21 / 61
21
しおりを挟む
窓もない小さな小屋に入った使用人は、薄汚れて灰色になっているぬいぐるみを抱えて出てきた。
「これですか?」
「ウサキチ!」
シューンが騎士の腕から飛び降りるようにして駆け寄った。
「ウサキチ! ウサキチ! 無事でよかった」
ウサキチの腹に顔を埋めるようにして抱きしめるシューン。
やっと追いついたサリーがウサキチごとシューンを抱きしめた。
「良かったですね。殿下」
「ああ、まだ燃やされてなかった……良かった」
「そんな時はなんと言うのでしたか?」
シューンがウサキチから離れて焼却担当の使用人に向き合った。
「探していたものはこれだ。焼かれていなくて助かった。ウサキチを助けてくれてありがとうございました」
「うへっ……王子さまに頭を下げられちまうと、どうすれば良いのかわかりません。それに、そのぬいぐるみは孫にやろうと思って焼かずに置いていたもので。盗もうとしたわけではありませんが、どうぞお許しください」
「そうか、盗もうなどと思ってもいない。捨てられていたのであれば、不要だと思って当たり前だ。でも本当に良かった……」
サリーがおどおどしている使用人に聞いた。
「お孫さんがおられるのですか?」
「はい、来週が誕生日なのですが、何も買ってやれず……不憫に思っていた時このぬいぐるみが運ばれてきたのです。随分古いので、まさか王子殿下のものとは思わず……。きれいに洗って渡してやろうと思いました」
「そうですか。お孫さんはおいくつになられるの?」
「三歳になります。戦争で父親を亡くしておりまして。母親は隣町で女給をしておりますもので、私たち老夫婦が預かっているのです」
「そうでしたか。偶然とはいえ殿下のぬいぐるみが生き残ったのはあなたのお陰です。後ほど改めてお礼を致します。本当にありがとうございました」
サリーはシューンの頭を押さえながら、もう一度二人で深く頭を下げた。
近衛騎士が小さく拍手をしている。
ライラはなぜかエプロンで涙を拭いていた。
「さあ、殿下。ウサキチはお風呂に入らなくてはなりませんから私が預かります。殿下はライラと一緒にお食事に戻ってください」
「わかった」
シューンはライラに手を引かれ数歩歩いてから振り返った。
「おじいさん、本当にありがとうね」
まだ小さな手を目いっぱい広げて、焼却担当の使用人に手を振るシューン。
その姿を離れて見ていた第一王子は、何度も深く頷いていた。
「シューン、一緒に朝食をやり直そう」
「はい、兄上」
サリーはウサキチを抱えて洗濯場に向かった。
「これはゴミだと思われても仕方ないかも」
ざぶざぶとウサキチを洗うサリーは呟いた。
シミや黴は洗えば落ちるし、破れは縫えば何とかなる。
しかし布の劣化は如何ともしがたく、洗った端から綿が顔を出すような状態だった。
「でもこれってブランケット症候群よね……」
ブランケット症候群とは、子供の成長期に見られる行動だ。
母親という守ってくれる存在と、外の世界の狭間で揺れ動く気持ち。
瞬にとってのウサキチは、さおりと離れている間も、その存在を感じることのできるよすがだったのだろう。
しかし、シューンは生まれてすぐに母を失っている。
彼がウサキチに求めている役割は何だろう。
「あ……」
考え事をしながら手を動かしている間に、ウサキチのお腹から綿が溢れだしてしまった。
生地自体が薄くなりいつ解れてもおかしくない状態だ。
「どうしよう……」
暫し考えたサリーは、ウサキチを板干しにして縫い直すことにした。
力任せに絞るとますます破れる恐れがあるので、近くにいた年配の洗濯メイドに相談すると、シーツに包んで押さえるという方法を教えてくれた。
「これを使いな。汚れていないけど収める前にもう一度洗おうと思ってたシーツさ」
「ありがとうおばさん」
「ああ、幼子を育てるのは大変さ。頑張りなよ」
シーツを受け取りながら礼を言うサリーに、後ろから話しかける者がいた。
「あのさぁ、マリカのことなんだけど。やっぱり首になるのかい? それとも何か罰を受けるのかねぇ。あの子は悪い子じゃないんだよ」
「ああ、マリカちゃんね? きっと大丈夫よ。あんなことで罰を受けてたら命がいくつあっても足りないわ。ちゃんと正直に言ったのだし、メイド長も悪いようにはしないと思うけど……私からも確認しておくわ」
「ああ、頼むよ。あの子はまだ十歳になったばかりなのに朝から晩まで働いてるいい子なんだ」
「ここの仕事の後も働いているの?」
「ああ、父親がやっている乾物屋の店番をしてるよ。弟と妹の面倒をみながらね」
「そう。頑張ってるんだね」
「私たちはみんなあの子が不憫で仕方がないんだよ。だから心配でね」
「うん、わかったわ」
サリーはウサキチとシーツを抱えて物干し場に出た。
広げたシーツでウサキチを包み、力いっぱい押して水分をシーツに吸わせていく。
「なかなか難しいわ」
非力なサリーが体重をかけても、思うほど絞れない。
腕組みをするサリーの後ろから、優し気な声がした。
「これですか?」
「ウサキチ!」
シューンが騎士の腕から飛び降りるようにして駆け寄った。
