和ませ屋仇討ち始末

志波 連

文字の大きさ
上 下
36 / 72

焦燥

しおりを挟む
 柳屋は使用人を大切にする店だ。
 いかに人気があるとはいえ、久秀も五日に一日は休みがある。
 そんな日は決まって柴田道場に顔を出した。

「なかなか鋭くなってきただろう?」

 柴田の声に久秀は大きく頷いた。

「うん、凄い進歩だな。しかし彩音殿の剣捌きは実に見事だ。若い頃のお主を彷彿とさせる」

「あれが男ならと何度も思ったが……まあ女剣士というのも悪くないさ」

「女剣士か……咲良を今から鍛えようかな」

「はぁ? 何かあったのか?」

 久秀はお朝のところに咲良が出向くことを話した。

「なるほど、そりゃ心配だな。しかし度胸のある人だ」

「そうなんだよ。だから余計に心配なんだ。なあ、俺って化粧しても女に見えない?」

 じっと久秀の顔を見ていた柴田だったが、聞こえなかったことにしたらしい。

「行きは良いが帰りが怖いな」

「近くまでなら迎えに行くが、俺は面が割れているからなぁ」

「五十嵐も来るだろうか」

「どうだろう、あいつが仇として追われる身だということは富士屋にも知れたのだ。暫くは表に出ることは無いと思うが……」

 柴田が暫し考えた後、口を開く。

「俺が咲良さんの送迎をしてやろうか? 俺なら道場も違うし面も割れてない」

「どういう触れ込みで?」

「そりゃ咲良さんの旦那ってことで」

「助かるが、ものすごく癇に障る」

「まあ任せておけ。しかしその五十嵐ってのが地下に潜ったとなると、お前の家も心配だな」

 久秀が驚いた顔をする。

「お前が探っているのだ、あちらも同じことを考えるんじゃないか?」

「なるほど……あり得るな」

「その手伝いに行くという日、新之助はうちで預かる。お前がここを守ってくれ。咲良さんは無事にここへ連れて戻るから、お前たちも泊れ」

 ホッと久秀が息を吐いた。

「ありがたい」

 暫し二人の剣客は無言のまま稽古を見ていた。

「彩音殿は右手に頼りすぎているな……あれでは強い打ち込みを受けた時、手首を痛めるぞ」

「ああ、そこなんだが、師とはいえ父親という甘えがあるのだろう。なかなか直らない。お前がちょっと稽古してやってくれないか?」

「うん、いいよ」

 すくっと立った久秀が彩音を手招きする。
 それに気づいた彩音がすり足で駆けてきた。

「はい、安藤先生。お呼びでしょうか」

「ちょっと合わせてみようか」

「えっ! ありがとうございます!」

 彩音には軽めの木刀を持たせ、久秀は一番短い竹刀を手にした。
 師がいつも褒める剣客が手合わせを披露するとあって、皆が固唾を飲む。

「さあ! さあさあさあ!」

 久秀の誘いに彩音が歯を食いしばる。

「来いよ! ほら!」

「やぁぁぁぁぁぁ!」

 彩音が自慢の突きを繰り出した。
 パシッという音がして軽くいなされてしまう。

「まだまだ甘い! 一歩目を強くダンッと蹴って体重を前に!」

「やぁぁぁぁ!」

「まだまだ!」

 彩音はすでに肩で息をしている。

「今度はこちらから行くぞ」

 久秀が竹刀を水平に構えると、彩音が腰を落とした。

「うん、いいね。それ正解」

 そう言うが早いか、久秀が彩音の木刀を目掛けて竹刀を振り下ろした。

「それまで!」

 木刀を取り落としたまま呆然とする彩音。

「ありがとうございました」

「うん、とても良いスジをしているよ。ただ少しだけ右手に頼りすぎてるかな。あれだと打ち込みは強いが守りが弱くなる。受け流してから攻めるのも大切な流れだよ。そのためには利き手でない方の手の強さが重要なんだ」

「はいっ」

 彩音は目を輝かせて久秀の指導に聞き入っている。
 
「素振りの時、右手を下にしてやってごらん。すぐに直るから」

「はいっ。ありがとうございました」

 ふと見ると新之助が羨ましそうな顔をしていた。

「新之助、来なさい」

 久秀は構えなおして新之助と相対した。

「よろしくお願いします」

「うん、どこからでも打ってきなさい」

 新之助の顔色が変わり、ジリジリと気圧されている。
 久秀は殺気だけで新之助を威圧していた。

「来い! 俺を親の仇だと思って必死で来い!」

「はいっ!」

 おそらく新之助にとって、大きな岩と対戦しているようなものだろうと柴田は思った。
 子供相手にあそこまでの殺気を飛ばす久秀の心情を慮る。

「なるほど……一太刀だけでもということか」

 柴田は明日からの稽古方法について考えた。
 何度転がされても喰いついていく新之助を頼もしく思いつつも、どうすれば大人相手に怯まない強さを持たせられるだろうか。

「それにしても……もしや近いのか?」

 新之助を威嚇するような視線を飛ばす久秀を見て、柴田は友の焦燥を思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

処理中です...