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「へぇ~、そういうことか。声は聞こえてたんだけど意味が解らなかったんだ。それにしてもあの悪ガキがねぇ~。サリーもライラも頑張ったもんなぁ」
翌日の午後、シューンの午睡時間に医務室に来ていたサリーから、昨日の出来事を聞いたロバートが感心したように言った。
「そうなのよ。ホントにいい子になってくれて嬉しい」
「じゃあその背中に貼ってあるメモを見ても怒るなよ?」
「ん? 何のこと?」
サリーは背中に手を回すが届かない。
ロバートが笑いながらとってやる。
「私に食べ物を与えないでください。凶暴化します?」
ロバートが大爆笑しながらテーブルの上の菓子を片づけた。
「ちょっと! まだ食べてない!」
「凶暴化されたら困る」
「しないわよ!」
メモの字は間違いなくシューンのものだ。
しかも凶暴のスペルを間違えている。
「シューンのやつ……」
「まあまあ、そう言えばその話はイース殿下にしたのか?」
「まだよ。だってただのメイドがいちいち第一王子殿下に直接報告するとか、おかしいでしょう?」
「まあそう言わずに行ってこいよ。今朝の回診の時にウサキチをサリーと一緒に洗ったって、それはもう嬉しそうに仰ってたから、きっとお喜びになるよ」
「ああ、あれね。うん、確かに楽しかったけど。じゃあちょっと行ってくるね。ところで今日はトーマス先生いないの?」
「今日はお休みだ。本当の孫と遊んでるんじゃないか?」
「なるほど。あなたは? 休まないの?」
「明後日が休みだよ」
「そうなんだぁ。明後日かぁ……」
「どうした?」
「私も明後日休みだったんだけど、ライラが替わってくれって言うから仕事になったの」
「ライラが? ライラは明日が休みだろ?」
「あら? よく把握しておられること。そうよ、連休にしたいんだって。何でも実家に行く用事があるらしくて。最近彼女はよく実家に帰るんだけど、そろそろ縁談とかの話が出てるのかもね」
「縁談?」
「ええ、ライラも18歳だからね。まあ一応私もだけど」
「ライラが結婚? 本人は納得してるのか?」
「知らないわ。自分で聞けば?」
「っう……そうだよな……結婚か……ライラが……」
何やら考え込むロバートを置き去りにして、サリーは第一王子の執務室に向かった。
「失礼します。サリーです。シューン殿下の件でご報告があります」
入室の許可が出て、側近がドアを開けてくれた。
ソファーを勧められたが、メイドのサリーが座るわけにはいかない。
必死で固辞するサリーの肩を持って、無理やり座らせたイースは、楽しそうに口を開く。
「シューンのお友達はなんとかなったかい」
「ええ、お陰様でお腹以外は無事に修復できました」
「あの状態を直せるとは……サリーは凄腕だな」
「あっ……ちょっと裏技を使いまして。それより殿下、とても嬉しいことがあったのです」
サリーは昨日のシューンの行動と発言を漏らすことなく伝えた。
我が子の成長を語る母のような口調に、イースは苦笑いをしながらも目に涙を浮かべていた。
「そうか、シューンがな。成長してくれたものだ。サリーのお陰だな」
「私だけじゃないですよ? ライラも近衛の方もとても頑張ってくれているのです。それに何よりトーマ様の影響が大きいですね」
「ああ、まるで五十路のような雰囲気を持つ5歳児のトーマだな? あいつは本当に5歳児か? だとしたら真のジーニアスだな」
「そう……ですね」
「そうだ、サリー丁度良かった。相談したいことがあったんだ」
「なんでしょう?」
「そろそろシューンに剣術を教えようと思うんだが、どう思う?」
「まだ危ないような気がしますが。殿下は何歳から剣術を?」
「私は4歳から習っていた。だからそろそろかと思ったのだが」
「怪我とかしませんか?」
「そりゃするさ。打ち身や捻挫は当たり前だな。手の皮がむけて、そのうち固くなる。その固くなったのがタコになるんだ。そうなるまで続けることが必要だ」
「……」
「サリー?」
前世の世界で5歳児が持つとしたら、プラスチックでできた水鉄砲くらいのものだ。
模擬剣とはいえ、敵を弑するための訓練をそんな齢からしなくてはいけないなんて……
サリーはギュッとメイド服を握った。
「もう少し大きくなってからでは遅いのですか?」
「そうだな、早いほど良いとは思う。いくら護衛が守ってくれるとはいっても、最終的に自分を守るのは自分だ。ある程度の剣技は習得しなくてはいけない」
「そうですよね……」
