和ませ屋仇討ち始末

志波 連

文字の大きさ
上 下
58 / 72

まちぶせ

しおりを挟む
「やれやれ間に合いましたな。奴らは?」

三良坂の問いに答えたのは柴田だ。

「おそらくは木挽橋の柴田の妾宅だ。そこから小舟で川を下ってそのまま佃島に向かうと踏んでいる。船の上では女達を盾にされると手が出せんので佃島でまちぶせる」

「我らは先だっての干物の運搬で三河屋はお役御免になりましてねぇ。今回が最後の様子なので少々焦っておりました。助けりましたよ」

 久秀が刀の柄に手を掛けた。

「お主……何者か」

 三良坂の後ろに控えている三河屋の半纏を着た男たちが身構えた。
 宇随も柴田も新之助も刀の柄を握り、一触即発の空気が流れる。

「いやいや、そう色めき立つものではありませんよ。私は長崎奉行川村庄五郎の義弟で、御庭番をしておりました三良坂弥右衛門と申す者です。官位は三河守を賜っておりました。すでに隠居の身なのですが、義兄にどうしてもと頼まれて動いておるのですよ」

 久秀が目を丸くした。
 御庭番といえば将軍直属の役職だ。
 地方大名の国家老に仕えていた久秀が、親しく口をきくなどとんでもないことである。

「これは……大変なご無礼の数々を」

「何をおっしゃいますか。安藤様とは互いに一物を晒し合った仲ではございませんか。それにしてもここまで辿り着かれるとは……感服仕った」

「いや……実は……」

 久秀は咲良の身を投げ出した働きを伝えた。

「なんと! さすが安藤様がぞっこん惚れ抜かれたご妻女だ。ではこちらが?」

「三沢長政が次男、三沢新之助と申します」

 新之助の挨拶に、三良坂弥右衛門が頷いた。

「なるほど、ご立派な面構えをなされておられる。そうですか、仇をお討ちになるか。見事御本懐をお遂げなされよ」

「はいっ」

 宇随は面識があるが、柴田は初めてだ。
 それぞれ簡単に名乗り合っている間に佃島に到着した。
 下船した四人を前に三良坂が口を開く。

「小伝馬から霊岸島を経由して佃島への護送手順は、いつもと同じようにおこないます。囚人の代わりに我が手の者が乗り込んでおりますのでご安心を」

 久秀達はあの短時間でここまで用意していることに驚いた。

「小舟は二艘と読んでおられるのですね? うんうん、私もそう思います。しかし佃島の桟橋はとても広うございますのでなぁ。しっかり桟橋から離さねば面倒だ。私の読みでは女たちと山本が乗り、別船に柴田と山名。さあ、どう捌きますかな」

 宇随が声を出した。

「柴田と正晴は新之助殿の仇を討ちたい。あなた方は山名達を捕縛したい。我らがあなた方に協力すると、新之助殿の仇討ちができなくなってしまう。もちろん我らの仇討ちもな」

 三良坂が顎に手を当てた。

「なるほど……確かに我らとしては捕縛して全容を詳らかにしたいと思ってはおりますが、必ずしも生かしておく必要は無いでしょう。その現場をしっかりした人間が確認すれば問題は無いですし、あまり表沙汰にはしたくないという本音もございます。わかりました。新之助殿の仇討ちの邪魔はしないとお誓い申しましょう」

 そう言うと三良坂は近くにいた者を呼び寄せて、何やら指示を飛ばした。

「咲良殿の書置きを信じるなら、ここに八ツでしたなぁ。まだ間に合いましょう」

 とは言っても、遠くで子の刻見回りの提灯の灯りが揺れている。

「もしその『しっかりした方』が来なかったとしても俺たちは動きますよ」

 三良坂は声には出さず頷いた。
 鉄砲洲から早漕ぎ舟が出てくる。
 霊岸島の岸壁が無数の松明で浮き上がった。

「島送りの舟が準備を始めましたな。いよいよだ」

 三良坂の声に、四人が海に視線を投げた。
 遠く浜御殿の方角に小さな灯りが揺れている
 柴田が小さい声で言った。

「あれじゃないか?」

 その声を合図に、全員が気配を消して身を隠した。
 二つの灯りが波に揺られながらゆっくりと近づいてくる。
 桟橋には三良坂の手の者が、水夫を装って上陸させる手筈になっていた。

