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 翌日の授業から参加したトーマは、いい加減な授業ばかりの教師陣を、魔人のごとくバッサバッサと叩きのめした。
 5歳児が放つとは思えないほどの鋭い質問にタジタジの教師たちは、正確な回答をすぐに出すことができず、ホウホウの態で逃げ出すのが精一杯だった。
 それでもすぐに切り捨てるわけでは無く、次回の授業での回答如何では猶予を与えるほどの余裕を見せるトーマに、サリーは舌を巻いた。

(トーマの性格の悪さがにじみ出てるわ)

 回答に対する更問はさらに厳しく、教師の一人がボソッと呟いた。

「そんな質問なんて、最高学府の生徒でもできないだろ……約束が違う」

「約束って何ですか?」

 サリーも間髪入れずに追い詰める。
 メイドの言葉など無視を決め込む教師に対し、わざと見えるようにポケットからメモ帳を取り出して、何か書きつけるサリー。
 その教師はまだまともな方だろう。
 自分から辞退を申し出てきた。

「そうですか、残念ですが仕方がありません。祖父に言って紹介状を用意しましょうか?」

「いいえ、結構でございます。私は母校に戻って勉強をやり直したいと考えております。目が覚めました。教育するということを甘く見ておりました」

「なるほど。それは良いことかもしれません。他の先生方にも是非目を覚ましていただきたいものですね」

 トーマはとても満足した顔をしていた。
 ほんのひと月ほどで残った教師はゼロとなり、さすがに派遣元のサルーン伯爵が、苦情を言いにやってきた。

「亡くなった娘への供養だと思って、好意で用意した教授陣を解任するなど、死者への冒涜としか言いようがないですな!」

 状況をすべて把握しているイース殿下が余裕の笑みで言い返す。

「私たちも伯爵の意を汲んで見守ってきましたが、さすがに5歳児の質問に答えられないとなるとなんとも……。そんな教師では伯爵としても不本意なのではないですか?」

「それは……」

「ですから新しい教師はこちらの方で……」

 サルーン伯爵が第一王子の発言に割り込んだ。

「いえ、新しい教授陣も是非私共で派遣させていただきたい」

「ああ、その件につきましてはすでにこちらで動いていますのでお任せください」

「そんな! それはあまりにも勝手な……娘が不憫でございます」

「そうですか? そこまで仰るならこちらで用意した教授陣への報酬は、サルーン伯爵家に請求するよう手配しましょう。それなら伯爵の希望にも応えられる。いかがかな?」

「っう……」

「結果としては伯爵家が雇うことになるんだ。問題ないでしょう?」

「そうですか。わかりました」

「ご理解いただき感謝します」

 恨めしそうな顔で立ち上がるサルーン伯爵に、イースが追い打ちを掛けた。

「ああ、そう言えばご存じですか? シューンにつけていただいていた護衛騎士ですが、負傷しました。まあ負傷と言っても剣が使えなくなったわけではありません。少し前に庭で遊んでいたシューンに近づいたものがおりましてね。その者から守ろうとした名誉の負傷ですから、褒めてやってください。今は宮殿の医務室にある病棟で治療入院させています」

「あの者がシューン殿下を庇ったと? その間の護衛は? 今の護衛は?」

「ご心配なく。大切な王子ですからね、近衛から厳選してつけていますよ。信頼できる者ですのでご安心ください」

「そうですか……では私はこれで」

「ご苦労様でした」

 サルーン伯爵が部屋を出て数秒後、執務室内に笑い声が響いた。

「あっさりと引いたな。まだ駒が残っているということだ」

 イース殿下は悪い顔で微笑んだ。
 その頃シューンは椅子の座面に強力な糊を塗り、気づかずに座ったサリーのメイド服の尻が破れるという悪戯のせいで、厳しい教育的指導を受けていた。

「まだ書くのか?」

「はい」

「ウゲッ」

 ライラとサリーに見張られながら、三代前までの王族全員のフルネームをノートに書き続けていた。
 王族の名前はとにかく長い。
 まだきれいに小さな文字を掛けないシューンにとって、一頁に一人の名前を書くのが精一杯だ。

「紙が勿体ないとは思わないのか?」

「メイド服より安いかと。ああ、終わるまでおやつはお預けですからね」

「グフッ」

 焦るシューンはインク壺を倒してしまった。
 手際よく片づけるサリーとライラ。

「これは怒るところではないのか?」

「わざとでないなら怒る必要はございません」

「そういうものか……」

 そして罰が終わり、シューンの字は格段に上達していた。
 苦行が終わり、やっとおやつにありついていたシューンの前に、トーマがやってきた。

「殿下、お邪魔してもよろしいですか?」

「おお、トーマ。今日は授業がない日だが登城していたのか」

 ソファーに向かい合って座る5歳児に心がほっこりする。
 しかしその会話はなかなかにエグい。
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