サリーはフッと視線を窓の外に投げた。
高層ビルや蟻の行進のような車列などあるはずも無く、ただ美しい庭の先に聖堂の高い塔だけが見える。
仄かな甘い香りが風に乗って鼻腔をくすぐり、レモンの花が満開であることを知らせてくれた。
(そうよね……ここは異世界なのよね)
「私はどうも過保護なようです。どうぞお心のままに」
「そうか、それでは誕生日会が終わったら私から話してみよう。近衛騎士長が手を上げてくれているんだ。彼に任せようと思う。この件は父も母も了承済だ」
「近衛騎士長なら安心ですね」
「ああ、彼には私も教わったんだ。そこでだ、サリーの休みはいつだ?」
「私の休みは四日後です」
「そうか……その日は何か予定があるのか?」
「溜まった洗濯ものを片づけたら、買い物に行こうかと思っていました」
「買い物か。それなら都合がよい。私に付き合わないか? シューンのものを買いに行きたいと思っているんだが」
「殿下がわざわざ行かれるのですか?」
「ああ、それに新しくできた店なども……視察をしたいと思っているんだ」
「私でいいのですか? ものすごく不敬な気がします」
「サリーが良いんだ。あっ……ほら、シューンのことをよく知っているだろ? 他の者よりシューンに似合うものも知っていると思ってな」
「なるほど、そういうことでしたら、喜んでお供いたします」
「そうか! では10時にここに来てほしい。私も平民の服を来ていくから、サリーもそのつもりでな」
「殿下……元より平民の服とメイド服しか持っておりませんので」
「はははっ! そうか、それもそうだ」
サリーは立ち上がって退出の礼をした。
イースが思い立ったように口を開く。
「先ほどの使用人たちの誕生日の件だが、個別というのはいささか難しいと思うが、ある期間で区切って祝うというのはどうだろうか。例えば1年は365回夜を迎えるので30日ごとに、その期間内が誕生日の者を祝う席を設けるのだ。どうだろうか」
サリーは目を輝かした。
「それは素敵ですわ。それなら全員を平等に祝えますし、シューン殿下も参加しやすいです。例えば、お祝いにシューン殿下のバイオリンを披露するとか……ああ、考えただけで楽しくなります」
サリーはウキウキとしながら部屋を辞した。
結局サリーの誕生日は聞けずじまいだったイースは、ギュッと拳を握って苦笑いを浮かべた。
翌日の午後、シューンの午睡時間に医務室に来ていたサリーから、昨日の出来事を聞いたロバートが感心したように言った。
「そうなのよ。ホントにいい子になってくれて嬉しい」
「じゃあその背中に貼ってあるメモを見ても怒るなよ?」
「ん? 何のこと?」
サリーは背中に手を回すが届かない。
ロバートが笑いながらとってやる。
「私に食べ物を与えないでください。凶暴化します?」
ロバートが大爆笑しながらテーブルの上の菓子を片づけた。
「ちょっと! まだ食べてない!」
「凶暴化されたら困る」
「しないわよ!」
メモの字は間違いなくシューンのものだ。
しかも凶暴のスペルを間違えている。
「シューンのやつ……」
「まあまあ、そう言えばその話はイース殿下にしたのか?」
「まだよ。だってただのメイドがいちいち第一王子殿下に直接報告するとか、おかしいでしょう?」
「まあそう言わずに行ってこいよ。今朝の回診の時にウサキチをサリーと一緒に洗ったって、それはもう嬉しそうに仰ってたから、きっとお喜びになるよ」
「ああ、あれね。うん、確かに楽しかったけど。じゃあちょっと行ってくるね。ところで今日はトーマス先生いないの?」
「今日はお休みだ。本当の孫と遊んでるんじゃないか?」
「なるほど。あなたは? 休まないの?」
「明後日が休みだよ」
「そうなんだぁ。明後日かぁ……」
「どうした?」
「私も明後日休みだったんだけど、ライラが替わってくれって言うから仕事になったの」
「ライラが? ライラは明日が休みだろ?」
「あら? よく把握しておられること。そうよ、連休にしたいんだって。何でも実家に行く用事があるらしくて。最近彼女はよく実家に帰るんだけど、そろそろ縁談とかの話が出てるのかもね」
「縁談?」
「ええ、ライラも18歳だからね。まあ一応私もだけど」
「ライラが結婚? 本人は納得してるのか?」
「知らないわ。自分で聞けば?」
「っう……そうだよな……結婚か……ライラが……」
何やら考え込むロバートを置き去りにして、サリーは第一王子の執務室に向かった。
「失礼します。サリーです。シューン殿下の件でご報告があります」
入室の許可が出て、側近がドアを開けてくれた。
