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「なぜだ? この子はもうすぐ……」
「ええ、シューン殿下はきっと普通の子供の生活をしてみたかったのではないかと思うのです。言葉の端々で感じただけで、直接聞いたわけではありませんが」
「普通の子供?」
「はい、頑張ったら褒められて、悪いことをしたら𠮟られる。お勉強の時間はじっとしていなくてはいけなくて、おやつとお昼寝、起きたら外遊びで汗をかく。そんな暮らしです」
「そうか……それは私でもやったことが無いな。私がシューンの頃にはできて当たり前、できなかったらきつい罰を下されたよ。毎日なぜ王子なんかに生まれたのかと思っていた」
「そうですか。私は平凡な家に生まれたので、王族の方々の苦労は想像もできませんわ」
「知らなくていいさ。なあ、サリー……私はこの子とどう接すれば良いのだろうか」
「そうですね……そのお気持ちはすごく分かります。私もずっと考えているのです。そしてふと思い出したことがあるのですが、聞いていただけますか?」
「勿論だ。ぜひ聞かせてほしい」
「これは前世でのことです。私はイース殿下と同じ年で、子供も産んでいました。その子と同じ年の仲良しだった子供がとても重い病を患っていたのです」
「まだ小さいのに気の毒なことだな」
「ええ。その子の母親と私は年齢も近く、家も近かったので何かと親しくしていました。ある日のこと、その母親が泣きながら話してくれたのです。その子供……ゆうちゃんという男の子が、余命1年と宣告されたそうで……」
「それは……お辛かったことだろう」
「ええ、それはもう嘆き悲しんで……見ているのも辛いほどでしたわ。ほんの少しの時間も離れ難かったと思います。でもゆうちゃんの入院費用を稼がなくてはいけません。仕事を休むわけにはいかないのです」
イースは眉間にしわを寄せて次の言葉を待っていた。
サリーは遠い目をしながら、記憶をたどる。
「私は瞬を連れてお見舞いに行きました。瞬とゆうちゃんは何の屈託も無く、いつものようにおしゃべりをして遊び始めましたが、私は事情を知っていますからいた堪れない気持ちでした。ゆうちゃんが瞬に意地悪なことを言って泣かせてしまったのですが、私は怒ることも
、注意をすることもできずにいました。するとゆうちゃんのお母さんがゆうちゃんを𠮟ったのです」
「そうか……」
「いい加減にしなさいって。我儘は許さないって……もう少しで死んでしまう子に、私は怒れるだろうかって思いました」
「うん、サリーの気持ちはわかるような気がするよ。私も自信は無いな」
「そうでしょう? もう少しなんだからって思ってしまいますよね? でも後でゆうちゃんのお母さんが言ったのです。もう少しだからこそ特別に扱っては可哀そうだと……」
「もう少しだからこそ……特別扱いしない?」
「そんな過酷な運命を背負った子と、平々凡々とこの先も生きていくであろう子供を同等に扱うのは、難しいです。なんと言うか、負い目? そんな気持ちを持ってしまいますから。でもそれは仲間外れにするのと同じだと言われました」
「なるほど……強烈な覚悟だな」
「ええ、私は自分が恥ずかしくなりました。もしかしたら奇跡的に特効薬が発明されて、病気が治るかもしれない。もしかしたら誤診で、先生が謝ってくるかもしれない……その可能性を信じて、この子の将来のためにきちんと育てるのだと……」
サリーは当時を思い出したのか、涙をぽろぽろと流していた。
イースがそっと指先で涙を掬い取ってやった。
「ごめんなさい……思い出してしまって。結局ゆうちゃんは丁度1年くらいで死んでしまいました。お葬式の時のお母さん……見ていられませんでした。一緒に棺に入ろうとして……一緒に焼いてくれって……」
「さぞお辛かっただろう」
「でも最後は気丈に挨拶もされていました。自分が生きている限り、自分が忘れない限り、ゆうちゃんが生きた事実は消えないし、自分は何があってもゆうちゃんのことを忘れることは無いって……悲しい覚悟ですよね。でもすごく気持ちがわかります」
「ああ、そうだね」
「私は最愛の子供を残して死にました。そして瞬はまだ幼かったから、きっと私のことはあまり記憶には残らないでしょう。瞬の記憶から私が消える時が、本当の意味で私が死ぬ時なのだと思います」
「……サリー」
「ごめんなさい。しんみりしましたよね。要するに、私はシューン殿下を今まで通りお育てします。そして私は何があってもシューン殿下を忘れることはありません。最後の一瞬まで全てを記憶に……焼き付けて……っうっうぅぅぅぅぅ……」
サリーは堪らず嗚咽を漏らした。
「サリー、勿論私も忘れない。忘れるわけがない。なあ、サリー。シューンとの思い出のシーンに私も入っていいか?」
「イース殿下……もちろんです。たくさん思い出を作りましょうね」
「ああ、例えそれが自己満足だと言われても……それ以外私たちにはできることが無いのだから。もちろん次の勇者が誕生しなくてもよい国にする。その努力は惜しまない。君の言葉で目が覚めたんだ。君の言うとおりだよ。子供を生贄のようにして……終わったことにして……私も含めてなんと情ないことだ」
二人の頭の中にウサキチの言葉が響いた。
『それに気づいたことだけでも、シューンの心は救われる』
二人は同時にシューンを見た。
うさ耳の黄色い帽子を被って、少し口を開けて眠っている姿は、勇者という印象は無く、ただのかわいい盛りの5歳児だ。
「すまん……サリー。少し見ないでくれるか?」
そう言うとイースは両手で顔を覆ってしまった。
声を殺して泣いているこの国の第一王子の姿。
「はい、私は何も見ていません」
サリーはそっとシューンの枕元に移動した。
