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「あ、やっと気が付いた。何やってんのよ」

 いきなり降りかかる理不尽な言葉に、ゆっくりと目を開けたさおり。

「頭打ったんじゃない? 医務室に行ってきなよ」

「医務室?」

「そう、医務室。今日の当番は若い方の先生だからラッキーじゃん?」

 意味も解らず、周りを見回すさおり。
 その顔を不思議そうな目で見ている若い女性。

「ここはどこ?」

「あんた……マジでヤバいんじゃない?」

「私は誰?」

 ずっとさおりに話しかけていたその女性は、少し後退ってから踵を返して駆け出した。

「メイド長~ やっぱヤバいみたいです。サリーが変ですぅ~」

 廊下から聞こえる叫び声に、さおりは耳を塞いだ。
 やはり相当強く打ったのだろう。
 少しの物音でも頭に響く。
 ベッドから上半身だけ起こし、さおりは記憶を辿った。

「瞬ちゃん……瞬ちゃんは? 瞬ちゃんどこにいるのぉ~ ママはここだよ~」

 さおりは真っ青な顔でベッドから抜け出した。
 ふと見ると、深い紺色のワンピースに真っ白なエプロン。
 なんのイベント衣裳だ? さおりはそう思ったが、今は息子のことが最優先だ。
 ふらふらとドアまで裸足で歩き。把手に手を掛けた瞬間ドアが空き、さおりはおでこを強かに打った。

「あっ……」

 開けた本人が間抜けな声を出し、さおりはその声を遠ざかる意識の向こうで聞いていた。
 さおりが次に目覚めたのも、やはりベッドの上だった。
 しかし今度は違う部屋で、なにやら薬品の匂いが漂っている。

「医務室みたいな匂いだ」

「そうだよ、医務室だ」

 目を開けたさおりの顔を、超美形な顔が覗き込んでいた。

「誰?」

「マジか……」

「マジカさん?」

「サリー?」

「サリー? サリーって誰?」

「君だろ?」

「わたし?」

「僕はロバートだ。王宮勤務医のロバートだよ。そして君は第二王子殿下付のメイドで、名前はサリーだろ」

「何それ? イベントのルールが変わったの?」

「イベント?」

 まったく会話が嚙み合わないまま、二人は質問を投げあった。
 そもそも前提がすり合っていないのだ。
 無駄な努力というものである。

「それにしても派手に転んだんだって? 完全に体が浮いていたってライラが言ってたよ」

「ライラ? また知らない名前が出て来たよ。 だからここはどこで、私はだれで、今は西暦何年なのよ!」

「う~ん。冗談でないとしたら相当な問題だな……いいかい? ここはヘブンズ王国の宮殿の医務室で、君の名前はサリーだ。西暦って何か知らないけれど、何年かって言うならアルファ568年の158日だ。これで満足?」

「サリーって私のこと? じゃあ私って魔法使いかなんか?」

「なぜそうなる?」

「スミレちゃんやヨシコちゃんがいればいいのに……」

「もう一度脳波の検査しとくか?」

「いや、もういいです」

「今日はもう帰れよ。早退指示を出したって届けとくからさ」

「ダメよ、私はしゅんを探さないといけないんだから」

「しゅん? ああ、シューン王子のこと? もしかしてまたシューン王子にやられたの?」

「シューン王子?」

「君はシューン王子付きのメイドだろ? あの悪ガキにいつも無茶なことを押し付けられた困ってたもんなぁ」

「シューン王子……。どんな顔?」

「あそこに王家の肖像画があるけど……サリー? 本当に大丈夫? まさか記憶喪失か?」

「アレって……あの小さい子がシューン王子?」

「そうだよ。確か5歳じゃなかったかな」

「瞬は5歳だけど、シューン王子も5歳なのね……私は? 私は26歳のはずなんだけど」

「君はライラと同じ年だから18歳だろ? 26歳は僕だ」

「私は……18歳……私だけ若返った? 妊娠する前の年齢になっちゃったから瞬はシューンになったの? 確かあの時……私は瞬を抱きしめて……嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ! 瞬……瞬も死んじゃったの? 瞬……私のかわいい瞬……ごめんね……ごめんね……」

 医師のロバートは真剣な顔でさおりの顔を覗き込んだ。

「拙いな……意識が混濁してる。サリー、今日はここに泊まりなさい。僕が当直するから」

「私は良いの。瞬が急な発熱で……瞬……瞬……」

 ロバートは立ちあがり、棚から薬瓶を取り出した。

「さあ、サリーこれを飲みなさい。少し眠った方がいい」

 サリーは小さく頷いて、素直に薬を飲んだ。
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