうしよう」
楽しい時間はあっという間に過ぎ、夕食の時間になった。
バネッサが用意したお揃いの上着を着て、手を繋いで歩く兄妹の胸には、今日買ったペンダントが光っている。
テーブルを囲んだ4人の前には、次々と豪華な料理が運ばれてきた。
マナー教師をしているバネッサの息子だけあって、ロベルトの所作は美しい。
ジェラルドとバネッサはワインを、子供たちはケーキを楽しんでいた時、テーブルの上がスッと陰った。
「まあ! なんて素敵なご家族かしら。お子様二人はお父様にそっくりですのね。それにお母様のお色の衣装もよく似合っているわ」
ジェラルドが顔を上げると、そこには皇太子妃の冷たい笑顔が待っていた。
「えっ!」
ジェラルドが言葉を失っている間に、皇太子妃がバネッサに声を掛けた。
「優しそうなご主人ですこと」
戸惑いながらバネッサが曖昧な返事を返す。
「ええ……お陰様で」
皇太子妃は並んで座る子供たちの方に顔を向けた。
「あなたは? ご長男かしら?」
ロベルトは言葉にせず小さく頷く。
「そう、賢そうな子ね。ところでお嬢ちゃん、私のことは覚えていない?」
マーガレットは首を傾げて、無遠慮に皇太子妃を見た。
「ああ、わからないかもね。いつもとはぜんぜん違う格好だし。そちらはお兄様かしら?」
「はい、お兄様です」
ジェラルドが慌てて口を開く。
「マーガレット! 少し黙りなさい」
肩で息をしながら立ち上がったジェラルドが皇太子妃に言った。
「ご旅行中では無かったのですか? 確か離宮に行かれると聞いていましたが」
「ええ、友人が庭園を改装したというから見に行こうということになって、急遽目的地を変更してこちらに来たの。彼女のところのシェフもなかなかの腕だったけれど、こちらのホテルもお勧めだというから来てみたのだけれど……。パーシモン卿はなぜこちらに?」
「うっ……それは……」
ジェラルドは皇太子妃を恐々と見た。
皇太子妃の後ろの少し離れたテーブルに、友人に支えられながら立ち竦むリリアの姿があった。
呆然とこちらを見ているリリアの顔は真っ青だった。
「あっ! お母様!」
マーガレットが母親に駆け寄ろうと席を立った時、皇太子妃の鋭い声が響いた。
「止まりなさい! あなたも同罪よ」
マーガレットは気おされて体を震わせた。
ロベルトが駆け寄り、マーガレットの肩を抱いた。
「どうぞ楽しいお食事の続きを。お邪魔しましたわね」
立ち去ろうとする皇太子妃を追ってジェラルドが腕を伸ばす。
皇太子妃が扇を振ると、たちまち護衛が現れて、ジェラルドの体を押さえた。
「待ってくれ! リリア! 誤解だ! 話を聞いてくれ!」
リリアは涙をぽろぽろと流しながらジェラルドを呆然と見ている。
「違うんだリリア。頼むよ、僕の話を……」
腕を掴まれ動けないジェラルドの前からリリアが去って行く。
リリアに寄り添う友人が、ジェラルドを睨みつけた。
皇太子妃はリリアの横に並び、もう二度と振り返ることもなく、レストランを後にした。
「リリア! リリア! リリア!」
レストランの中に、ジェラルドの声だけが響いていた。
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