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あれほど偉そうな態度をとったシューンだったが、朝食会場までの長い道のりは、その短い脚では辛いらしく、騎士に抱っこされていた。
呆れた顔で見ているサリーと目が合った瞬間、そっと視線をずらしてシューン。
(恥ずかしいとは思ってるんだわ)
サリーは内心ホッとした。
大きなドアの前で降ろされたシューンは、少し背伸びをしてドアノブに手を掛けた。
(それは無理でしょ?)
そう思ったサリーがさり気なく手伝ってやる。
「あ……ありがとう……」
集中していないと聞き取れないほどの小さい声で礼を言ったシューンの頬は、紅色に染まっていた。
ふと見ると、騎士もライラもしれっとして立っているだけだ。
いつもは自分一人で開けているのだろうか。
そう思ったサリーは、シューンが少し不憫に思えた。
「おはようございます。父上、母上、兄上」
席につく前にきちんと挨拶をするその姿に、サリーは思わず拍手をしたくなった。
まるで保育園のお遊戯会を見ているような、慈愛の視線をシューンに投げているサリーを一瞬だけ見たイース王子が声を出す。
「おはよう、シューン。サリーにはきちんと謝ったのかな?」
「はい、起きてすぐに謝りました」
「そうか、それなら良い。席につきなさい」
父親も母親もシューンに声を掛けない。
ただ静かにシューンが席につくのを待っているだけだ。
この部屋にはサリーも含め、十数人の使用人がいるにも関わらず、よじ登るようにして椅子に座ろうとしている幼子に手を差し伸べない。
(絶対おかしいわ!)
サリーは静かにシューンの横に進み、椅子を引いてやって抱き上げて座らせた。
周りの人々は、驚いた顔でサリーを見ている。
「コホン」
王妃が咳ばらいをした瞬間、再び時計が動き出したかのように朝食が始まった。
食べやすい位置まで椅子を進めてやったサリーは、テーブルを見て再び顔を顰める。
(これって大人用のカトラリーじゃん! 5歳児には重たすぎて無理でしょ?)
案の定、シューンは重たいナイフを上手く使えず、ベーコンを切りあぐねていた。
「殿下、お手伝いしてもよろしいでしょうか?」
たまらずサリーが声を掛けると、王妃が口を開いた。
「そなたがサリーか? 昨日はシューンが迷惑をかけたと聞いた。大事ないか?」
サリーは慌てて数歩下がり、ホステス時代に叩き込まれた優雅なお辞儀を披露した。
「ご心配を賜り、恐悦至極に存じます。怪我はございませんでしたが、ロバート先生からは暫し安静を申しつけられてございます」
「そうか。それは難儀じゃな。しかしそなたはシューンの担当を続けたいともうしたそうだが、それは本当か? 押し付けられておるなら私の方から話をするが」
「ありがたきお言葉ではございますが、私は続けさせていただきたく存じております」
「そうか、それはまたなぜじゃ?」
「大変僭越な事ではございますが」
「よい、申してみよ」
「はい、私はシューン殿下のことを、とても愛おしく大切に思っているからでございます」
「なんと!」
サリーは慌てて頭を下げた。
「申し訳ございません」
王も王妃も手を止めてサリーを見ている。
第一王子のイースが助け舟を出した。
「そうか、サリーはシューンを大切に思っていてくれるのか。それは喜ばしい事ではありませんか。ねえ母上?」
王妃が我に返ったようにイースを見た。
「そう……そうじゃな。酷い目に合ったと聞いたが、そなたの気持ちに変りはないと申すか……それは重畳。これからもシューンをよろしく頼む」
「はっ!心を込めてお仕え申し上げます」
再び動き出した室内には、なんとも不思議な空気が流れている。
チラチラと使用人たちを見るが、誰もサリーと目を合わせようとはしなかった。
サリーは再びシューンの横に進む。
予想通り、あれから一口も食べられていないのであろうシューンは、ベーコンを諦めてパンに手を伸ばそうとしていた。
「殿下、お手伝い申し上げてもよろしいでしょうか?」
「あ……ああ」
