転生メイドは絆されない ~あの子は私が育てます!~

志波 連

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 サリーはウサキチを脱がせ、シューンの髪を撫で続けた。
 自分でも気付かないうちに、子守唄を口ずさんでいる。
 いつの間にかイースが横に立っていた。

「優しい曲だ。聞いたこともないのに、なぜ懐かしい気分になるのだろう」

「これは前世の歌ですわ。子供を寝かしつけるときに歌うのです。子守歌と言って、私も母に歌ってもらったことがあります」

「そうか……母君の思い出の歌か」

「母とは……というより家族とはあまり縁が無かった人生でした。今思えば疎まれていたわけでは無く、自分から離れていたのかもしれません。もう……遠い過去のことです」

「サリーはこの世界での家族を欲しいとは思わないのか?」

「まだ考えたこともありません。今の私の家族は……シューン殿下だけです」

「ありがとう、サリー」

 シューンの髪を撫で続けるサリーの髪をひとすくい手に取ったイースは、愛おしそうに唇を寄せた。
 イースが部屋を去り、サリーとシューンだけになる。
 護衛騎士はドアの外に二名配置されており、恐らく王家の影達も見えないところから見守っているはずだ。

「相手のことが少しでもわかれば警戒しやすいのだけれど」

 サリーの独り言にウサキチが答えた。

「パッと見ではわからない。でも、奴らには共通点があるんだ。魂を半分ほど差し出しているから死臭がするんだよ。半分死んでるんだ。だからきつい香水を使う者が多い。そして体のどこかにダレス教徒である印が刻まれている」

「印?」

「魂を捧げた見返りのようなものだな。どこに刻むかは決まっていないようだから、自分で選べるのかもしれない」

「難しいわね……確認のしようがないわ」

「顔色が悪くて香水のきつい奴は要警戒だな」

「風邪を引かないようにしなくちゃね」

 ウサキチがフッと笑った。

「お前……いい女だな」

「あら? どうしたの?」

「いや、単純にそう思っただけだ。気にするな」

「あんたに褒められるなんて……なんか嬉しいわ」

「なあ、これは私の独り言だ」

 ウサキチは低い声で静かに話し始めた。

「勇者はその魂の中に、邪神を取り込むんだ。これはきれいな魂でないとできない。だから10歳にも満たない子供が選ばれる」

「取り込むってどうやって?」

「分かり易く言うと、吸引するイメージだな。そしてそれを抱えたまま天に召されることによって完全なる封印をする」

 サリーはギュッと唇を嚙みしめた。

「疫病の被害が大きければ大きいほど、奴の力は強大になる。二代目の勇者の時は、取り込み切れずに少しだけ残ってしまったんだ。もちろん取り残しは私が拾い集めて全て葬ったが、それ以降少しだけ年齢を上げるようになった」

「確か初代が6歳で、二代目は7歳だったわよね?」

「ああ、それ以降百年ごとに一歳ずつ上げているんだが、上げ過ぎると魂に汚れが付着するから、役目を担えなくなってしまう。理想は8歳だ」

「ではあと3年?」

「予定ではそうだ。まあシューンはもうすぐ6歳だから実質2年だが」

「2年……短いね」

「ああ、短いな」

「邪神を吸い込んだ勇者ってどうなるの? 天に召されるって言ってたけど」

「聞かない方が良いと思うが、お前のことだ。知っておけば何かできるかもしれないって思うのだろうな……邪神を取り込んだ魂は、まっすぐに天に向かう。そしてその体は……塵になる」

 サリーは息を止めて固まってしまった。

「何も残らない。服も装飾品も剣も何もかもだ」

「そんな……酷すぎる」

「これは三代目が考えた。それまでは遺体は残っていたのだが、なんせその状態が凄まじくてな。残された人間の心にものすごく深い傷を負わせてしまうんだ。だから何も残らない方が良いということになった」

「ではシューンも?」

「ああ、その予定だな。でもなぁ、私は今回は少し違うのではないかと思っているんだ」

 サリーは小首を傾げて次の言葉を待った。

「今までの勇者にも専属侍女やメイドはいたが、転生者ではなかった。当然だが魔法も使えなかった。でも今回はお前が選ばれた。絶対に何か理由があるはずだ」

「神様に聞いてみたら?」

「教えてくれるわけ無いだろ? そもそも神は言葉を発しないし、行動も起こさない。神はただ沈黙し見守るのみだ」

「ねえ、ウサキチ。神様って本当にいるの?」

「ああ、信じる者の心の中におられるよ」

 サリーは深い溜息をついた。

「じゃあ私の中にはいないわ」

「いや? いると思うぞ? 心から何かを願うときに『神様……』って呟くだろ?」

「ああ、そう言えばそうね」

「顕在化していないだけで潜在意識の中には刻み込まれているんだよ。神という存在が」

 ふとサリーはシューンの顔を見た。
 窓から差し込む日差しが、少しだけ真南から西に動いている。
 今から訪れるであろう疫病など、知る由もない国民が紡ぐ日常生活が、城壁の外で繰り広げられているのだとサリーは思った。

「さあ、あまり長い時間お昼寝すると、夜に寝なくなっちゃうから起こすね」

「ああ、もうそんな時間か」

「……ウサキチ」

「ん?」

「シューンをよろしくお願いします」

「ああ」

 サリーはシューンの首元に腕を差し入れ、ゆっくりと上半身を起こしてやった。

「さあ、シューン。起きましょうね。お顔を洗ってお着替えをしたら、おやつが待ってるよ。どんな夢を見たかママに教えてくれるかな?」

 あれほど何度も違うと言われても、サリーにはシューンが瞬に見えてしまうのだった。
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