和ませ屋仇討ち始末

志波 連

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天性

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 久秀の仕事は料理の下ごしらえのはずだったのだが、初日から数日で少々厄介な事になっていた。
 店の者はほとんどが男性で、奥向きは女性が多い。
 普段は用が無い限り女中たちが台所に来ることはないのだが、このところ用もないのに出入りしようとする女中たちで少々混みあっている。

「ねえ、久さん。あんたのその特技は銭になりそうだ」

 久秀のいる台所から離れたがらない女たちに溜息を吐きながら、お嶋が言った。

「きっと見世に使いに行ったら帰ってこれないんじゃないかい?」

「え? なぜです?」

 牛蒡を藁束で洗いながら久秀が顔を上げた。

「そりゃあんた。お茶を引いている女たちが離すもんか。銭にはなるよ?」

「私は妻一筋ですから」

 廊下で盗み聞きでもしていたのだろう。
 女たちの悲鳴が聞こえる。

「まあ咲良さんは気立てが良いし、とびきりの別嬪さんだ。息子も出来が良いしね」

 嶋がわざと廊下に聞こえるように言う。

「ははは、それで? お話しとは」

「うん、どうやらあんた達は訳アリのようだから詳しくは聞かないことにするよ。率直に聞くけど、あんたはどう動きたいんだい?」

 久秀がグッと腹に力を込めた。

「おいおい、殺気を飛ばすんじゃないよ。これでもあたしは心配してるんだ。幸いって言うのか、この町には情報が溢れてる。あんたの知りたいことも転がっているはずさ。もしあんた達が隠れて暮らしたいってんなら、ここに潜んでいればいい。でもそうじゃないなら……」

 嶋の言葉を遮った。

「お嶋さん。どうしてそう思われたのです?」

「そりゃあんた。仕事は早くおわるのに、見返り柳あたりでどろどろとしてりゃ、誰かを探していると思わない方がおかしいだろう?」

「いやぁ、お気づきでしたか。参ったな……」

「あんたって不器用なんだろうね。あんなところできょろきょろしてたら、人の口に上るのも早いだろうさ。もしかして親の仇でも探しているのかい? あ、聞かない約束だったね」

 久秀が大きく息を吸った。

「参りましたね。ご明察の通りです。人を探しています」

「誰か聞いても?」

「山名藩城主、将全様がご次男正晴様にございます」

「理由は?」

「それはご勘弁を」

「なるほどね。その大名の次男とやらの情報が欲しいわけだ。偶然とはいえここに住んだのは正解だろうね。地道に探せば行き当たるよ、きっと。でも効率が悪すぎる」

「その通りなのですが、他に方法が無くて。ああ、そう言えばお礼を伝えて欲しいって言われてたんだっけ。お仕事をいただいたと、とても喜んでおりました」

「それはこっちの勝手でやったことさ。あまり根を詰めないように言っておくれよ」

「ありがとう。お嶋さん」

 お嶋が久秀の笑顔を見返しながら言う。

「なるほど、それが和ませの久さんたる所以かね。うん、銭になるね」

 久秀が苦笑いをする。

「妻にも言われましたよ。それで誑かすのだろうって」

「ははは! 私も誑かされた口だもの。ねえ、ものは相談なんだけれど、あんたのその持って生まれたものを生かさない手は無いよ。久さん、明日から大門の中に仕出しを運ぶ仕事をしなよ。運ぶのは女たちの昼弁当だ。これを注文するのは太夫辺りの上級ばかりだが、それも好都合だろ? お偉い方々のお相手する女たちだもの」

「でも俺は浮気はしないですよ?」

「何寝ぼけたことを言ってるんだい。あの女房を泣かせるような事をしたら容赦しないよ。話を聞いてやるだけさ。あんたの特技だろ? 間違っても絆されるんじゃないよ」

「話を聞く? ああ、そういうことか。川土手のやつだな?」

「何だいそれは」

「若い頃に道場に見物に来ていた女達が、わざわざ弁当やら団子やらを持って待ち伏せているんですよ。俺は手を引かれて川土手に連れて行かれるんです。まあ、話をきいて適当に相槌を打ってりゃ一食浮くんで助かってました。それに数が多いから道場の奴らの腹も膨れますしね。なんだか釣りの餌にされているような気分でしたが」

「ははは! そりゃいいや。そうそう、その手だよ。花魁ってのは孤独な商売さ。久さんの持っている雰囲気は、そんな女たちの口も緩ませるだろうよ。こっちは弁当の売り上げも上がるしね」

「なるほど。でも……」

「なんだい?」

「早く帰れますかね。俺は咲良の作った飯が食いたいんです」

 嶋が溜息を吐く。

「ごちそうさま。ところで久さん、あんた大門を潜ったことはあるかい?」

「潜ったことはありますが、建物の中に入ったことはありません」

「昼見世なら八つまでだが、そこで張るのは下っ端が多い。上客が来るのは早くても暮れ六つさ。だから上級妓のは明け客が帰った後から夕方まで割と自由なんだ。暮れる前には男衆に追い返されるから安心おし」

「そりゃいいや」

 嶋が大きな声で笑った。

「大門から追い返されるのを喜ぶ男は初めて見たね。でも久さん、くれぐれも女房殿にはちゃんと通しておきなさいよ? 変な噂を耳にしたら気分は悪いだろ?」

「それは大丈夫です。咲良は絶対に私を信じてくれていますから」

 どんと胸をたたく久秀を、疑わしそうに見る嶋だった。
 そしてあくる日から、嶋の予想通り久秀は『和ませ屋久さん』として、新吉原の女たちから引っ張りだことなっていく。

 咲良はちまちまと針を動かし、久秀はうんうんと女たちの愚痴を聞く。
 そのうちに、仕立ての仕事も順調に入るようになり、三人の暮らしは徐々に上向いた。
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