3 / 61
3
しおりを挟む
さおりが再び目を開けたのは、もうすぐ夜明けという時間だった。
窓から見える景色は、うっすらと白み始め、遠くの山の稜線が紺から青へのグラデーションで縁取られている。
サイドテーブルに置かれた小さな灯りを頼りに室内を見回すと、艶やかなダークグリーンのストレートヘアがテーブルに零れ落ちていた。
「ロバートさん……あそこで寝ちゃったんだ」
当直とはいえ、テーブルに突っ伏して夜を明かす筈もなく、ずっと付き添ってくれていたのだとわかる。
「ありがとうね。首筋とか痛めてなきゃいいけど」
さおりは誰にともなく呟いた。
静かすぎて耳の奥でキーンという音がしている。
「耳鳴りかぁ。ずっと前から続いてるんだよね」
客の一人である医師に、酒の肴のように話した時のことを思い出す。
「原因は様々だけど、四六時中するようなら診察を受けた方がいいよ。ストレスが原因というケースがほとんどだけど、稀に高血圧や脂質異常による脳疾患もあるからね。女性ホルモンが関係する場合もあるんだ」
さおりの場合、寝る前の時間帯に起こることがほとんどだったので、そのまま放置していたが、死んでも続いているということが納得できない。
「死んだら全部リセットじゃないの? そうよ……死んだのよ……死んでるはずなんだけどなぁ。まさかの異世界転生とか? ははは! ラノベじゃあるまいし」
さおりはよく携帯電話でライトノベルズを読んでいた。
異世界ファンタジーというジャンルが特にお気に入りだ。
「あの世界観は現実味があるようで無いから、結構ハマったのよね……。でも本当に異世界転生したのなら、原作があるのかな……。ぜんぜん知らない世界なんだけど」
そう考えたさおりは、ふとロバートを見た。
「うん、あの髪色は異世界モノの定番ね。でも本当にそうだとしたら、親子で一緒に転生したってことよね? でもこっちでは親子じゃない……。私だけ若返ってるし」
あまりの非現実感にフッと笑ったさおりは、もう一度横になった。
眠る前に思い出すのは、いつもと同じあのシーン。
妊娠を告げた瞬間に、顔色を変えて逃げ去った恋人の後姿だ。
「まだ引き摺ってる……」
恋人に逃げられ、親にも相談できずに妊娠5か月を迎えたさおりは、シングルマザーとして生きていく決意を固めた。
さおりの実家は両親とも教育者で、兄も大学は教育学部を選択していた。
そんな家族に反発を覚え、さおりだけは経営学部に進み、両親と兄を怒らせたものだ。
心の底に染みついた両親を恐れる感情には勝てず、妊娠したので退学する旨の手紙を送り、アパートを解約して姿を消した。
木の葉を隠すなら森の中とばかり、人口の多い東京に移り住み、臨月までバイトを続けたさおりは、出産時の出血が多すぎて生死を彷徨った。
それでも実家を頼らなかったのは、単なる意地だろう。
「死んだことは伝わるのかしら。まあバッグには携帯も保険証も入ってたし……きっと伝わってるよね。6年ぶりの再会が死体との対面って、どんだけ親不孝なんだろ」
さおりは自分のやってきたことの愚かさを、改めて感じた。
「しかも孫も一緒って……お母さん卒倒しちゃったんじゃないかしら」
窓の外が先ほどより明るくなり、森が近いのか、野鳥の囀りが耳に優しい。
「ここで生きるしか無いんだわ」
さおりは声に出して自分を励ました。
「うん、受け入れよう。瞬の近くにいられるだけでも儲けもんよ。うじうじしてもしょうがないじゃん」
「何がしょうがないんだ?」
いつの間にか枕元に、ロバートが立っていた。
窓から見える景色は、うっすらと白み始め、遠くの山の稜線が紺から青へのグラデーションで縁取られている。
サイドテーブルに置かれた小さな灯りを頼りに室内を見回すと、艶やかなダークグリーンのストレートヘアがテーブルに零れ落ちていた。
「ロバートさん……あそこで寝ちゃったんだ」
当直とはいえ、テーブルに突っ伏して夜を明かす筈もなく、ずっと付き添ってくれていたのだとわかる。
「ありがとうね。首筋とか痛めてなきゃいいけど」
さおりは誰にともなく呟いた。
静かすぎて耳の奥でキーンという音がしている。
「耳鳴りかぁ。ずっと前から続いてるんだよね」
客の一人である医師に、酒の肴のように話した時のことを思い出す。
「原因は様々だけど、四六時中するようなら診察を受けた方がいいよ。ストレスが原因というケースがほとんどだけど、稀に高血圧や脂質異常による脳疾患もあるからね。女性ホルモンが関係する場合もあるんだ」
さおりの場合、寝る前の時間帯に起こることがほとんどだったので、そのまま放置していたが、死んでも続いているということが納得できない。
「死んだら全部リセットじゃないの? そうよ……死んだのよ……死んでるはずなんだけどなぁ。まさかの異世界転生とか? ははは! ラノベじゃあるまいし」
さおりはよく携帯電話でライトノベルズを読んでいた。
異世界ファンタジーというジャンルが特にお気に入りだ。
「あの世界観は現実味があるようで無いから、結構ハマったのよね……。でも本当に異世界転生したのなら、原作があるのかな……。ぜんぜん知らない世界なんだけど」
そう考えたさおりは、ふとロバートを見た。
「うん、あの髪色は異世界モノの定番ね。でも本当にそうだとしたら、親子で一緒に転生したってことよね? でもこっちでは親子じゃない……。私だけ若返ってるし」
あまりの非現実感にフッと笑ったさおりは、もう一度横になった。
眠る前に思い出すのは、いつもと同じあのシーン。
妊娠を告げた瞬間に、顔色を変えて逃げ去った恋人の後姿だ。
「まだ引き摺ってる……」
恋人に逃げられ、親にも相談できずに妊娠5か月を迎えたさおりは、シングルマザーとして生きていく決意を固めた。
さおりの実家は両親とも教育者で、兄も大学は教育学部を選択していた。
そんな家族に反発を覚え、さおりだけは経営学部に進み、両親と兄を怒らせたものだ。
心の底に染みついた両親を恐れる感情には勝てず、妊娠したので退学する旨の手紙を送り、アパートを解約して姿を消した。
木の葉を隠すなら森の中とばかり、人口の多い東京に移り住み、臨月までバイトを続けたさおりは、出産時の出血が多すぎて生死を彷徨った。
それでも実家を頼らなかったのは、単なる意地だろう。
「死んだことは伝わるのかしら。まあバッグには携帯も保険証も入ってたし……きっと伝わってるよね。6年ぶりの再会が死体との対面って、どんだけ親不孝なんだろ」
さおりは自分のやってきたことの愚かさを、改めて感じた。
「しかも孫も一緒って……お母さん卒倒しちゃったんじゃないかしら」
窓の外が先ほどより明るくなり、森が近いのか、野鳥の囀りが耳に優しい。
「ここで生きるしか無いんだわ」
さおりは声に出して自分を励ました。
「うん、受け入れよう。瞬の近くにいられるだけでも儲けもんよ。うじうじしてもしょうがないじゃん」
「何がしょうがないんだ?」
いつの間にか枕元に、ロバートが立っていた。
53
お気に入りに追加
1,029
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。

転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!

転生先ではゆっくりと生きたい
ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。
事故で死んだ明彦が出会ったのは……
転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた
小説家になろうでも連載中です。
なろうの方が話数が多いです。
https://ncode.syosetu.com/n8964gh/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる