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「ライラには言っていないし言うつもりもない。今後は付き合うつもりも無いが、家族だったのだ。そのような影響を受けているとも限らないからな。ライラを守るためにも、その方が良いと思う」

「わかった。ありがたいわ」

 王妃がニコッと笑って言葉を続けた。

「サリーはガヴァネスとしてシューンの部屋の続き部屋に移ってもらいたいの。そしてできればイースにも近くにいて欲しいと思っているわ。そこで提案なのだけど」

 王妃が合図をするとマーカスが図面を広げた。

「ここを使うのが一番だと思うが、どうだろうか」

 王妃が扇の先で示したのは、王太子が婚姻後に使用する部屋だった。
 皇太子の私室の隣が主寝室、そして王太子妃の私室という三部屋続きの間取りである。
 サリーは小さく悲鳴を上げた。

「これは……恐れ多い事でございます」

 イースが答えた。

「サリーさえよければここが一番都合が良い。主寝室をシューンの部屋にして、王太子妃の部屋をサリーの部屋にすれば、ほとんど改装も必要ない。どうだろうか」

 そう言われればその通りだし、シューンの部屋を挟んでいるので、シューンに何かあればどちらかがすぐに対応できる。
 18歳の乙女ではあるが、中身は26歳の経産婦のクラブホステス経験者だ。
 
「畏まりました。確かに理想的な間取りだと思います」

 王妃がニコッと笑った。

「良かった。王太子の部屋の周りは警備がしやすいように設計されているからな。この城の中では王の部屋の次に安全よだ」

 黙って聞いていたトーマスが声を出した。

「もし何かあれば……例えば賊が侵入したりしたときは、サリーはすぐさまシューン殿下を変身させて逃がしてほしい」

「わかりました。そのことはシューン殿下以外の方にも同じでしょうか?」

「どういう意味だ?」

「例えば、イース殿下に危険が迫った場合や、トーマス先生やロバート先生に対しても同じようにして良いかという意味です」

「うん、ここにいるメンバーに対しては同じようにした方が、より効率的に安全を確保できるだろう。いかがでしょうか?」

 トーマスが王を見た。
 王が頷き言葉を続ける。

「わしもその魔法とやらを一度見てみたいものだ。もしもわしや王妃に危険が迫り、そこにサリーがいたなら、魔法による変身で逃がしてもらいたいものだ、なあ王妃」

「ええ、陛下。私も体験してみたいと思いますわ。良しなに頼むぞ、サリー」

 サリーは王家の守護神的ポジションに祀りあげられてしまった。
 まさか王族がそこまでの危機的場面に遭遇するなど、普通に考えれば無いだろうと、サリーは気軽に引き受けた。

「その件は確かに承りました。しかしこの魔法には欠点もございます。その点はご承知でしょうか?」

「欠点とな?」

「はい、魔法を説いた姿でございます。ありていに申せば生まれたままの姿になるということです」

「なんと!」

 王と王妃は驚いていた。
 マーカスが落ち着いた口調で話始める。

「それにつきましては、両陛下並びに両王子殿下のお召し物を、城のいたるところに配備するよう手配いたします。私室にお戻りになられない場合でも、そこまで逃げていただければお召し物があるという状況にいたします」

「おお、それなら安心だ。どこに装備したのかを報告して欲しい」

「畏まりました」

「それで、サリー。見せてはくれんか?」

「やはり……」

 サリーはジト目で王を見た後、そのままの視線をロバートに向けた。
 ロバートが大きく溜息を吐いた。

「僕は何度も経験しているから、マーカスにかけてはどうだ? 彼も知っておくべきだと思う」

 マーカスの肩がビクッと跳ねたが、王と王妃のキラキラした目には勝てなかった。

「承ります」

 ロバートがニヤッと笑って続けた。

「マーカス、脱ぎ散らかしたものはその衝立の向こうに置いてあげるから、安心してくれ」

「ロバート……頼んだぞ。ではサリー、遠慮なく頼む」

「はい、わかりました。マーカス様はなりたいものがありますか?」

「そうだな……できれば……虫にしてくれ。空を飛んでみたい」

 サリーはなかなかのグッドチョイスだと思った。

「まはりくまはりたやんばらやんやんや~ん! 蝶になれ~」

 ぽよんと霞がかかり、その中からひらひらと黒いアゲハ蝶が舞い上がった。

「「「おぉぉぉぉぉ~」」」

 お約束のような初心者リアクションのあと、ひらひらと舞う蝶に王妃が手を伸ばす。
 蝶マーカスはその手を避けるように、より高く飛んだ。

「マーカス様、話してみてください」

「…………」

 何も聞こえない。

「やっぱり舌がない生物だと話せないみたいね」

 ひらひらと蝶がサリーの耳元に舞い降りた。
 微かな声が聞こえる。

「小さな声しか出ないようだが、話すことはできるみたいだ」

「まあ! 話せるのですね! 聞こえないほど小さいけど」

 まさに蚊の鳴くような声だと思ったが、サリーは口に出さなかった。
 王が声を出す。

「話せるのか? すごいな」

 なんだか子供のようにきらっきらの目でサリーを見つめる王。
 子供かよ……サリーはそんな不敬なことを思っていた。
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