転生メイドは絆されない ~あの子は私が育てます!~

志波 連

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 さおりが再び目を開けたのは、もうすぐ夜明けという時間だった。
 窓から見える景色は、うっすらと白み始め、遠くの山の稜線が紺から青へのグラデーションで縁取られている。

 サイドテーブルに置かれた小さな灯りを頼りに室内を見回すと、艶やかなダークグリーンのストレートヘアがテーブルに零れ落ちていた。

「ロバートさん……あそこで寝ちゃったんだ」

 当直とはいえ、テーブルに突っ伏して夜を明かす筈もなく、ずっと付き添ってくれていたのだとわかる。

「ありがとうね。首筋とか痛めてなきゃいいけど」

 さおりは誰にともなく呟いた。
 静かすぎて耳の奥でキーンという音がしている。

「耳鳴りかぁ。ずっと前から続いてるんだよね」

 客の一人である医師に、酒の肴のように話した時のことを思い出す。

「原因は様々だけど、四六時中するようなら診察を受けた方がいいよ。ストレスが原因というケースがほとんどだけど、稀に高血圧や脂質異常による脳疾患もあるからね。女性ホルモンが関係する場合もあるんだ」

 さおりの場合、寝る前の時間帯に起こることがほとんどだったので、そのまま放置していたが、死んでも続いているということが納得できない。

「死んだら全部リセットじゃないの? そうよ……死んだのよ……死んでるはずなんだけどなぁ。まさかの異世界転生とか? ははは! ラノベじゃあるまいし」

 さおりはよく携帯電話でライトノベルズを読んでいた。
 異世界ファンタジーというジャンルが特にお気に入りだ。

「あの世界観は現実味があるようで無いから、結構ハマったのよね……。でも本当に異世界転生したのなら、原作があるのかな……。ぜんぜん知らない世界なんだけど」

 そう考えたさおりは、ふとロバートを見た。

「うん、あの髪色は異世界モノの定番ね。でも本当にそうだとしたら、親子で一緒に転生したってことよね? でもこっちでは親子じゃない……。私だけ若返ってるし」

 あまりの非現実感にフッと笑ったさおりは、もう一度横になった。
 眠る前に思い出すのは、いつもと同じあのシーン。
 妊娠を告げた瞬間に、顔色を変えて逃げ去った恋人の後姿だ。

「まだ引き摺ってる……」

 恋人に逃げられ、親にも相談できずに妊娠5か月を迎えたさおりは、シングルマザーとして生きていく決意を固めた。
 さおりの実家は両親とも教育者で、兄も大学は教育学部を選択していた。
 そんな家族に反発を覚え、さおりだけは経営学部に進み、両親と兄を怒らせたものだ。

 心の底に染みついた両親を恐れる感情には勝てず、妊娠したので退学する旨の手紙を送り、アパートを解約して姿を消した。
 木の葉を隠すなら森の中とばかり、人口の多い東京に移り住み、臨月までバイトを続けたさおりは、出産時の出血が多すぎて生死を彷徨った。
 それでも実家を頼らなかったのは、単なる意地だろう。

「死んだことは伝わるのかしら。まあバッグには携帯も保険証も入ってたし……きっと伝わってるよね。6年ぶりの再会が死体との対面って、どんだけ親不孝なんだろ」

 さおりは自分のやってきたことの愚かさを、改めて感じた。

「しかも孫も一緒って……お母さん卒倒しちゃったんじゃないかしら」

 窓の外が先ほどより明るくなり、森が近いのか、野鳥の囀りが耳に優しい。

「ここで生きるしか無いんだわ」

 さおりは声に出して自分を励ました。

「うん、受け入れよう。瞬の近くにいられるだけでも儲けもんよ。うじうじしてもしょうがないじゃん」

「何がしょうがないんだ?」

 いつの間にか枕元に、ロバートが立っていた。
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