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7 熟慮断行
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(じゅくりょだんこう=深く考えたうえで決心する)
はっきり言ってバネッサのことはどうでも良い。
しかしロベルトは守ってやりたい。
それがジェラルドの本音だ。
(貴族籍を持たなければ、リンガー伯爵も諦めるだろう。ロベルトは貴族学園に入学できなくなるけれど、相応の家庭教師を派遣することでバネッサには納得してもらうしかない。成人したら、僕が推薦人になって王宮官吏試験を受けられるよう皇太子に頼めばいい。優秀な官吏の中には平民もたくさんいるから)
今日こそ告げると決心したジェラルドは、唇を固く引き結んでバネッサの前に座った。
バネッサは疲れ切った顔をしている。
弁護士からもいろいろ言われているのだろうし、マナー教師の仕事も大変なのだろう。
生活費は多少援助しているものの、女一人の稼ぎだ。
楽な生活ではないだろう。
(僕たち二人の責任なのに、君だけが平民として苦労するなんて申し訳ない。援助金を増やすと言えば納得してくれるだろうか)
そんなことを考えているうちに、食事が運ばれてきた。
4人はテーブルを囲み、会えなかった日々の出来事などを話題にした。
食事を終え、窓際のソファーを陣取った子供たちは、仲よく並んで本を広げている。
その姿を無表情で眺めながら、バネッサが口を開いた。
「あなたも強情ね。あの子の将来が心配じゃないの?」
「心配だよ。当たり前だろう?」
二人は睨み合う。
「でも認知には応じないのよね?」
「僕は絶対にリリアとマーガレットを手放したくないんだ。そこで考えたんだけど……」
ジェラルドが意を決して話し始めたとき、ロベルトが側に来た。
「お父様」
「ん? どうした?」
「僕……神官になろうと思います」
「「えっ!」」
ジェラルドとバネッサが同時に声を上げた。
ロベルトは涙をためながらも、悲しそうに笑っている。
「僕の存在が問題なのでしょう? 僕がいなければお父様も苦しまないし、お母様も苦労しないでしょう? 神官なら住み込みだし、勉強も自分で頑張れば続けられる。きっと父上も諦めてくれるよ」
「ロベルト?」
「僕は良いんだ。本当のお父様にも会えたし、マーガレットという可愛い妹もできた。幸せだったよ。リンガー伯爵家では親戚たちがいろいろな噂話を、わざと僕に聞かせるんだ。お母様を悪く言われるのは本当に嫌だった」
「ロベルト……」
バネッサが顔を覆って泣き出した。
「お母様が離婚して、こっちの国に来てからはずっと気が楽だった。たしかに意地悪な子もいたけれどね。神官様が貴族学園に教会推薦して下さると仰ったとき、僕は夢を見てしまったんだ。貴族に戻れるってバカみたいだよね。でも貴族に戻ったらあの家に戻らなくてはいけないって知って、今度は絶望した。どちらかを選ばなくてはいけないなら、僕はあの家には行きたくない。でも貴族にならないと学校にはいけない。そうでしょ?」
ジェラルドがロベルトを抱きしめながら頷いた。
「そうだね。お前にとっては究極の選択だね」
「うん。だから僕はずっと考えていたんだ。お父様に会えて、マーガレットに会えて。本当に嬉しかったんだよ。でも僕はこの幸せを手放さないといけないんだ。お父様とマーガレットが不幸になってしまう。お父様にもマーガレットにも気苦労をさせたくない。それに僕は神官という仕事は……素晴らしいと思っているんだ」
バネッサが顔を上げた。
「でも、でもね、ロベルト。神官になる修行中は家族に会えないのよ? 神官になったとしてもどこの街に行くのかわからないのよ? 嫌よ! あなたと離れて暮らすなんて絶対に嫌よ! そんなこと言わないでちょうだい……ああ、ロベルト……ごめんね……ごめんね」
泣き崩れたバネッサにマーガレットが駆け寄った。
「おば様? お兄様に会えなくなるの? ずっと? ずっと会えないの?」
バネッサは応えず、泣きながら謝罪の言葉を吐き続けている。
母親の姿を悲しい目で見ながらロベルトが再び口を開いた。
「だからお父様。僕は神官になってこの街を出ます。でもお母様のことは時々でいいので気にかけてもらえませんか? もちろんマーガレットのお母様がご不快に思われるなら……」
「ロベルト、君の考えはわかったよ。物凄く考えたんだね。でもね、ひとつだけ間違っているよ。君の存在は迷惑なんかじゃない。そのことは忘れないでくれ」
涙を流しながらジェラルドは言った。
なんという健気さだ。
自分の存在が大人に与える影響を冷静に判断している。
それに比べて僕の心の醜さはどうだ。
恥ずかしい……恥ずかしいが……正直ありがたい。
泣き叫ぶバネッサの手を握り、わけもわからず泣き始めたマーガレット。
