和ませ屋仇討ち始末

志波 連

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武家の女

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「ええ、ですから公儀のお役人を引っ張り込もうと思っているんです。あいつらが悪さをする決定的瞬間を掴み、役人を同道して乗り込むんですよ。だから今は正晴を泳がせています」

「役人か……動くかな」

 権左が静かな声を出した。

「そこはお任せください」

 久秀が権左を見た。

「いやいや、権さん。俺は公儀の役人と言ったのだ。水戸の改革派とは言ってないよ」

 権左が片方の口角をあげる。

「ええ、公儀の役人を引っ張り出しますので」

「後はいつがその『決定的瞬間』なのかという情報だな」

 柴田の声に宇随と久秀が頷いた。

「それがわかれば一気に片が付く。護衛としてやってきた五十嵐を切って、返す刀で正晴を切る。そのことで奴らの罪は明るみに出て、庇い切れない山名藩にお咎めがいく」

「それが最適解ですね」

 久秀が咲良を見た。

「あれからお朝さん、何か言ってきた?」

「いいえ、でも前回の話だともうすぐ会合があるはずですね」

 もう木戸が閉まる時間が近い。
 新之助はそのまま泊めてもらうことになり、五人は連れだって柴田道場を出た。
 その帰り道、明日からの送迎は自分が引き受けるという宇随の好意に甘えることになり、これで許される時間いっぱい吉原の中で情報を探すことができると久秀は喜んだ。

 柳屋に戻る権左と別れ、日本堤の脇を入ったところで、宇随と久秀が足を止める。
 久秀が唇に人差し指を当て、咲良とお市を堤の道まで走らせた。
 吉原への出入り客で賑やかな日本堤まで上がれば、人の目が守ってくれる。

「何奴か」

 宇随が腹の底から声を出すと、ひゅっと息を吸う音がした。
 
「二人か……俺も軽く見られたものだ」

 宇随が久秀に目配せをして、女たちの方へと視線を投げた。
 無言のまま頷き、久秀がすり足で堤へと走る。
 背中に全神経を集中させても、動く気配は感じられない。
 
「咲良、お市さん。こっちだ」

 大きな行燈の下で身を寄せ合っている二人に声を投げ、久秀はやなぎやを目指した。

「何事だい?」

 お嶋の声がして、その声に権左も駆け付ける。

「お嶋さん、二人を頼む。権さん、ここは任せる。守ってくれ」

 そう言い残し宇随のいる場所に走り去る久秀。
 権左が二人を招き入れて、きっちりと戸締りをした。
 お嶋と咲良とお市を板場横の部屋に入れ、夜番の手代と丁稚も呼んだ。

「暫くはここに。必ず守る」

 いつもは柔らかい空気を纏っている権左が放つ緊張感に、大変なことが起こっているのだと感じる。
 遠くでキンという金属が交わる音が数度した。
 権左は長剣の鯉口を切って、全員が集まっている部屋の入り口を固めている。

 それぐらい時間が経ったのか、板場の戸がどんどんと叩かれ、久秀の声がした。

「おーい、権さん。俺だよ、開けておくれ」

 その声に緊張を解いた咲良の背中は汗でびっしょりだった。
 権左が戸を開けると、涼しい顔をした久秀と、宇随の顔がのぞいた。
 お市が宇随に駆け寄り、人目も気にせず抱きついている。

「相手は?」

 権左の声に久秀が苦笑いをした。

「ちょっとややこしいことになったかもしれない。お嶋さん、上がらせてもらうよ。それとこの荷物をここに転がしておくけど勘弁してくれ」

 お嶋は頷き、座敷に案内した。
 使用人たちは泊り部屋に下がらせ、自ら茶を淹れる。

「いったい何があったんだい?」

 お嶋の声に久秀が説明を始めた。

「権さんと一緒に帰ってきたのだけれど、そこの坂で別れたらすぐに、何者かが潜んでいた。宇随さんを残して俺が咲良とお市さんをここに連れてきた。すぐに引き返すと、宇随さんと二人の男がやり合っていて、そのすぐ横で身を潜めている男がいた」

 宇随が後を続ける。

「三人目は離れたところにいたのだろう。安藤が遅れてこなかったら一太刀くらいは浴びていたかもしれんな。相変わらず卑怯な男だ」

「隠れていたのは五十嵐喜之助だった。しかもあいつは俺と宇随さんの顔を見てものすごく驚いていた。あの家は吉田という男が咲良という妻と暮らしているという情報を信じていたのだろう。そして咲良を手に入れるために夫である吉田を消そうとしたんだろうぜ」

「すると現れたのが俺と安藤だった。そりゃ驚くよなぁ」

 土間に転がされている男二人は、猿轡を嚙まされたうえに、両手両足をぐるぐるに縛られている。
 咲良が青い顔をして聞いた。

「その五十嵐という男は?」

「逃げた。相変わらず逃げ足は速い。奴らの予定ではこの二人が仕損じた場合、五十嵐が止めを刺すというものだったのだろう。だから離れて見ていた。するとやり合っているのが自分を狙っている宇随さんじゃないか。この機に返り討ちにしようとでも思ったんじゃないか?」

 宇随が苦笑いを浮かべる。

「あいつは俺を消せるとは思っていなかったのだと思おうぜ? 足の腱を狙っていたからな。歩けなくなれば追われることもなくなるものな」

「卑怯な……」

 お市が唇を嚙みしめた。
 咲良が続ける。

「この家のことはお朝さんから聞いたはずですよね。お朝さん、大丈夫かしら」

「あの日、咲良とお嶋さんを迎えに行ったのは柴田だ。柴田はわざと顔も見せている。ということは富士屋達は柴田を吉田だと思っているという事さ。俺たちにあそこであったのは偶然だと考えるだろう」

「ややこしいねぇ……面倒くさい」

 お嶋がふくれっ面を見せる。

「なぜ咲良さんを欲しがるのでしょう。そのお朝さんやお嶋さんではダメな理由があるはずですよね?」

 お市の言葉に全員が黙った。
 お嶋が首を傾げながら声を出す。

「あたしたちと咲良さんの違いっていえば、出自の違いかねぇ。武家か庶民かってことじゃないかい?」

「では私も対象外ということになりますねぇ」

 お市が何気にそう言うと、久秀が眉間に皺を寄せた。
 宇随が気付き、久秀を問い詰める。

「何に気づいた?」

「あ……奴らが武家の女を必要とする理由を考えていました。しかもこうまで荒っぽい手段を講じるほど焦っている理由です」

「例の真珠も入手したはずだ。そして武家の女……近いな」

 権左が頷いた。

「その場所はどこでいつなのかがわかれば良いのですが……」

 富士屋達は武家の女を調達することに焦っていることは間違いないだろう。
 しかも、武家の女なら誰でも良いというわけでもなさそうだというところが腑に落ちない。
 久秀が思い付きのように声を出した。
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