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当直からの引継ぎの後、今日の仕事の割り振りなどが伝えられる。
いつもと同じ手順のあと、メイド長と侍従長、そして侍女長の三人が使用人たちの前に並んだ。
「もう知っている人も多いでしょうが、改めて周知します。シューン殿下付きメイドのサリーが宮殿内での事故のため、記憶に障害が発生しています。体に異常は無いとのことなので、普段通りの勤務についてもらいますが、人の名前や仕事の手順などがわからないことも想定できます」
メイド長の後を侍女長が引き取った。
「ですから皆さんは、そのような事象に出会ったときは、積極的に手助けをして下さい。事情を知らない方もおられますので、できる限り不快な思いをさせないようにして下さい」
最後に侍従長が一歩前に出た。
「サリーは引き続きシューン殿下付きとして勤務しますが、シューン殿下の過激で突飛な行動や、危険を顧みない迷惑行為などに関して、イース第一王子殿下より『サリー限定で、シューン殿下に対する免罪符を与える』というお言葉を賜っております。命にかかわるような行為は論外ですが、一般的に躾の範囲として認識できる行為については、容認してくださるという事です。サリー限定ですよ? 他のものがやったら不敬罪ですからね?」
サリーの横に立っていたライラが肘で突いてきた。
他の使用人たちも、サリーをチラチラと見て薄笑いを浮かべている。
「それでは今日も一日頑張りましょう」
決まり文句のような締めの言葉で、全員が一斉に動き出す。
サリーはライラと共に、シューン殿下の私室に向かった。
大きく息を吸って、ライラがドアの前で声を張った。
「おはようございます! シューン殿下お目覚めの時間でございます」
返事はないが、毎度のことなのかライラは迷わずドアを開けた。
「シューン殿下、朝ですよ」
ベッドの端っこに小さな山ができている。
それを見たサリーは瞬と同じ寝相だと思ったが、口には出さなかった。
ライラが布団を捲る。
膝を抱えるようにして眠っているシューンの姿があらわになった。
(あらあらまあまあ! やっぱりシューンよね)
サリーの口が自然にほころんだ。
「さあ、起きましょうね。シューン殿下」
ライラは慣れているのか、シューンの肩を少し強請って目を開けさせた。
瞬の可愛い寝顔を思い出しながら、ニヤニヤしていたサリーの耳にバンッという音が飛び込んできた。
「きゃぁぁぁぁ」
今度はライラの悲鳴だ。
「殿下! 枕に何を入れているんですか!」
ライラがおでこを擦りながら大きな声を出した。
「本」
不機嫌な声で答えたシューンが、サリーを見た。
ニヤッと笑い、もう一つの枕に手を伸ばすと、すかさずサリーに向かって投げつけた。
ひょいっと避けるサリー。
避けられたことで、ますます不機嫌な顔になるシューン。
「いい加減にしなさい! なんてことをするの! ライラに謝りなさい!」
サリーが鋭い目でシューンを睨みつけた。
少しだけ怯むシューン。
そう、ほんの少しだけ……
「うるさい! 貴様は誰にものを言っている! 俺はこの国の第二王子だぞ? 不敬罪で死刑にしてやろうか?」
「できるもんならやってみなさいよ! いつまでもおねしょ癖が治らないし、夜だって一人でトイレに行けないような蒙古斑持ちが!」
「サリー?」
言ったサリーより聞いていたライラがビビっている。
「なんだと? おねしょは寝る前に水を飲ませたメイドが悪い! 夜のトイレだって風が吹いたら音がする窓を直さない侍従のせいだ! 俺は悪くない! 俺は王子だぞ!」
言い返そうとするサリーをライラは体で止めた。
ふっと冷静になったサリーは思った。
(自分の子供に敬語で話すって……はぁぁぁぁ)
ライラの腕を優しく剝がし、サリーは満面の笑みでシューンを見た。
「大変失礼いたしました。昨日の今日でございましたので、私も少々気が立っておりましたので、言わずもがなのことを申してしまいました。どうぞお許しください」
「わ、わ、わ、わ、わかればいい。昨日は……やり過ぎたかもしれない。反省はした」
「左様でございますか。確かに昨日の件は一歩間違えれば命に係わるほどの事故になりかねませんでしたもの。しかし、心から反省をなさったと聞いております」
「ああ……地下の反省部屋は寒かった」
「左様でございましたか」
「暗かったし……」
「まあまあ」
「ガサゴソと変な音もしてたし……」
「それはそれは」
「兄上が出して下さらなかったら、俺は……死んでいたかもしれん」
「あらあら」
「お前……ちゃんと聞いているのか?」
「ええ」
「でも……まあ、お前も酷い怪我をしたと聞いた。大事にせよ」
「ありがとうございます」
サリーの顔をばつが悪そうに見たシューンは、のろのろとベッドを降りた。
すかさずサリーとライラが着替えさせる。
仁王立ちになっているだけで、パジャマを自分で脱ごうともしないシューンの姿に、サリーは啞然とした。
(こんな事だから甘ったれに育つのね)
サリーはこっそりと溜息を吐きながら、シューンのブラウスのボタンを留めてやった。