「ウサキチ! ウサキチ! 無事でよかった」
ウサキチの腹に顔を埋めるようにして抱きしめるシューン。
やっと追いついたサリーがウサキチごとシューンを抱きしめた。
「良かったですね。殿下」
「ああ、まだ燃やされてなかった……良かった」
「そんな時はなんと言うのでしたか?」
シューンがウサキチから離れて焼却担当の使用人に向き合った。
「探していたものはこれだ。焼かれていなくて助かった。ウサキチを助けてくれてありがとうございました」
「うへっ……王子さまに頭を下げられちまうと、どうすれば良いのかわかりません。それに、そのぬいぐるみは孫にやろうと思って焼かずに置いていたもので。盗もうとしたわけではありませんが、どうぞお許しください」
「そうか、盗もうなどと思ってもいない。捨てられていたのであれば、不要だと思って当たり前だ。でも本当に良かった……」
サリーがおどおどしている使用人に聞いた。
「お孫さんがおられるのですか?」
「はい、来週が誕生日なのですが、何も買ってやれず……不憫に思っていた時このぬいぐるみが運ばれてきたのです。随分古いので、まさか王子殿下のものとは思わず……。きれいに洗って渡してやろうと思いました」
「そうですか。お孫さんはおいくつになられるの?」
「三歳になります。戦争で父親を亡くしておりまして。母親は隣町で女給をしておりますもので、私たち老夫婦が預かっているのです」
「そうでしたか。偶然とはいえ殿下のぬいぐるみが生き残ったのはあなたのお陰です。後ほど改めてお礼を致します。本当にありがとうございました」
サリーはシューンの頭を押さえながら、もう一度二人で深く頭を下げた。
近衛騎士が小さく拍手をしている。
ライラはなぜかエプロンで涙を拭いていた。
「さあ、殿下。ウサキチはお風呂に入らなくてはなりませんから私が預かります。殿下はライラと一緒にお食事に戻ってください」
「わかった」
シューンはライラに手を引かれ数歩歩いてから振り返った。
「おじいさん、本当にありがとうね」
まだ小さな手を目いっぱい広げて、焼却担当の使用人に手を振るシューン。
その姿を離れて見ていた第一王子は、何度も深く頷いていた。
「シューン、一緒に朝食をやり直そう」
「はい、兄上」
サリーはウサキチを抱えて洗濯場に向かった。
「これはゴミだと思われても仕方ないかも」
ざぶざぶとウサキチを洗うサリーは呟いた。
シミや黴は洗えば落ちるし、破れは縫えば何とかなる。
しかし布の劣化は如何ともしがたく、洗った端から綿が顔を出すような状態だった。
「でもこれってブランケット症候群よね……」
ブランケット症候群とは、子供の成長期に見られる行動だ。
母親という守ってくれる存在と、外の世界の狭間で揺れ動く気持ち。
瞬にとってのウサキチは、さおりと離れている間も、その存在を感じることのできるよすがだったのだろう。
しかし、シューンは生まれてすぐに母を失っている。
彼がウサキチに求めている役割は何だろう。
「あ……」
考え事をしながら手を動かしている間に、ウサキチのお腹から綿が溢れだしてしまった。
生地自体が薄くなりいつ解れてもおかしくない状態だ。
「どうしよう……」
暫し考えたサリーは、ウサキチを板干しにして縫い直すことにした。
力任せに絞るとますます破れる恐れがあるので、近くにいた年配の洗濯メイドに相談すると、シーツに包んで押さえるという方法を教えてくれた。
「これを使いな。汚れていないけど収める前にもう一度洗おうと思ってたシーツさ」
「ありがとうおばさん」
「ああ、幼子を育てるのは大変さ。頑張りなよ」
シーツを受け取りながら礼を言うサリーに、後ろから話しかける者がいた。
「あのさぁ、マリカのことなんだけど。やっぱり首になるのかい? それとも何か罰を受けるのかねぇ。あの子は悪い子じゃないんだよ」
「ああ、マリカちゃんね? きっと大丈夫よ。あんなことで罰を受けてたら命がいくつあっても足りないわ。ちゃんと正直に言ったのだし、メイド長も悪いようにはしないと思うけど……私からも確認しておくわ」
「ああ、頼むよ。あの子はまだ十歳になったばかりなのに朝から晩まで働いてるいい子なんだ」
「ここの仕事の後も働いているの?」
「ああ、父親がやっている乾物屋の店番をしてるよ。弟と妹の面倒をみながらね」
「そう。頑張ってるんだね」
「私たちはみんなあの子が不憫で仕方がないんだよ。だから心配でね」
「うん、わかったわ」
サリーはウサキチとシーツを抱えて物干し場に出た。
広げたシーツでウサキチを包み、力いっぱい押して水分をシーツに吸わせていく。
「なかなか難しいわ」
非力なサリーが体重をかけても、思うほど絞れない。
腕組みをするサリーの後ろから、優し気な声がした。
48
お気に入りに追加
1,032
あなたにおすすめの小説
~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます
無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる