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イースの上着を羽織ったシューンが話し始めた。
「僕ね……勇者だった昔の記憶があるんだ」
衝撃的な告白にサリーは目を見開いた。
イース達も同じような表情をしている。
「だから勇者がどうやって邪神と戦うのかも知っているよ。それにね、記憶にあるのは前回だけじゃないんだ。その前も、その前も……ずっと覚えている。方法は……ずっと同じだ。だから今回もきっと同じなんだと思う」
サリーはふと家系図を見た。
勇者と去れる者たちの没年は、邪神が没した年と同じだ。
要するに彼らは邪神と相打ちになるということだ。
「シューン……」
こんなに小さな子供に課せられたあまりにも過酷な運命に、大人たちは声も出なかった。
「僕は今回で5回目の人生だ。まあ、合計しても30年くらいしか生きてないけどね。前回もその前もそうだったけど、生まれたときには既に記憶があるんだよ。大人たちの言葉も理解できる。でも体が赤子だからね、喋ることはできないんだ」
いつの間にか僕という一人称を使い始めたシューンは、悲しそうな顔をしていた。
「勇者としての人生を全うすると、魂は神のもとに送られるんだ。そして百年という時間をかけて浄化される。そしてまた勇者として送り出されるんだ」
なんと言うことだろう……サリーは泣きたくなった。
「神は厳しいけれどいじわるじゃない。ただ為すべきことを為せと言うだけだ。そこには錬憐憫も同情も無いよ。だから素直に受け入れることができるんだろうね。でも必ず1度だけ願いを聞いて下さるんだ」
イースが声を出した。
「シューンは何を願ったんだ?」
「死ぬまで大好きな人に愛されて暮らしたいって願ったよ。今回まではかなり孤独な人生だったからね。自分ももうすぐ死ぬって知っていたから、あまり人と関わろうとしなかったし。だって……下手にかかわっちゃうと悲しませてしまうだろう?」
「でも今回は違ったんだ?」
「うん、今までもやっぱり寂しかったんだと思う。今回は残った人たちには迷惑をかけちゃうけど、僕も幸せっていうものを味わってみたくなったんだ。それは……サリーのお陰だよ」
涙ぐみながら語るシューンと目が合ったサリーは心臓を鷲掴みにされたような気持ちになった。
「シューン……あなた、もしかして……」
シューンが慌てて言う。
「違う! 僕は瞬じゃないよ。君と僕は……他人だ」
「シューン?」
「でもね、僕はサリーをママだと思っているよ。そして僕が死ぬまで側にいて欲しいと思っているんだ。ダメかな……」
サリーはシューンに駆け寄った。
「ダメなわけ無いでしょう? ずっと側にいるわ。ずっと……ずっとよ」
「ありがとう、サリー」
イースが二人を一緒に抱きしめた。
「私もその仲間に入れてはくれないだろうか」
「兄上も? しょうがないなぁ。今回は特別に許してあげるよ」
シューンがイースの顔を見て笑う。
イースは涙を流しながら礼を言った。
「ありがとう、シューン。愛している」
「僕も兄上のこと大好きだよ」
サムがウサキチを抱きしめて泣きじゃくっていた。
涎と涙でぐちゃぐちゃに濡れているウサキチが、静かに声を出した。
「サリー、手間をかけるがまた洗ってくれ」
サリーはイースの腕の中で、シューンと抱き合いながら小さく頷いた。
ウサキチが続ける。
「まあ、そういうことだ。そして私は勇者の魂と常にともにあった。私は神の使いだから死ぬことは無いが、やはりボロボロになる。だから勇者の魂と共に百年の眠りにつくんだ」
ウサキチが少しだけ悲しそうに続けた。
「代われるものなら代わってやりたいが、如何ともしがたいのが口惜しくてな……神の使いなど何度止めてやろうかと思ったことか」
「ウサキチ……それ、言っちゃダメな奴だから……」
サリーが小声で突っ込んだ。
ウサキチは聞こえないふりをして話を続けた。
「ここで本題だ。過去四回は勇者と私だけで対処した。それは勇者の希望だったからだが、今回は違う。勇者は自分の運命を秘匿せず、愛する者達に囲まれて生きる道を望んだ」
全員が何度も頷く。
「だから今回は味方が多い。残される者たちは心に傷を負うだろう。しかしシューンの決断は正しいと私は思っている。ぜひ協力してもらいたい。勇者の誕生は今回を最後にしたいんだ」
イースが立ち上がった。
サムもトーマスも力強く頷く。
サリーはただシューンを抱きしめていた。
さりーがシューンの顔を覗き込む。
「変えられないの? それしか方法は無いの?」
「うん、それしかないみたい。僕は……使命を全うするよ。ママ……抱きしめて?」
胸を搔き毟られるような焦燥感に支配されたサリーは大声を出した。
「あんた達には学習能力が無いの? 前回から百年も時間があったのよ? なぜ何の対策も打ってないのよ! こんないたいけな子供の命を差し出すことだけで問題を先送りするなんて! バカの集まりじゃない!」
男たちは黙った。
サリーの言うとおりだ。
「そうだね、サリーの言うとおりだね。私たちはあまりにも無知だった。これで終わったと思って、ただの歴史的出来事として記録していただけだ。能天気だな。なぜ次もあると思わなかったのか……シューン、申し訳ない」
肩で息をするサリーをシューンが見上げた。
「だから今回で最後になるようにしたいんだ。ごめんね、サリー。大好きな君の心を一番犠牲にしてしまう」
「いいのよ、シューン。あなたのためなら私は平気」
二人は再び抱き合った。
