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4 遅疑逡巡

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 (ちぎしゅんじゅん=ぐずぐずと決め切れず曖昧な態度)

 目の前で、生クリームをたっぷり乗せたオレンジケーキを頬張っている二人の子供を見ながら、ジェラルドは何度目かの溜息を吐いた。

「どうするの?」

「……」

「ねえ、ジェラルド?」

 バネッサが苦い顔でそう言ったとき、マーガレットが突然口を開いた。

「おばさまは誰?」

 バネッサの肩が揺れた。
 大人の困惑などお構いなしに、ロベルトが答える。

「僕のお母様だよ」

「私のお兄様のお母様?」

「そうだよ」

「兄妹って同じお母様じゃないの?」

 ロベルトは困ってジェラルドを見た。

「ああ、それはね……お前がお兄様を欲しがっただろ?だからお願いして……」

 しどろもどろに答えるジェラルドをバネッサがバッサリと切った。

「噓は良くないわ、ジェラルド。子供をバカにしてはダメよ」

「だって……」

 バネッサがマーガレットに向き合った。

「あのね、マーガレットちゃん。あなたが生まれるずっと前に、あなたのお父様と私の間に生まれたのがロベルトなの。その後でお父様とあなたのお母様の間に生まれたのがマーガレットちゃんよ? だからあなたはロベルトとは兄妹だけれど、私とは他人なの。わかるかな?」

「う~ん……。要するにお兄様と私は腹違いの兄妹なのね?」

 ジェラルドが飲みかけていた水を吹き出した。

「お前……誰がそんな言葉を教えたんだ」

「学校にもたくさんいるよ?腹違いの兄妹って仲が悪い子たちが多いのよ? 不思議だわ。せっかく兄妹になれたのに」

「そ……そうだね……」

「私はそんなこと絶対にしないわ。だってやっとお兄様をいただけたんだもの。神様に感謝しなくちゃ」

 ジェラルドは両手で顔を覆ってしまった。
 それを見ながらバネッサが言った。

「でもね、マーガレットちゃん。ロベルトがあなたのお兄様だってことは秘密なの。これが私たち4人以外に知られてしまうと、ロベルトも私もいなくなっちゃうの」

「なぜ?」

「大人の事情よ」

「そうなんだ。うん、良いよ。絶対に秘密にする」

 大人の事情で納得するのかよ! というジェラルドの呟きは誰にも届かなかった。

「本当に? 絶対に守れる?」

「約束するわ」

「あなたのお母様にもよ? もしもお母様にこのことが知れたら大変なことになるわ」

「大変なことって?」

「ロベルトだけじゃなくてお父様にも会えなくなるかもしれない」

 マーガレットの肩がビクッと揺れた。
 目に涙を一杯に溜めて、何度もうなずきながら言う。

「言わないわ! 私は絶対に言わないわ! 誰にも言わないから……お父様と一緒じゃなきゃ嫌だ! うわぁぁぁぁん」

 マーガレットは握っていたフォークを放り出してジェラルドに抱きついた。

「マーガレット……。ああ、僕の大切なお姫様」

「お父様、私絶対に言わないから! いなくなったら嫌よ! お父様がいないとダメ!」

「うん、わかったよ。ずっと一緒にいられるように約束は守るんだ。できるね?」

 マーガレットは涙を流しながら何度もうなずいた。
 そんなマーガレットを見詰めるロベルトの目にも涙が滲んでいた。

「なんだか方向が決まちゃったみたいね」

「悩みが増えただけさ」

 とにかくリリアとマーガレットを失いたくないジェラルドは、密かに弁護士に相談する決心をした。

「じゃあね、絶対また会おうね。お兄様」

「うん、またね」

 マーガレットを抱き上げて馬車に向かうジェラルドにロベルトが駆け寄った。

「お……おとう……さま」

「うん? どうした?」

「えっと……なんだか……いろいろすみません」

「いや、君が気に病むことではないよ。君はお母様を守れる強い男だ。頑張るんだよロベルト」

「はい! お父様」

 帰りの車中で、何度マーガレットに念を押しても拭いきれない不安を持て余す。
 帰宅したマーガレットは約束を守り、リリアに何処に行ってたのかを聞かれても内緒だとしか言わなかった。

「ジェラルド? 私に内緒で二人でデートだったの?」

「ああ、もうすぐ誕生日だからね。その下見だよ」

「そういうこと? それならそうと言ってくれたら良いのに。心配したのよ?」

「ごめんごめん。マーガレットと内緒ごっこしたんだよ」

「内緒ごっこ? マーガレットは守れるかしら」

「守れるように君もあまり追求しないでやってくれ」

「はいはい。仲良し父娘の邪魔はしないわ」

 ジェラルドはその言葉に、今日初めて息を吸った思いがした。
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