ソファーを勧められたが、メイドのサリーが座るわけにはいかない。
必死で固辞するサリーの肩を持って、無理やり座らせたイースは、楽しそうに口を開く。
「シューンのお友達はなんとかなったかい」
「ええ、お陰様でお腹以外は無事に修復できました」
「あの状態を直せるとは……サリーは凄腕だな」
「あっ……ちょっと裏技を使いまして。それより殿下、とても嬉しいことがあったのです」
サリーは昨日のシューンの行動と発言を漏らすことなく伝えた。
我が子の成長を語る母のような口調に、イースは苦笑いをしながらも目に涙を浮かべていた。
「そうか、シューンがな。成長してくれたものだ。サリーのお陰だな」
「私だけじゃないですよ? ライラも近衛の方もとても頑張ってくれているのです。それに何よりトーマ様の影響が大きいですね」
「ああ、まるで五十路のような雰囲気を持つ5歳児のトーマだな? あいつは本当に5歳児か? だとしたら真のジーニアスだな」
「そう……ですね」
「そうだ、サリー丁度良かった。相談したいことがあったんだ」
「なんでしょう?」
「そろそろシューンに剣術を教えようと思うんだが、どう思う?」
「まだ危ないような気がしますが。殿下は何歳から剣術を?」
「私は4歳から習っていた。だからそろそろかと思ったのだが」
「怪我とかしませんか?」
「そりゃするさ。打ち身や捻挫は当たり前だな。手の皮がむけて、そのうち固くなる。その固くなったのがタコになるんだ。そうなるまで続けることが必要だ」
「……」
「サリー?」
前世の世界で5歳児が持つとしたら、プラスチックでできた水鉄砲くらいのものだ。
模擬剣とはいえ、敵を弑するための訓練をそんな齢からしなくてはいけないなんて……
サリーはギュッとメイド服を握った。
「もう少し大きくなってからでは遅いのですか?」
「そうだな、早いほど良いとは思う。いくら護衛が守ってくれるとはいっても、最終的に自分を守るのは自分だ。ある程度の剣技は習得しなくてはいけない」
「そうですよね……」
サリーはフッと視線を窓の外に投げた。
高層ビルや蟻の行進のような車列などあるはずも無く、ただ美しい庭の先に聖堂の高い塔だけが見える。
仄かな甘い香りが風に乗って鼻腔をくすぐり、レモンの花が満開であることを知らせてくれた。
(そうよね……ここは異世界なのよね)
「私はどうも過保護なようです。どうぞお心のままに」
「そうか、それでは誕生日会が終わったら私から話してみよう。近衛騎士長が手を上げてくれているんだ。彼に任せようと思う。この件は父も母も了承済だ」
「近衛騎士長なら安心ですね」
「ああ、彼には私も教わったんだ。そこでだ、サリーの休みはいつだ?」
「私の休みは四日後です」
「そうか……その日は何か予定があるのか?」
「溜まった洗濯ものを片づけたら、買い物に行こうかと思っていました」
「買い物か。それなら都合がよい。私に付き合わないか? シューンのものを買いに行きたいと思っているんだが」
「殿下がわざわざ行かれるのですか?」
「ああ、それに新しくできた店なども……視察をしたいと思っているんだ」
「私でいいのですか? ものすごく不敬な気がします」
「サリーが良いんだ。あっ……ほら、シューンのことをよく知っているだろ? 他の者よりシューンに似合うものも知っていると思ってな」
「なるほど、そういうことでしたら、喜んでお供いたします」
「そうか! では10時にここに来てほしい。私も平民の服を来ていくから、サリーもそのつもりでな」
「殿下……元より平民の服とメイド服しか持っておりませんので」
「はははっ! そうか、それもそうだ」
サリーは立ち上がって退出の礼をした。
イースが思い立ったように口を開く。
「先ほどの使用人たちの誕生日の件だが、個別というのはいささか難しいと思うが、ある期間で区切って祝うというのはどうだろうか。例えば1年は365回夜を迎えるので30日ごとに、その期間内が誕生日の者を祝う席を設けるのだ。どうだろうか」
サリーは目を輝かした。
「それは素敵ですわ。それなら全員を平等に祝えますし、シューン殿下も参加しやすいです。例えば、お祝いにシューン殿下のバイオリンを披露するとか……ああ、考えただけで楽しくなります」
サリーはウキウキとしながら部屋を辞した。
結局サリーの誕生日は聞けずじまいだったイースは、ギュッと拳を握って苦笑いを浮かべた。
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