ウサキチは何かを言い淀んだが、グッと言葉を飲み込んだ。
「僕ね……勇者だった昔の記憶があるんだ」
衝撃的な告白にサリーは目を見開いた。
イース達も同じような表情をしている。
「だから勇者がどうやって邪神と戦うのかも知っているよ。それにね、記憶にあるのは前回だけじゃないんだ。その前も、その前も……ずっと覚えている。方法は……ずっと同じだ。だから今回もきっと同じなんだと思う」
サリーはふと家系図を見た。
勇者と去れる者たちの没年は、邪神が没した年と同じだ。
要するに彼らは邪神と相打ちになるということだ。
「シューン……」
こんなに小さな子供に課せられたあまりにも過酷な運命に、大人たちは声も出なかった。
「僕は今回で5回目の人生だ。まあ、合計しても30年くらいしか生きてないけどね。前回もその前もそうだったけど、生まれたときには既に記憶があるんだよ。大人たちの言葉も理解できる。でも体が赤子だからね、喋ることはできないんだ」
いつの間にか僕という一人称を使い始めたシューンは、悲しそうな顔をしていた。
「勇者としての人生を全うすると、魂は神のもとに送られるんだ。そして百年という時間をかけて浄化される。そしてまた勇者として送り出されるんだ」
なんと言うことだろう……サリーは泣きたくなった。
「神は厳しいけれどいじわるじゃない。ただ為すべきことを為せと言うだけだ。そこには錬憐憫も同情も無いよ。だから素直に受け入れることができるんだろうね。でも必ず1度だけ願いを聞いて下さるんだ」
イースが声を出した。
「シューンは何を願ったんだ?」
「死ぬまで大好きな人に愛されて暮らしたいって願ったよ。今回まではかなり孤独な人生だったからね。自分ももうすぐ死ぬって知っていたから、あまり人と関わろうとしなかったし。だって……下手にかかわっちゃうと悲しませてしまうだろう?」
「でも今回は違ったんだ?」
「うん、今までもやっぱり寂しかったんだと思う。今回は残った人たちには迷惑をかけちゃうけど、僕も幸せっていうものを味わってみたくなったんだ。それは……サリーのお陰だよ」
涙ぐみながら語るシューンと目が合ったサリーは心臓を鷲掴みにされたような気持ちになった。
「シューン……あなた、もしかして……」
シューンが慌てて言う。
「違う! 僕は瞬じゃないよ。君と僕は……他人だ」
「シューン?」
「でもね、僕はサリーをママだと思っているよ。そして僕が死ぬまで側にいて欲しいと思っているんだ。ダメかな……」
サリーはシューンに駆け寄った。
「ダメなわけ無いでしょう? ずっと側にいるわ。ずっと……ずっとよ」
「ありがとう、サリー」
イースが二人を一緒に抱きしめた。
「私もその仲間に入れてはくれないだろうか」
「兄上も? しょうがないなぁ。今回は特別に許してあげるよ」
シューンがイースの顔を見て笑う。
イースは涙を流しながら礼を言った。
「ありがとう、シューン。愛している」
「僕も兄上のこと大好きだよ」
サムがウサキチを抱きしめて泣きじゃくっていた。
涎と涙でぐちゃぐちゃに濡れているウサキチが、静かに声を出した。
「サリー、手間をかけるがまた洗ってくれ」
サリーはイースの腕の中で、シューンと抱き合いながら小さく頷いた。
ウサキチが続ける。
「まあ、そういうことだ。そして私は勇者の魂と常にともにあった。私は神の使いだから死ぬことは無いが、やはりボロボロになる。だから勇者の魂と共に百年の眠りにつくんだ」
ウサキチが少しだけ悲しそうに続けた。
「代われるものなら代わってやりたいが、如何ともしがたいのが口惜しくてな……神の使いなど何度止めてやろうかと思ったことか」
「ウサキチ……それ、言っちゃダメな奴だから……」
サリーが小声で突っ込んだ。
ウサキチは聞こえないふりをして話を続けた。
「ここで本題だ。過去四回は勇者と私だけで対処した。それは勇者の希望だったからだが、今回は違う。勇者は自分の運命を秘匿せず、愛する者達に囲まれて生きる道を望んだ」
全員が何度も頷く。
「だから今回は味方が多い。残される者たちは心に傷を負うだろう。しかしシューンの決断は正しいと私は思っている。ぜひ協力してもらいたい。勇者の誕生は今回を最後にしたいんだ」
イースが立ち上がった。
サムもトーマスも力強く頷く。
サリーはただシューンを抱きしめていた。
さりーがシューンの顔を覗き込む。
「変えられないの? それしか方法は無いの?」
「うん、それしかないみたい。僕は……使命を全うするよ。ママ……抱きしめて?」
胸を搔き毟られるような焦燥感に支配されたサリーは大声を出した。
「あんた達には学習能力が無いの? 前回から百年も時間があったのよ? なぜ何の対策も打ってないのよ! こんないたいけな子供の命を差し出すことだけで問題を先送りするなんて! バカの集まりじゃない!」
男たちは黙った。
サリーの言うとおりだ。
「そうだね、サリーの言うとおりだね。私たちはあまりにも無知だった。これで終わったと思って、ただの歴史的出来事として記録していただけだ。能天気だな。なぜ次もあると思わなかったのか……シューン、申し訳ない」
肩で息をするサリーをシューンが見上げた。
「だから今回で最後になるようにしたいんだ。ごめんね、サリー。大好きな君の心を一番犠牲にしてしまう」
「いいのよ、シューン。あなたのためなら私は平気」
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