およそ子供らしくない返事をしたシューンの耳は真っ赤だった。
サリーはベーコンを小さく切り分け、シューンの腕では絶対に届かないであろう位置に置かれていたサラダも一緒に皿に取ってやる。
「さあ、殿下。お召し上がりください」
「サリー……俺は……」
「コホン」
再び王妃の咳払いが聞こえた。
ビクッと肩を揺らしたシューンが、サリーの顔を見た。
「私はその赤いのを好まない。黄色いのだけにしてくれ」
「まあ、殿下? 好き嫌いはなりませんわ。この赤い野菜はベータカロチンや食物繊維が豊富でとても体に良いのです。殿下にとって強い味方でございますよ?」
「味方? この野菜は私の味方なのか? そのベータなんとかとは……なんだ?」
「はい、強い強い味方でございますわ。だから残してはなりません。ベータカロチンとは人に必要な栄養の名前でございます」
「……わかった。頑張る……」
その言葉にイース王子が反応した。
「がんばれシューン。もしもその皿の人参を全部食べたら。私が褒美をとらせてやろう」
「本当ですか? 兄上」
「ああ、約束だ。だから頑張って食べろ」
「はい。サリー、見ていてくれ」
サリーはにっこりとほほ笑んだ。
「はい、殿下。サリーもここで応援いたしておりますわ」
意を決したシューンは人参をフォークで突き刺した。
しかしフォークが大きすぎる上に重すぎた。
カランと音を立てて、人参が刺さったままのフォークが床に転がる。
ライラが駆け寄りフォークを拾った。
俯いてしまったシューンにサリーは明るく話しかける。
「さあ、殿下。リベンジですわ。今のはフォークが重すぎたのです。殿下のせいではありません。気を取り直して参りましょう」
侍従が気を利かせてデザート用のフォークをテーブルに置いた。
サリーは目で礼を言って、それを手渡してやった。
この部屋にいる全員の視線がシューンに集中するなか、何度も躊躇しながら遂に人参を口に入れた。
その瞬間、誰ともなく拍手が起こる。
気づけば王も王妃も、嬉しそうに拍手をしていた。
「偉いぞ! シューン」
イース王子は立ち上がって褒め始めた。
少し涙目になりつつも嚥下したシューンは、少しだけ誇らしそうな顔をした。
「もう1つございますよ? 殿下」
間髪を入れずそう言ったサリーは、少しだけ悪い顔をしていた。
呆れた顔で見ているサリーと目が合った瞬間、そっと視線をずらしてシューン。
(恥ずかしいとは思ってるんだわ)
サリーは内心ホッとした。
大きなドアの前で降ろされたシューンは、少し背伸びをしてドアノブに手を掛けた。
(それは無理でしょ?)
そう思ったサリーがさり気なく手伝ってやる。
「あ……ありがとう……」
集中していないと聞き取れないほどの小さい声で礼を言ったシューンの頬は、紅色に染まっていた。
ふと見ると、騎士もライラもしれっとして立っているだけだ。
いつもは自分一人で開けているのだろうか。
そう思ったサリーは、シューンが少し不憫に思えた。
「おはようございます。父上、母上、兄上」
席につく前にきちんと挨拶をするその姿に、サリーは思わず拍手をしたくなった。
まるで保育園のお遊戯会を見ているような、慈愛の視線をシューンに投げているサリーを一瞬だけ見たイース王子が声を出す。
「おはよう、シューン。サリーにはきちんと謝ったのかな?」
「はい、起きてすぐに謝りました」
「そうか、それなら良い。席につきなさい」
父親も母親もシューンに声を掛けない。
ただ静かにシューンが席につくのを待っているだけだ。
この部屋にはサリーも含め、十数人の使用人がいるにも関わらず、よじ登るようにして椅子に座ろうとしている幼子に手を差し伸べない。
(絶対おかしいわ!)
サリーは静かにシューンの横に進み、椅子を引いてやって抱き上げて座らせた。
周りの人々は、驚いた顔でサリーを見ている。
「コホン」
王妃が咳ばらいをした瞬間、再び時計が動き出したかのように朝食が始まった。
食べやすい位置まで椅子を進めてやったサリーは、テーブルを見て再び顔を顰める。
(これって大人用のカトラリーじゃん! 5歳児には重たすぎて無理でしょ?)