「ええ、シューン殿下はきっと普通の子供の生活をしてみたかったのではないかと思うのです。言葉の端々で感じただけで、直接聞いたわけではありませんが」
「普通の子供?」
「はい、頑張ったら褒められて、悪いことをしたら𠮟られる。お勉強の時間はじっとしていなくてはいけなくて、おやつとお昼寝、起きたら外遊びで汗をかく。そんな暮らしです」
「そうか……それは私でもやったことが無いな。私がシューンの頃にはできて当たり前、できなかったらきつい罰を下されたよ。毎日なぜ王子なんかに生まれたのかと思っていた」
「そうですか。私は平凡な家に生まれたので、王族の方々の苦労は想像もできませんわ」
「知らなくていいさ。なあ、サリー……私はこの子とどう接すれば良いのだろうか」
「そうですね……そのお気持ちはすごく分かります。私もずっと考えているのです。そしてふと思い出したことがあるのですが、聞いていただけますか?」
「勿論だ。ぜひ聞かせてほしい」
「これは前世でのことです。私はイース殿下と同じ年で、子供も産んでいました。その子と同じ年の仲良しだった子供がとても重い病を患っていたのです」
「まだ小さいのに気の毒なことだな」
「ええ。その子の母親と私は年齢も近く、家も近かったので何かと親しくしていました。ある日のこと、その母親が泣きながら話してくれたのです。その子供……ゆうちゃんという男の子が、余命1年と宣告されたそうで……」
「それは……お辛かったことだろう」
「ええ、それはもう嘆き悲しんで……見ているのも辛いほどでしたわ。ほんの少しの時間も離れ難かったと思います。でもゆうちゃんの入院費用を稼がなくてはいけません。仕事を休むわけにはいかないのです」
イースは眉間にしわを寄せて次の言葉を待っていた。
サリーは遠い目をしながら、記憶をたどる。
「私は瞬を連れてお見舞いに行きました。瞬とゆうちゃんは何の屈託も無く、いつものようにおしゃべりをして遊び始めましたが、私は事情を知っていますからいた堪れない気持ちでした。ゆうちゃんが瞬に意地悪なことを言って泣かせてしまったのですが、私は怒ることも
、注意をすることもできずにいました。するとゆうちゃんのお母さんがゆうちゃんを𠮟ったのです」
「そうか……」
「いい加減にしなさいって。我儘は許さないって……もう少しで死んでしまう子に、私は怒れるだろうかって思いました」
「うん、サリーの気持ちはわかるような気がするよ。私も自信は無いな」
「そうでしょう? もう少しなんだからって思ってしまいますよね? でも後でゆうちゃんのお母さんが言ったのです。もう少しだからこそ特別に扱っては可哀そうだと……」
「もう少しだからこそ……特別扱いしない?」
「そんな過酷な運命を背負った子と、平々凡々とこの先も生きていくであろう子供を同等に扱うのは、難しいです。なんと言うか、負い目? そんな気持ちを持ってしまいますから。でもそれは仲間外れにするのと同じだと言われました」
「なるほど……強烈な覚悟だな」
「ええ、私は自分が恥ずかしくなりました。もしかしたら奇跡的に特効薬が発明されて、病気が治るかもしれない。もしかしたら誤診で、先生が謝ってくるかもしれない……その可能性を信じて、この子の将来のためにきちんと育てるのだと……」
サリーは当時を思い出したのか、涙をぽろぽろと流していた。
イースがそっと指先で涙を掬い取ってやった。
「ごめんなさい……思い出してしまって。結局ゆうちゃんは丁度1年くらいで死んでしまいました。お葬式の時のお母さん……見ていられませんでした。一緒に棺に入ろうとして……一緒に焼いてくれって……」
「さぞお辛かっただろう」
「でも最後は気丈に挨拶もされていました。自分が生きている限り、自分が忘れない限り、ゆうちゃんが生きた事実は消えないし、自分は何があってもゆうちゃんのことを忘れることは無いって……悲しい覚悟ですよね。でもすごく気持ちがわかります」
「ああ、そうだね」
「私は最愛の子供を残して死にました。そして瞬はまだ幼かったから、きっと私のことはあまり記憶には残らないでしょう。瞬の記憶から私が消える時が、本当の意味で私が死ぬ時なのだと思います」
「……サリー」
「ごめんなさい。しんみりしましたよね。要するに、私はシューン殿下を今まで通りお育てします。そして私は何があってもシューン殿下を忘れることはありません。最後の一瞬まで全てを記憶に……焼き付けて……っうっうぅぅぅぅぅ……」
サリーは堪らず嗚咽を漏らした。
「サリー、勿論私も忘れない。忘れるわけがない。なあ、サリー。シューンとの思い出のシーンに私も入っていいか?」
「イース殿下……もちろんです。たくさん思い出を作りましょうね」
「ああ、例えそれが自己満足だと言われても……それ以外私たちにはできることが無いのだから。もちろん次の勇者が誕生しなくてもよい国にする。その努力は惜しまない。君の言葉で目が覚めたんだ。君の言うとおりだよ。子供を生贄のようにして……終わったことにして……私も含めてなんと情ないことだ」
二人の頭の中にウサキチの言葉が響いた。
『それに気づいたことだけでも、シューンの心は救われる』
二人は同時にシューンを見た。
うさ耳の黄色い帽子を被って、少し口を開けて眠っている姿は、勇者という印象は無く、ただのかわいい盛りの5歳児だ。
「すまん……サリー。少し見ないでくれるか?」
そう言うとイースは両手で顔を覆ってしまった。
声を殺して泣いているこの国の第一王子の姿。
「はい、私は何も見ていません」
サリーはそっとシューンの枕元に移動した。
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