転生メイドは絆されない ~あの子は私が育てます!~

志波 連

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 シューン殿下の普段着を借りたフレッツ伯爵は、満面の笑みでサリーに手を引かれていた。

「今日から戻るまで、私はシューン殿下の学友ということじゃな?」

「そうですね。でも語尾には気を付けてくださいね」

「善処する。しかし楽しみだな」

「子供の振りをしてシューン殿下と友達になってください」

「任せておけ。私は孫とも仲よく遊ぶ良きおじい様だからな。幼児の扱いには慣れている」

「はあ……よろしくお願いします」

 シューンの部屋の前で、一度立ち止まったサリーは意を決してノックをした。
 まだ歴史の授業は続いていたようで、じろっと教師が睨んできた。
 
「先生、申し訳ございません。本日より殿下と一緒に授業を受けるフレッツ伯爵家の……」

 言い淀むサリーの後を、フレッツ伯爵が引き取った。

「遅れて申し訳ございません。本日よりシューン殿下の学友として共に学ばせていただきますフレッツ伯爵家のトーマでございます。よろしくお願いいたします」

 家庭教師も驚いていたが、もっと驚いていたのはシューンとライラだった。
 護衛騎士だけは相変わらず無関心を装っている。

「サリー? そんな話あったっけ?」

「さっき急に決まったのよ」

 それ以上何も聞かれたくないサリーは、さっさとシューンの横に席を作った。

「さあ、殿下。今日から一人じゃないですよ。良かったですね」

「あ……ああ、そうか。フレッツ伯爵令孫、よろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願い致します」

 この世界の子供に子供らしさというものは無いのか? 
 自分が作り出してしまったこの状況に、納得できずにいたサリーだった。
 授業はだらだらと進み、大人のサリーでさえ苦痛以外感じない時間が流れる。

「先生、ちょっとよろしいですか?」

 トーマが手を上げた。

「ん? 何かね?」

「はい、先ほどのお話ですと我が国の情報が敵国に漏れていたことが原因で、苦戦を強いられ、犠牲が増えたと言うことでしょうか?」

「そうだね」

「ではなぜ漏れたのですか? 誰が漏らしたのでしょうか? その後の対策はどのようなものなのでしょうか」

「そ……それは……」

「歴史とは同じ過ちを繰り返さないために、子々孫々に伝えるべきことを伝えるという側面を持っていると考えます。そして、過去が現在にもたらしている原因を知ることが重要なのではないでしょうか」

「……」

「そういう観点から申し上げると、先ほどの質問の意義は大きいと存じますが?」

「……」

「先生?」

 家庭教師が視線をずらし、ごそごそと懐中時計を取り出した。

「答えたいのはやまやまですが、時間が来たようですので、本日はここまでということで」

 家庭教師以外の全員が同じことを思った。
 逃げやがった……と。

「わかりました。時間が来たのなら仕方がない。次回の授業では必ず答えを教えていただけますようよろしくお願いします」

 老練な幼児はダメ出しも忘れない。
 サリーは笑いをこらえるのに必死だった。

「君……凄いな。あの先生を言い負かすなんてさ」

「あれほど退屈な授業は、今まで生きてきた中で初めてでしたよ。あれは授業とは言えません。ただの朗読だ。今までよく耐えてこられましたね」

「今までって……いくら何でも短すぎないか? まあ、あれしか知らないからそんなものだと思っていたが、君が受けてき授業は違うのか?」

「全然違います。授業はもっと楽しいものです。新しい知識を得るということは喜びなのです。だからあれじゃダメだ。教師を変更するよう進言しておきますよ」

「誰に?」

「あっ……それは……サリーが第一王子殿下に」

「そうか、サリーが言ってくれるのか。頼むぞ、サリー」

 復讐だろうか、とんでもない無茶ぶりをして笑っているトーマをサリーは睨んだ。
 随分予定より早く終わったので、それぞれが好きに本を読むことになり、シューンはお気に入りの絵本を出してきて、机に広げた。

「トーマも読むか? 勇者の冒険などどうだ?」

「いえ、私は持参しておりますので」

 そう言ったトーマが取り出したのは医学書だった。
 
「そ……そうか……トーマは難しい本が読めるのだな……」

 落ち込むシューンに慌てたトーマが言った。

「読めませんよ? 読めるわけ無いですからね? 読める振りですよ? かっこよく見せたいだけですから」

「そうか……兄上には医学書をお願いしようかな」

 サリーは心の中で頭を抱えた。 
 ランチもシューン殿下と並んで食べているトーマを冷めた目で見ながら、サリーは解除の呪文を考え続けた。

(らみぱす? いや、キャラクターが違ったような……ムーンプリズム……なんだっけ)

 二人の子供の後ろで百面相をしているサリーの側に、宮廷医のロバートが声を掛けた。

「何をやっている?」

「何もしてないですが?」

「そうか。もしも明日起きたとき、頬に痛みがあったらすぐに言ってくれ。湿布を処方するから」

 怪訝な顔をするサリーの耳元で、ローバトが呟いた。

「拙いことが起こった。後で先生と一緒に医務室に来てくれ」

 無言で頷くサリー。
 その心境は穏やかではない。
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