案の定、シューンは重たいナイフを上手く使えず、ベーコンを切りあぐねていた。
「殿下、お手伝いしてもよろしいでしょうか?」
たまらずサリーが声を掛けると、王妃が口を開いた。
「そなたがサリーか? 昨日はシューンが迷惑をかけたと聞いた。大事ないか?」
サリーは慌てて数歩下がり、ホステス時代に叩き込まれた優雅なお辞儀を披露した。
「ご心配を賜り、恐悦至極に存じます。怪我はございませんでしたが、ロバート先生からは暫し安静を申しつけられてございます」
「そうか。それは難儀じゃな。しかしそなたはシューンの担当を続けたいともうしたそうだが、それは本当か? 押し付けられておるなら私の方から話をするが」
「ありがたきお言葉ではございますが、私は続けさせていただきたく存じております」
「そうか、それはまたなぜじゃ?」
「大変僭越な事ではございますが」
「よい、申してみよ」
「はい、私はシューン殿下のことを、とても愛おしく大切に思っているからでございます」
「なんと!」
サリーは慌てて頭を下げた。
「申し訳ございません」
王も王妃も手を止めてサリーを見ている。
第一王子のイースが助け舟を出した。
「そうか、サリーはシューンを大切に思っていてくれるのか。それは喜ばしい事ではありませんか。ねえ母上?」
王妃が我に返ったようにイースを見た。
「そう……そうじゃな。酷い目に合ったと聞いたが、そなたの気持ちに変りはないと申すか……それは重畳。これからもシューンをよろしく頼む」
「はっ!心を込めてお仕え申し上げます」
再び動き出した室内には、なんとも不思議な空気が流れている。
チラチラと使用人たちを見るが、誰もサリーと目を合わせようとはしなかった。
サリーは再びシューンの横に進む。
予想通り、あれから一口も食べられていないのであろうシューンは、ベーコンを諦めてパンに手を伸ばそうとしていた。
「殿下、お手伝い申し上げてもよろしいでしょうか?」
「あ……ああ」
およそ子供らしくない返事をしたシューンの耳は真っ赤だった。
サリーはベーコンを小さく切り分け、シューンの腕では絶対に届かないであろう位置に置かれていたサラダも一緒に皿に取ってやる。
「さあ、殿下。お召し上がりください」
「サリー……俺は……」
「コホン」
再び王妃の咳払いが聞こえた。
ビクッと肩を揺らしたシューンが、サリーの顔を見た。
「私はその赤いのを好まない。黄色いのだけにしてくれ」
「まあ、殿下? 好き嫌いはなりませんわ。この赤い野菜はベータカロチンや食物繊維が豊富でとても体に良いのです。殿下にとって強い味方でございますよ?」
「味方? この野菜は私の味方なのか? そのベータなんとかとは……なんだ?」
「はい、強い強い味方でございますわ。だから残してはなりません。ベータカロチンとは人に必要な栄養の名前でございます」
「……わかった。頑張る……」
その言葉にイース王子が反応した。
「がんばれシューン。もしもその皿の人参を全部食べたら。私が褒美をとらせてやろう」
「本当ですか? 兄上」
「ああ、約束だ。だから頑張って食べろ」
「はい。サリー、見ていてくれ」
サリーはにっこりとほほ笑んだ。
「はい、殿下。サリーもここで応援いたしておりますわ」
意を決したシューンは人参をフォークで突き刺した。
しかしフォークが大きすぎる上に重すぎた。
カランと音を立てて、人参が刺さったままのフォークが床に転がる。
ライラが駆け寄りフォークを拾った。
俯いてしまったシューンにサリーは明るく話しかける。
「さあ、殿下。リベンジですわ。今のはフォークが重すぎたのです。殿下のせいではありません。気を取り直して参りましょう」
侍従が気を利かせてデザート用のフォークをテーブルに置いた。
サリーは目で礼を言って、それを手渡してやった。
この部屋にいる全員の視線がシューンに集中するなか、何度も躊躇しながら遂に人参を口に入れた。
その瞬間、誰ともなく拍手が起こる。
気づけば王も王妃も、嬉しそうに拍手をしていた。
「偉いぞ! シューン」
イース王子は立ち上がって褒め始めた。
少し涙目になりつつも嚥下したシューンは、少しだけ誇らしそうな顔をした。
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