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「何をしているんだ?」
裏庭で大きな箱に囲まれて、難しい顔をしているサリーにイースが声をかけた。
「まあ、殿下。休憩ですか?」
「シューンに本を読んでやっていたら私の膝の上で寝てしまったんだ。少し早いけど、そのまま午睡ということにして、ベッドまで運んできたところだ」
「そうですか。きっと幸せな夢を見ていることでしょうね」
「だと良いな」
二人は並んでシューンの部屋の窓を見上げた。
磨き上げられたガラス窓には、ぽっかりと浮かぶ白い雲が映っている。
「サリーが部屋にいなかったから、どうしたのかと思って探していたんだよ。最近ちょこちょこいなくなるだろ?」
「ライラが復帰してくれて本当に助かっています。ライラったらすっかりシューン殿下のファンになっちゃって、王妃殿下の侍女なのに」
「ははは! そりゃ母上と世間話しているより、かわいいシューンと遊ぶ方が癒されるだろ? 胎教にも良いんじゃないか?」
「不敬な発言ですねぇ。聞かなかったことにして差し上げます」
「それはありがたい」
二人は顔を見合わせて笑った。
「ところでサリー、これは何かな?」
「気密性の高い箱です。透明なガラスで作りたいのですが、なかなか上手くいかなくて」
「例のアレ?」
「ええ、なんとか分散する前に閉じ込められないかと思って」
「それなんだが……。閉じ込めた後はどうするんだ? 山に捨てる? それとも海に沈める?」
「それなんですよね。まるで前世の核廃棄物処理問題みたいな感じです」
「ん? かく?」
「前世で実際にあったとても深刻な問題です。ここには無いので安心してください」
「そうか。それで、その核なんとかの問題はどうなったんだ? 君の前世では」
「結局のところ抜本的な解決策はなく、弱い国に押し付けられて列強国だけが得をするっていうパターンに落ち着きそうでした。最終的にどうなったかは知りません」
「なあサリー。その問題にシューンは気付いていると思う。でも君のその気持ちが嬉しくて何も言わないんだろう」
「どうやっても勇者が体内に取り込んで、天に召されるしか方法は無いと?」
「いや、そうは言ってない。でも解決策が……無い」
サリーの顔が歪む。
「殿下……シューン殿下はたぶん……私の息子の瞬です」
「この前の発言かぁ。鳥もちだっけ?」
「ええ、ハエトリガミのことも知っていたでしょう? 鳥もちもハエトリガミも瞬を預けていた保育所のあったので知っているのです。あれは何って言うから、私が説明したもの」
「きっと君の悲しみを少しでも減らしたかったのだろうな」
「シューン殿下が勇者だと考えたら、きっと瞬に転生していたのでしょうね。あの事故でウサキチと一緒に戻ったのでしょう。私はオマケってことですね」
「オマケって……まあ君にとっては不本意だろうけれど、そうかもしれない」
「いいえ? 私は嬉しいです。あの時、瞬を死なせてしまって自分だけ生き残っていたらって考えただけでも気が変になりそうですもの」
「でも、結局シューンは勇者だった。君は愛息子の最後を……すまん」
サリーがしゃがみこんで泣き出した。
イースが肩を抱いて寄り添う。
「もう……どうしようも無いのかしら……」
「まるで、サリーが話してくれた余命幾ばくもない子供の親になったみたいだな」
「そうですね。私も彼女のように気丈に振る舞わないと」
「君はできているよ? とても立派だ」
イースの目にも涙が浮かんでいた。
「それにしても勇者も神の使いも、浮かばれない運命ですね」
「そうだな。ウサキチは邪神を砕くのと引き換えに消える。シューンは砕けた邪神を取り込むことで……惨いな」
「しかも何度も何度も同じことを……」
暫し流れた重たい空気を消すように、イースが声を出した。
「ウサキチに聞いたのだが、彼の最終形って何か知ってる?」
「邪神を砕く時の姿ってことですか? そう言えば知らないわ。殿下は知っているのですか?」
「ああ、聞き出した。なるほどと思ったよ」
「なんですか? シューンだよ。シューンとそっくりに変わるらしい」
「へぇ~。私は勇者っていうくらいだから、剣か盾だと想像していました」
「うん、私も同じことを考えていた。でもウサキチが言うには、幼子が持てるわけ無いだろって言われたよ。まあ、言われてみればその通りだが」
「ははは! そう言えば邪神は単体で来るわけでは無いですよね?」
「信者たちが周りを固めるらしい。そっちの方は我が国の兵で対応する」
「なぜわざわざ来るのですか? 国民達に邪悪の種を植えたいなら、秘密裏にやった方が成功するでしょうに」
「それは私も考えた。過去の記録によると、王都内の一番高い位置から飛ばすことが必要なのではないかと書いてあった。王都で一番高いのはこの城の展望塔だ。二番目が教会の塔だな。ちなみに山だと邪気が薄すぎてダメなのではないかと書いてあった。人々の心に巣くう悪を糧にするのだろうね」
「最低ですね」
「ああ、最低だ」
「完膚なきまでに叩きのめしてやりましょう」
「そうだ。その通りだな、サリー」
二人は再びシューンの部屋を見上げた。
