転生メイドは絆されない ~あの子は私が育てます!~

志波 連

文字の大きさ
上 下
7 / 61

しおりを挟む
 当直からの引継ぎの後、今日の仕事の割り振りなどが伝えられる。
 いつもと同じ手順のあと、メイド長と侍従長、そして侍女長の三人が使用人たちの前に並んだ。

「もう知っている人も多いでしょうが、改めて周知します。シューン殿下付きメイドのサリーが宮殿内での事故のため、記憶に障害が発生しています。体に異常は無いとのことなので、普段通りの勤務についてもらいますが、人の名前や仕事の手順などがわからないことも想定できます」

 メイド長の後を侍女長が引き取った。

「ですから皆さんは、そのような事象に出会ったときは、積極的に手助けをして下さい。事情を知らない方もおられますので、できる限り不快な思いをさせないようにして下さい」

 最後に侍従長が一歩前に出た。

「サリーは引き続きシューン殿下付きとして勤務しますが、シューン殿下の過激で突飛な行動や、危険を顧みない迷惑行為などに関して、イース第一王子殿下より『サリー限定で、シューン殿下に対する免罪符を与える』というお言葉を賜っております。命にかかわるような行為は論外ですが、一般的に躾の範囲として認識できる行為については、容認してくださるという事です。サリー限定ですよ? 他のものがやったら不敬罪ですからね?」

 サリーの横に立っていたライラが肘で突いてきた。
 他の使用人たちも、サリーをチラチラと見て薄笑いを浮かべている。

「それでは今日も一日頑張りましょう」

 決まり文句のような締めの言葉で、全員が一斉に動き出す。
 サリーはライラと共に、シューン殿下の私室に向かった。
 大きく息を吸って、ライラがドアの前で声を張った。

「おはようございます! シューン殿下お目覚めの時間でございます」

 返事はないが、毎度のことなのかライラは迷わずドアを開けた。

「シューン殿下、朝ですよ」

 ベッドの端っこに小さな山ができている。
 それを見たサリーは瞬と同じ寝相だと思ったが、口には出さなかった。
 ライラが布団を捲る。
 膝を抱えるようにして眠っているシューンの姿があらわになった。

(あらあらまあまあ! やっぱりシューンよね)

 サリーの口が自然にほころんだ。

「さあ、起きましょうね。シューン殿下」

 ライラは慣れているのか、シューンの肩を少し強請って目を開けさせた。
 瞬の可愛い寝顔を思い出しながら、ニヤニヤしていたサリーの耳にバンッという音が飛び込んできた。

「きゃぁぁぁぁ」

 今度はライラの悲鳴だ。

「殿下! 枕に何を入れているんですか!」

 ライラがおでこを擦りながら大きな声を出した。

「本」

 不機嫌な声で答えたシューンが、サリーを見た。
 ニヤッと笑い、もう一つの枕に手を伸ばすと、すかさずサリーに向かって投げつけた。
 ひょいっと避けるサリー。
 避けられたことで、ますます不機嫌な顔になるシューン。

「いい加減にしなさい! なんてことをするの! ライラに謝りなさい!」

 サリーが鋭い目でシューンを睨みつけた。
 少しだけ怯むシューン。
 そう、ほんの少しだけ……

「うるさい! 貴様は誰にものを言っている! 俺はこの国の第二王子だぞ? 不敬罪で死刑にしてやろうか?」

「できるもんならやってみなさいよ! いつまでもおねしょ癖が治らないし、夜だって一人でトイレに行けないような蒙古斑持ちが!」

「サリー?」

 言ったサリーより聞いていたライラがビビっている。

「なんだと? おねしょは寝る前に水を飲ませたメイドが悪い! 夜のトイレだって風が吹いたら音がする窓を直さない侍従のせいだ! 俺は悪くない! 俺は王子だぞ!」

 言い返そうとするサリーをライラは体で止めた。
 ふっと冷静になったサリーは思った。

(自分の子供に敬語で話すって……はぁぁぁぁ)

 ライラの腕を優しく剝がし、サリーは満面の笑みでシューンを見た。

「大変失礼いたしました。昨日の今日でございましたので、私も少々気が立っておりましたので、言わずもがなのことを申してしまいました。どうぞお許しください」

「わ、わ、わ、わ、わかればいい。昨日は……やり過ぎたかもしれない。反省はした」

「左様でございますか。確かに昨日の件は一歩間違えれば命に係わるほどの事故になりかねませんでしたもの。しかし、心から反省をなさったと聞いております」

「ああ……地下の反省部屋は寒かった」

「左様でございましたか」

「暗かったし……」

「まあまあ」

「ガサゴソと変な音もしてたし……」

「それはそれは」

「兄上が出して下さらなかったら、俺は……死んでいたかもしれん」

「あらあら」

「お前……ちゃんと聞いているのか?」

「ええ」

「でも……まあ、お前も酷い怪我をしたと聞いた。大事にせよ」

「ありがとうございます」

 サリーの顔をばつが悪そうに見たシューンは、のろのろとベッドを降りた。
 すかさずサリーとライラが着替えさせる。
 仁王立ちになっているだけで、パジャマを自分で脱ごうともしないシューンの姿に、サリーは啞然とした。

(こんな事だから甘ったれに育つのね)

 サリーはこっそりと溜息を吐きながら、シューンのブラウスのボタンを留めてやった。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

きっと幸せな異世界生活

スノウ
ファンタジー
   神の手違いで日本人として15年間生きてきた倉本カノン。彼女は暴走トラックに轢かれて生死の境を彷徨い、魂の状態で女神のもとに喚ばれてしまう。女神の説明によれば、カノンは本来異世界レメイアで生まれるはずの魂であり、転生神の手違いで魂が入れ替わってしまっていたのだという。  そして、本来カノンとして日本で生まれるはずだった魂は異世界レメイアで生きており、カノンの事故とほぼ同時刻に真冬の川に転落して流され、仮死状態になっているという。  時を同じくして肉体から魂が離れようとしている2人の少女。2つの魂をあるべき器に戻せるたった一度のチャンスを神は見逃さず、実行に移すべく動き出すのだった。  女神の導きで新生活を送ることになったカノンの未来は…?  毎日12時頃に投稿します。   ─────────────────  いいね、お気に入りをくださった方、どうもありがとうございます。  とても励みになります。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

処理中です...