転生メイドは絆されない ~あの子は私が育てます!~

志波 連

文字の大きさ
上 下
6 / 61

しおりを挟む
「ここも見覚えが無いか?」

「うん、無いわ。やっぱり前の世界とは場所も次元も違うのかもしれないわね。文明的には200年ぐらい遅いんじゃないかな」

「こちらの方が遅れてるのか?」

「そうね、私がいた世界では飛行機っていう鉄の塊が人を乗せて空を飛んでいたし、道路は車が走ってた。ああ、車って言うのは馬車みたいなものだけど、動力が違うのよ。ガソリンっていう燃料を使うんだけど、構造は知らない」

「そうか。でも逆に言うと200年も経てばここもそうなるってことだよな?」

「そうかもしれないね」

 気のない返事をするさおりの顔をロバートが覗き込んだ。
 さおりはボーッと遠くの景色を、見るともなく眺めている。
 暫しの沈黙の後、さおりが口を開く。

ねえ、ロバートさん。ずっと考えていたんだけど、私がこの世界に来た意味って何だと思う?」

「来た意味? 何かを為すために来たって事?」

「うん、そうじゃないと意味ないでしょ? まあ、シングルマザーのクラブホステスが憐れだと思って、神様が生きなおしさせたのかも知れないけど、それなら子供も一緒っていうのがねぇ……しかも息子が大事にしてたぬいぐるみ付きよ? 何か裏があると思うのよね」

「君がそう思うならそうなんだろう。僕は君の言っていることを信じてはいるが、正直に言うと理解はできない。というか、たぶん僕ではない人間は、まず精神疾患を疑うだろうね」

「なぜロバートさんは信じてくれるの?」

「うん、これは我が家の絶対的な秘密なんだが……実は僕の祖母が君と同じようなことを言っていたんだ」

「えっ!」

「祖母がまだ小さかった僕を庇って階段から落ちたということがあったんだ。落ちていく祖母の顔は今でもはっきり覚えているよ。二日位かな、昏睡状態が続いた後、こう言ったんだよ」

 さおりはロバートの言葉を待った。

「あなた達は誰なの? ここはどこなのってね。怯えた顔をして狼狽えていたんだ。医者は意識の混濁だと言ったけど、祖母が現実を受け入れるまでにひと月はかかったよ。あれほど可愛がってくれていた僕のことも覚えてないし。自分は酷い心臓病で入院していたはずだって言ってね。なんと言うか、とても辛そうだった」

「そう。そんなことが……」

「結局祖母は、それから十数年生きて老衰で死んだ。とても穏やかな最後だったよ」

「それは……心からお悔やみ申し上げます。それにしても、そういう過去を持っているあなたが側にいてくれて良かったわ。あなた以外だと誰も信じてはくれなかったでしょうね」

「そうだな。そういう意味では君はラッキーだったかもな」

 二人は並んで歩きながら、少しだけしんみりした空気を醸し出していた。
 どちらも口をきかず、ただひたすら歩いている。

「なあ、サリー。シューン殿下のことだけど、顔は? 殿下の顔は君の息子と似てるの?」

「似てないわ。でも間違いないと思うの。会ってみないと確信はできないけどね」

「どうせ会うことになるさ。担当メイドなんだから」

「シューン殿下のウサギのぬいぐるみって、前からあるの?」

「ああ、確か生まれてからずっと側に置いていたと思う」

「そうかぁ……ウサキチとは違うのかもね」

「そう言えばウサキチって何?」

「瞬がとても大切にしていたぬいぐるみよ。1歳の誕生日に買ってやったの。それからずっと一緒。私ね、学生時代に妊娠して瞬を産んだの。妊娠したって言った日に、信じてた恋人に捨てられたのよ。だから一人で産んで一人で育ててきた」

「ご両親は? 協力してくれなかったの?」

「怖くて言えなかったの。常識から外れることを極端に嫌う両親だったし、とても言えなかった。だから学校を止めて、一人で上京して……人並み以上の苦労はしたと思う。出産の直前まで働いていたし。そのせいで出血が酷くてね、もう子供は産めないって言われたわ」

「そうか……でもそれは前世での体だろ? 今の君は健康そのものだぜ?」

「ああ、そうかぁ。そうよね。出産もしてないもんね。処女なのかしら」

「……っ。それは……知らんが」

「元の世界は、貞操観念っていう言葉自体が死語のようなものだった。今考えたらバカみたいだわ」

「結婚も早かったのか?」

「いいえ、結婚は遅い人が多かったかな。というより結婚しない人も多かった。だから子供の数がどんどん減っていたのよね。少子高齢化の世界よ」

「ふぅん。でも君は出産をしたんだね。一人で頑張ったんだね。若いのに凄いな」

 ロバートは公園のベンチにさおりを誘った。

「この世界で生きていくための話をしよう。今考えられるのは3つのパターンだ。1つ目は君が言うように、母子ともに転生して、両方とも前世の記憶を持っている。2つ目は、母子ともに転生したが、子供の方は記憶を持っていない。3つ目は……息子さんは転生しなかった。君が殿下を息子だと思い込んでいるだけかも知れないだろ?」

「そうね……確かにその可能性もあるわね。事実として確かなのは、私は間違いなく前世の記憶を持ったまま、この世界に転生したってことね」

「……君は、何がしたい?」

「ん? 何って?」

「君の希望だよ。おそらく戻ることはできない。だったら、こっちで天寿を全うすることになるだろ? それに君はまだ若い。美しさも健康も持っている。君の未来は希望だらけってことだ」

「ありがとう。ポジティブな言い方をしてくれて。そうよね、落ち込んでも何も変わらないものね」

 さおりはふと空を見上げた。
 さっきまであれほど明るかった空が、少しだけ滲んでいる。
 ロバートがハンカチを差し出した。
 それを見たさおりは、その時初めて自分が泣いていることに気づいた。

「どちらにしても、瞬を……シューン殿下が瞬なのかを確かめるわ。それによっていろいろ考えなくちゃ」

「うん、協力は惜しまないよ。なんと言うか、僕を庇ってくれた祖母への恩返しにもなるんじゃないかって思うんだ」

 二人は目を合わせて微笑み合った。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

【連載版】ヒロインは元皇后様!?〜あら?生まれ変わりましたわ?〜

naturalsoft
恋愛
その日、国民から愛された皇后様が病気で60歳の年で亡くなった。すでに現役を若き皇王と皇后に譲りながらも、国内の貴族のバランスを取りながら暮らしていた皇后が亡くなった事で、王国は荒れると予想された。 しかし、誰も予想していなかった事があった。 「あら?わたくし生まれ変わりましたわ?」 すぐに辺境の男爵令嬢として生まれ変わっていました。 「まぁ、今世はのんびり過ごしましょうか〜」 ──と、思っていた時期がありましたわ。 orz これは何かとヤラカシて有名になっていく転生お皇后様のお話しです。 おばあちゃんの知恵袋で乗り切りますわ!

処理中です...