母と妹を見詰めて、静かに涙を流すロベルト。
ジェラルドも泣きながら、心の中でロベルトに何度も詫びた。
はっきり言ってバネッサのことはどうでも良い。
しかしロベルトは守ってやりたい。
それがジェラルドの本音だ。
(貴族籍を持たなければ、リンガー伯爵も諦めるだろう。ロベルトは貴族学園に入学できなくなるけれど、相応の家庭教師を派遣することでバネッサには納得してもらうしかない。成人したら、僕が推薦人になって王宮官吏試験を受けられるよう皇太子に頼めばいい。優秀な官吏の中には平民もたくさんいるから)
今日こそ告げると決心したジェラルドは、唇を固く引き結んでバネッサの前に座った。
バネッサは疲れ切った顔をしている。
弁護士からもいろいろ言われているのだろうし、マナー教師の仕事も大変なのだろう。
生活費は多少援助しているものの、女一人の稼ぎだ。
楽な生活ではないだろう。
(僕たち二人の責任なのに、君だけが平民として苦労するなんて申し訳ない。援助金を増やすと言えば納得してくれるだろうか)
そんなことを考えているうちに、食事が運ばれてきた。
4人はテーブルを囲み、会えなかった日々の出来事などを話題にした。
食事を終え、窓際のソファーを陣取った子供たちは、仲よく並んで本を広げている。
その姿を無表情で眺めながら、バネッサが口を開いた。
「あなたも強情ね。あの子の将来が心配じゃないの?」
「心配だよ。当たり前だろう?」
二人は睨み合う。
「でも認知には応じないのよね?」
「僕は絶対にリリアとマーガレットを手放したくないんだ。そこで考えたんだけど……」
ジェラルドが意を決して話し始めたとき、ロベルトが側に来た。
「お父様」
「ん? どうした?」
「僕……神官になろうと思います」
「「えっ!」」
ジェラルドとバネッサが同時に声を上げた。
ロベルトは涙をためながらも、悲しそうに笑っている。
「僕の存在が問題なのでしょう? 僕がいなければお父様も苦しまないし、お母様も苦労しないでしょう? 神官なら住み込みだし、勉強も自分で頑張れば続けられる。きっと父上も諦めてくれるよ」
「ロベルト?」
「僕は良いんだ。本当のお父様にも会えたし、マーガレットという可愛い妹もできた。幸せだったよ。リンガー伯爵家では親戚たちがいろいろな噂話を、わざと僕に聞かせるんだ。お母様を悪く言われるのは本当に嫌だった」
「ロベルト……」
バネッサが顔を覆って泣き出した。
「お母様が離婚して、こっちの国に来てからはずっと気が楽だった。たしかに意地悪な子もいたけれどね。神官様が貴族学園に教会推薦して下さると仰ったとき、僕は夢を見てしまったんだ。貴族に戻れるってバカみたいだよね。でも貴族に戻ったらあの家に戻らなくてはいけないって知って、今度は絶望した。どちらかを選ばなくてはいけないなら、僕はあの家には行きたくない。でも貴族にならないと学校にはいけない。そうでしょ?」
ジェラルドがロベルトを抱きしめながら頷いた。
「そうだね。お前にとっては究極の選択だね」
「うん。だから僕はずっと考えていたんだ。お父様に会えて、マーガレットに会えて。本当に嬉しかったんだよ。でも僕はこの幸せを手放さないといけないんだ。お父様とマーガレットが不幸になってしまう。お父様にもマーガレットにも気苦労をさせたくない。それに僕は神官という仕事は……素晴らしいと思っているんだ」
バネッサが顔を上げた。
「でも、でもね、ロベルト。神官になる修行中は家族に会えないのよ? 神官になったとしてもどこの街に行くのかわからないのよ? 嫌よ! あなたと離れて暮らすなんて絶対に嫌よ! そんなこと言わないでちょうだい……ああ、ロベルト……ごめんね……ごめんね」
泣き崩れたバネッサにマーガレットが駆け寄った。
「おば様? お兄様に会えなくなるの? ずっと? ずっと会えないの?」
バネッサは応えず、泣きながら謝罪の言葉を吐き続けている。
母親の姿を悲しい目で見ながらロベルトが再び口を開いた。
「だからお父様。僕は神官になってこの街を出ます。でもお母様のことは時々でいいので気にかけてもらえませんか? もちろんマーガレットのお母様がご不快に思われるなら……」
「ロベルト、君の考えはわかったよ。物凄く考えたんだね。でもね、ひとつだけ間違っているよ。君の存在は迷惑なんかじゃない。そのことは忘れないでくれ」
涙を流しながらジェラルドは言った。
なんという健気さだ。
自分の存在が大人に与える影響を冷静に判断している。
それに比べて僕の心の醜さはどうだ。
恥ずかしい……恥ずかしいが……正直ありがたい。
泣き叫ぶバネッサの手を握り、わけもわからず泣き始めたマーガレット。
母と妹を見詰めて、静かに涙を流すロベルト。
ジェラルドも泣きながら、心の中でロベルトに何度も詫びた。
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