裏庭で大きな箱に囲まれて、難しい顔をしているサリーにイースが声をかけた。
「まあ、殿下。休憩ですか?」
「シューンに本を読んでやっていたら私の膝の上で寝てしまったんだ。少し早いけど、そのまま午睡ということにして、ベッドまで運んできたところだ」
「そうですか。きっと幸せな夢を見ていることでしょうね」
「だと良いな」
二人は並んでシューンの部屋の窓を見上げた。
磨き上げられたガラス窓には、ぽっかりと浮かぶ白い雲が映っている。
「サリーが部屋にいなかったから、どうしたのかと思って探していたんだよ。最近ちょこちょこいなくなるだろ?」
「ライラが復帰してくれて本当に助かっています。ライラったらすっかりシューン殿下のファンになっちゃって、王妃殿下の侍女なのに」
「ははは! そりゃ母上と世間話しているより、かわいいシューンと遊ぶ方が癒されるだろ? 胎教にも良いんじゃないか?」
「不敬な発言ですねぇ。聞かなかったことにして差し上げます」
「それはありがたい」
二人は顔を見合わせて笑った。
「ところでサリー、これは何かな?」
「気密性の高い箱です。透明なガラスで作りたいのですが、なかなか上手くいかなくて」
「例のアレ?」
「ええ、なんとか分散する前に閉じ込められないかと思って」
「それなんだが……。閉じ込めた後はどうするんだ? 山に捨てる? それとも海に沈める?」
「それなんですよね。まるで前世の核廃棄物処理問題みたいな感じです」
「ん? かく?」
「前世で実際にあったとても深刻な問題です。ここには無いので安心してください」
「そうか。それで、その核なんとかの問題はどうなったんだ? 君の前世では」
「結局のところ抜本的な解決策はなく、弱い国に押し付けられて列強国だけが得をするっていうパターンに落ち着きそうでした。最終的にどうなったかは知りません」
「なあサリー。その問題にシューンは気付いていると思う。でも君のその気持ちが嬉しくて何も言わないんだろう」
「どうやっても勇者が体内に取り込んで、天に召されるしか方法は無いと?」
「いや、そうは言ってない。でも解決策が……無い」
サリーの顔が歪む。
「殿下……シューン殿下はたぶん……私の息子の瞬です」
「この前の発言かぁ。鳥もちだっけ?」
「ええ、ハエトリガミのことも知っていたでしょう? 鳥もちもハエトリガミも瞬を預けていた保育所のあったので知っているのです。あれは何って言うから、私が説明したもの」
「きっと君の悲しみを少しでも減らしたかったのだろうな」
「シューン殿下が勇者だと考えたら、きっと瞬に転生していたのでしょうね。あの事故でウサキチと一緒に戻ったのでしょう。私はオマケってことですね」
「オマケって……まあ君にとっては不本意だろうけれど、そうかもしれない」
「いいえ? 私は嬉しいです。あの時、瞬を死なせてしまって自分だけ生き残っていたらって考えただけでも気が変になりそうですもの」
「でも、結局シューンは勇者だった。君は愛息子の最後を……すまん」
サリーがしゃがみこんで泣き出した。
イースが肩を抱いて寄り添う。
「もう……どうしようも無いのかしら……」
「まるで、サリーが話してくれた余命幾ばくもない子供の親になったみたいだな」
「そうですね。私も彼女のように気丈に振る舞わないと」
「君はできているよ? とても立派だ」
イースの目にも涙が浮かんでいた。
「それにしても勇者も神の使いも、浮かばれない運命ですね」
「そうだな。ウサキチは邪神を砕くのと引き換えに消える。シューンは砕けた邪神を取り込むことで……惨いな」
「しかも何度も何度も同じことを……」
暫し流れた重たい空気を消すように、イースが声を出した。
「ウサキチに聞いたのだが、彼の最終形って何か知ってる?」
「邪神を砕く時の姿ってことですか? そう言えば知らないわ。殿下は知っているのですか?」
「ああ、聞き出した。なるほどと思ったよ」
「なんですか? シューンだよ。シューンとそっくりに変わるらしい」
「へぇ~。私は勇者っていうくらいだから、剣か盾だと想像していました」
「うん、私も同じことを考えていた。でもウサキチが言うには、幼子が持てるわけ無いだろって言われたよ。まあ、言われてみればその通りだが」
「ははは! そう言えば邪神は単体で来るわけでは無いですよね?」
「信者たちが周りを固めるらしい。そっちの方は我が国の兵で対応する」
「なぜわざわざ来るのですか? 国民達に邪悪の種を植えたいなら、秘密裏にやった方が成功するでしょうに」
「それは私も考えた。過去の記録によると、王都内の一番高い位置から飛ばすことが必要なのではないかと書いてあった。王都で一番高いのはこの城の展望塔だ。二番目が教会の塔だな。ちなみに山だと邪気が薄すぎてダメなのではないかと書いてあった。人々の心に巣くう悪を糧にするのだろうね」
「最低ですね」
「ああ、最低だ」
「完膚なきまでに叩きのめしてやりましょう」
「そうだ。その通りだな、サリー」
二人は再びシューンの部屋を見上げた。
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