 八丈大船の近くに積まれた材木の陰で、新之助が鉢巻を結び、揃いの襷を掛けた。
 その端に縫いこまれた左三つ巴の家紋を見た久秀は、ふと改めて自分の鉢巻を見る。

「ああ……咲良……お前は本当に……」

 久秀の声に柴田が無言のまま久秀の背をポンポンと打った。
 その鉢巻の裾に縫いこまれていたのは、安藤家の家紋である持合い麻葉紋。
 しかも通常二つが重なる持合いが三つになっているのは、久秀が安藤家から分家したことを意味している。
 宇随もそれを見て、久秀に笑顔を向けた。

「お前と咲良殿が初代ということだな」

「おめでとうございます」

 新之助も深々と頭を下げる。
 久秀は涙を堪えるために唇を引き結んだ。

「来ますよ」

 三良坂の声に一瞬で緊張が走る。
 久秀のすぐ後ろで新之助の喉が鳴る音がした。
 宇随が小声で言う。

「柴田、俺と安藤が山本を囲む。その間に女たちを保護してくれ」

「承知」

 久秀が続ける。

「新之助様はまだ身を隠しておいてください。必ず柴田と正晴を討ち取りましょうぞ」

「はいっ」

 三良坂が声を出した。

「新之助殿の安全は我らにお任せあれ。まずはご存分に師の仇をお打ちなさい」

 一艘目の舟が桟橋に舫われた。
 降りてきたのは三人の女と山本半兵衛だ。
 予想通りの振り分けだったが、違っていたのは女たちの扱いだ。
 腰巻一つの姿に縄を打たれ、逃亡防止とはいえあまりにも酷い姿だった。
 血がにじむほど唇を嚙みしめた久秀を、宇随と柴田が押しとどめる。

「さあ、新之助殿。こちらへ」

 気を遣ったのか、三良坂が新之助を連れてその場を離れた。
 二艘目に乗っていた二人が悠然と桟橋に降り立つ。
 水夫に扮していた男たちが、繋いでいた二艘の小舟の舫綱を静かに解き放った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

吉宗のさくら ~八代将軍へと至る道~

裏耕記
歴史・時代
破天荒な将軍 吉宗。民を導く将軍となれるのか ――― 将軍?捨て子? 貴公子として生まれ、捨て子として道に捨てられた。 その暮らしは長く続かない。兄の不審死。 呼び戻された吉宗は陰謀に巻き込まれ将軍位争いの旗頭に担ぎ上げられていく。 次第に明らかになる不審死の謎。 運命に導かれるようになりあがる吉宗。 将軍となった吉宗が隅田川にさくらを植えたのはなぜだろうか。 ※※ 暴れん坊将軍として有名な徳川吉宗。 低迷していた徳川幕府に再び力を持たせた。 民の味方とも呼ばれ人気を博した将軍でもある。 徳川家の序列でいくと、徳川宗家、尾張家、紀州家と三番目の家柄で四男坊。 本来ならば将軍どころか実家の家督も継げないはずの人生。 数奇な運命に付きまとわれ将軍になってしまった吉宗は何を思う。 本人の意思とはかけ離れた人生、権力の頂点に立つのは幸運か不運なのか…… 突拍子もない政策や独創的な人事制度。かの有名なお庭番衆も彼が作った役職だ。 そして御三家を模倣した御三卿を作る。 決して旧来の物を破壊するだけではなかった。その効用を充分理解して変化させるのだ。 彼は前例主義に凝り固まった重臣や役人たちを相手取り、旧来の慣習を打ち破った。 そして独自の政策や改革を断行した。 いきなり有能な人間にはなれない。彼は失敗も多く完全無欠ではなかったのは歴史が証明している。 破天荒でありながら有能な将軍である徳川吉宗が、どうしてそのような将軍になったのか。 おそらく将軍に至るまでの若き日々の経験が彼を育てたのだろう。 その辺りを深堀して、将軍になる前の半生にスポットを当てたのがこの作品です。 本作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。 投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...