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 ライラが戻ってきた。
 シューンは大人しく机に向かって絵をかいていた。

「殿下、ライラが戻ってきましたよ」

 シューンが立ち上がりライラの前で頭を下げた。

「ライラ、申し訳ないことをした。怪我はなかっただろうか」

「シューン殿下?」

「もう命を弄ぶような悪戯はしないと誓う。許してほしい」

「……わかりました。反省なさったのですね」

 命を弄ばない悪戯ならするのか? と思ったライラとサリーだったが、そこは口に出さなかった。

「ああ、反省した。それと……あのヘビは見つかったのだろうか」

「まだみたいですよ。小さかったから隙間に入ると難しいでしょうね」

「そうか……無事に見つかれば良いが……あのヘビにも悪いことをしてしまった」

 サリーとライラは肩を竦めて頷きあった。
 しゅんとしている殿下をソファーに座らせ、ライラが持ってきたお茶とお菓子をテーブルに並べるサリー。
 机の上を見て不思議そうな顔をしているライラが振り向いた。

「殿下? なぜセロリの絵を?」

 シューンは何も答えず、サリーは吹き出して笑った。
 それから暫くしてイース第一王子が顔を出した。

「シューン、今日来ていたフレッツ伯爵令孫のトーマが、お前の学友に決まったぞ。一緒に受けるのは歴史と算術と国語と外国語だ。もしかしたら他の授業も加わって貰うかもしれんが、手始めはその四つだ。あと、マナーの時間も付き合ってくれるそうだ」

「本当ですか! 兄上、ありがとうございます」

「ああ、しっかり勉強しなさい。頑張れば褒美にあのエメラルドグリーンの猫を連れてきてくれると言っていたぞ」

「はい! 頑張ります!」

 サリーは俯いてロバートに同情の念を捧げた。

「良かったですね、殿下」

 ライラが嬉しそうな顔でシューンに言った。
 シューンも何度も頷いている。
 満足そうに部屋を出て行こうとする第一王子を、サリーは追った。

「イース殿下」

「ああ、サリーか。悪かったなぁ、驚いただろう?」

「少しだけ本気で覚悟をしましたが、シューン殿下が反省してくださって良かったです」

「ああ、君のお陰だ。これからもよろしく頼むよ」

「でも、王族に暴力を振るったのは事実です。罰を受ける覚悟はできております」

「罰? だって君には免罪符を渡したはずだが? それにあれは父にも母にも話は通してあることだ。これからもどうしようもないときは遠慮なく発動してくれ」

「ありがたきお言葉です。それと……少しお耳に入れたいことがございまして」

「ん? なんだろうか? ここでは話し難い事か?」

 サリーは周りを見回した。
 チラッと護衛騎士の姿を確認し、サリーは小声で言った。

「できれば……」

「わかった。後ほど私の執務室に着てくれ。最優先で時間をとろう」

「ありがとうございます」

 シューンの部屋に戻ると、ライラと一緒に絵を描いているシューンと目が合った。
 まだ少しばつが悪そうな顔をするシューンに、サリーの心が波打った。

「シューン殿下、仲直りしませんか?」

「仲直り? してくれるのか?」

「はい、私もライラも殿下と仲良しになりたいです」

「ありがとう……」

「では、仲直りの握手をしましょう」

「うん」

 三人は手を取り合った。

「本当に悪かった」

「はい、そのお言葉を受け入れます。これで終わりにしましょう。それに、あの赤ちゃんヘビは見つかって、お庭に返したそうですよ?」

「そうなのか? ああ、良かった……本当に良かった……」

 シューンが心から安堵した声を出した。
 不思議そうな顔をするライラに、サリーはウィンクをして見せた。
 小さく何度も頷くライラ。
 噓だと察したのだろう、話を合わせてくれた。

「良かったですね、殿下」

「ああ、良かった……」

「さあ、絵の続きを描きましょうか」

 二人は再びスケッチブックに向かった。
 先ほどまでセロリが描かれていた横には、なぜか人参の絵が加わっている。

「私はちょっと医務室に行ってくるね。頼まれてた用事があるから」

 サリーは第一王子の執務室に向かった。
 ノックをすると側近が顔を出し、中に招き入れてくれた。

「ああ、サリー。お茶でもいかがかな?」

 そう言うとイース王子はさり気なく人払いをしてくれた。
 残っているのはもっとも信頼している最側近のみ。
 サリーは安心して話し始めた。

「実はシューン殿下についている護衛騎士なのですが、少々不安に思っておりまして」

「ああ、あの無表情な騎士か。あいつは確かシューンの生母の実家が私費でつけているはずだが」

「ええ、サルーン伯爵家と伺っております」

「ああ、知っているなら話が早いな。それで? 不安と言いうのは?」

「なんと言うか怠慢なのです。今日もヘビ事件の時、一番に逃げ出したのは彼でしたし」

「そうか……実はフレッツ先生からも同様の進言があった。だからこそ学友の存在が重要だと言って下さってな」

「そうでしたか」

「うん、私の目が届かなくて申し訳ない。シューンの存在のことはなかなか微妙でなぁ。母上が疎んでいるわけでは無いのだが、貴族たちが勝手にいろいろな噂をしているんだ。本当のところ、母上はシューンをとても大切に思っている。しかし後継者争いということになると対抗馬はシューンだろう? フレッツ伯爵家もなかなか野心を持っているし、私が立太子をしないのも、そういった微妙な事情があるんだ」

「なるほど、いろいろ大変ですね。でも私が聞いても良い話ですか?」

「もちろんだ。君はシューンの母でもあり姉でもあり友でもあると思っている。フレッツ先生も絶大な信頼を置いていると仰っていた。私も同様に思っている」

「ありがたき幸せでございます」

「まあ、そういった事情でシューンに関しては私が全面的に決定権を渡されているんだ。父や母が動くとややこしいことになるからね。だから今後とも私に相談をして欲しい」

「畏まりました」

「話がそれたが……あの護衛を辞めさせて、私の手のものをつけるとなると、どうするかな……サルーン伯爵家をあまり刺激したくないというのも本音だが……」

「そこまでお話しいただいたので、私も正直に申します。彼はサルーン伯爵から送り込まれたスパイです。もしかしたら他にもいるかもしれません。それに家庭教師たちもそうだと思います。まあ、そちらはトーマ様が見張ってくださいますから安心ですが」

「ああ、彼はものすごく優秀なのだとフレッツ医師も自慢しておられた。教師の方は彼に任せよう。護衛騎士の件だが、少し時間をくれないか? 早急に考えてみるよ」

「わかりました。それでは私は失礼させていただきます」

 サリーは少しだけ肩の荷が降りたような気分で医務室に向かった。

「お邪魔しますぅ」

「ああ、サリーちゃん。聞いたよ、災難だったねぇ」

「ええ、でも心から反省していただける良い機会になりましたから。終わりよければ全て良しですよ」

「ははは! なるほどな」

「今しがたイース殿下に護衛騎士の話をしてきました。先生からも伝えておられたとか」

「ああ、一応ね」

「それにとっても優秀なトーマ様が見張って下さるとか?」

「うんうん、とっても優秀な我が孫に任せておきたまえ」

「はい、そこはもう本当に安心ですわ。それにシューン殿下が頑張れば、あの猫を遊び相手に連れてこられるとお約束なさったそうで?」

 ロバートが慌てた。

「先生!」

 そんなロバートを完全に無視して、フレッツ医師が言った。

「これから忙しくなるぞ」

 サリーは少しだけワクワクした。
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