いつもと同じ手順のあと、メイド長と侍従長、そして侍女長の三人が使用人たちの前に並んだ。
「もう知っている人も多いでしょうが、改めて周知します。シューン殿下付きメイドのサリーが宮殿内での事故のため、記憶に障害が発生しています。体に異常は無いとのことなので、普段通りの勤務についてもらいますが、人の名前や仕事の手順などがわからないことも想定できます」
メイド長の後を侍女長が引き取った。
「ですから皆さんは、そのような事象に出会ったときは、積極的に手助けをして下さい。事情を知らない方もおられますので、できる限り不快な思いをさせないようにして下さい」
最後に侍従長が一歩前に出た。
「サリーは引き続きシューン殿下付きとして勤務しますが、シューン殿下の過激で突飛な行動や、危険を顧みない迷惑行為などに関して、イース第一王子殿下より『サリー限定で、シューン殿下に対する免罪符を与える』というお言葉を賜っております。命にかかわるような行為は論外ですが、一般的に躾の範囲として認識できる行為については、容認してくださるという事です。サリー限定ですよ? 他のものがやったら不敬罪ですからね?」
サリーの横に立っていたライラが肘で突いてきた。
他の使用人たちも、サリーをチラチラと見て薄笑いを浮かべている。
「それでは今日も一日頑張りましょう」
決まり文句のような締めの言葉で、全員が一斉に動き出す。
サリーはライラと共に、シューン殿下の私室に向かった。
大きく息を吸って、ライラがドアの前で声を張った。
「おはようございます! シューン殿下お目覚めの時間でございます」
返事はないが、毎度のことなのかライラは迷わずドアを開けた。
「シューン殿下、朝ですよ」
ベッドの端っこに小さな山ができている。
それを見たサリーは瞬と同じ寝相だと思ったが、口には出さなかった。
ライラが布団を捲る。
膝を抱えるようにして眠っているシューンの姿があらわになった。
(あらあらまあまあ! やっぱりシューンよね)
サリーの口が自然にほころんだ。
「さあ、起きましょうね。シューン殿下」
ライラは慣れているのか、シューンの肩を少し強請って目を開けさせた。
瞬の可愛い寝顔を思い出しながら、ニヤニヤしていたサリーの耳にバンッという音が飛び込んできた。
「きゃぁぁぁぁ」
今度はライラの悲鳴だ。
「殿下! 枕に何を入れているんですか!」
ライラがおでこを擦りながら大きな声を出した。
「本」
不機嫌な声で答えたシューンが、サリーを見た。
ニヤッと笑い、もう一つの枕に手を伸ばすと、すかさずサリーに向かって投げつけた。
ひょいっと避けるサリー。
避けられたことで、ますます不機嫌な顔になるシューン。
「いい加減にしなさい! なんてことをするの! ライラに謝りなさい!」
サリーが鋭い目でシューンを睨みつけた。
少しだけ怯むシューン。
そう、ほんの少しだけ……
「うるさい! 貴様は誰にものを言っている! 俺はこの国の第二王子だぞ? 不敬罪で死刑にしてやろうか?」
「できるもんならやってみなさいよ! いつまでもおねしょ癖が治らないし、夜だって一人でトイレに行けないような蒙古斑持ちが!」
「サリー?」
言ったサリーより聞いていたライラがビビっている。
「なんだと? おねしょは寝る前に水を飲ませたメイドが悪い! 夜のトイレだって風が吹いたら音がする窓を直さない侍従のせいだ! 俺は悪くない! 俺は王子だぞ!」
言い返そうとするサリーをライラは体で止めた。
ふっと冷静になったサリーは思った。
(自分の子供に敬語で話すって……はぁぁぁぁ)
ライラの腕を優しく剝がし、サリーは満面の笑みでシューンを見た。
「大変失礼いたしました。昨日の今日でございましたので、私も少々気が立っておりましたので、言わずもがなのことを申してしまいました。どうぞお許しください」
「わ、わ、わ、わ、わかればいい。昨日は……やり過ぎたかもしれない。反省はした」
「左様でございますか。確かに昨日の件は一歩間違えれば命に係わるほどの事故になりかねませんでしたもの。しかし、心から反省をなさったと聞いております」
「ああ……地下の反省部屋は寒かった」
「左様でございましたか」
「暗かったし……」
「まあまあ」
「ガサゴソと変な音もしてたし……」
「それはそれは」
「兄上が出して下さらなかったら、俺は……死んでいたかもしれん」
「あらあら」
「お前……ちゃんと聞いているのか?」
「ええ」
「でも……まあ、お前も酷い怪我をしたと聞いた。大事にせよ」
「ありがとうございます」
サリーの顔をばつが悪そうに見たシューンは、のろのろとベッドを降りた。
すかさずサリーとライラが着替えさせる。
仁王立ちになっているだけで、パジャマを自分で脱ごうともしないシューンの姿に、サリーは啞然とした。
(こんな事だから甘ったれに育つのね)
サリーはこっそりと溜息を吐きながら、シューンのブラウスのボタンを留めてやった。
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